特製ピザのお届けは命がけ!

[239]映画「デリバリー」から

コロナ禍のなか、外食業は厳しい状況にあるが、俄然注目されているのが食事のデリバリーである。Uber Eatsや出前館等の宅配代行サービスが話題に上るが、従来からある宅配ピザ等の“自前デリバリー”も伸びている。今回は、コロナ禍が襲う直前に公開された、宅配ピザ専門店を舞台にした作品を取り上げる。

どんなピザでもお作りします

「キャッツ&ドッグス」のロゴマーク。犬も猫も笑顔にさせてしまうほどおいしいというのが表向きの店名の由来だが、本来の英語の意味は「土砂降り」である。
「キャッツ&ドッグス」のロゴマーク。犬も猫も笑顔にさせてしまうほどおいしいというのが表向きの店名の由来だが、本来の英語の意味は「土砂降り」である。

 2019年公開、室賀厚原作・脚本・監督作品「デリバリー」は、「あぶない刑事」シリーズの脚本を手がけた柏原寛司がエグゼクティブ・プロデューサーを務めていることもあってか、「あぶ刑事」と同じ横浜を舞台にしたクライムアクションになっている。

 本当はピザ嫌いでお好み焼きが好物という20歳の若き女店長、榎本早希(鈴木つく詩)率いる宅配専門ピザ店「キャッツ&ドッグス」は、早希の幼少期からの知り合いのシェフ、柏木茂(寺中寿之)、配達員の内海達也(長濱慎)、成瀬真治(藤田富)、島内亮介(神林斗聖)、則本健吾(行永浩信)の総勢6名からなる小さな店である。

 店のウリはイケメン揃いの配達員と、マルゲリータ、ジェノベーゼ等のスタンダードなピザはもちろん、客のオリジナルな注文にも対応していること。具体的なトッピングをオーダーしてもよいが、「ハッピーになれるピザ」「世界平和のピザ」「呪いのピザ」等漠然としたイメージだけの注文でも、シェフの柏木が考えてイメージを具現化したピザを作り、配達員はそれを届ける際に高級レストランのウェイターのように客に説明するのである。

 しかし、その自由奔放な注文が原因で次々にとんでもないトラブルに巻き込まれていく様を、本作は4話形式で描いている。

「長いお別れ」のピザ

 一番手はクールガイの真治。「長いお別れ」に似合うピザを届けに高級ホテルの一室を訪れると、ドアを開けた注文主は銀行勤めの佐々木薫(北島美香)。薫の求めに応じ真治がピザの説明をする。

「ベースはトマト味です。その上にアボカドを配してまろやかさを演出しています。そして食感の違う六つの食材をトッピングしてゴージャスな仕上がりになってます」

 薫は不倫相手の上司と共謀して銀行の金3億円を横領して海外に逃亡するところだったが、上司に不信感を抱き、真治に一緒に逃げるよう誘惑する。どうする、真治……。

「長いお別れ」というと、エリオット・グールドが探偵フィリップ・マーロウを演じロバート・アルトマンが監督した「ロング・グッドバイ」(1973)の原作(レイモンド・チャンドラー著)を想起するが、本エピソードもそれに似てハードボイルドな展開になっている。

純度100%のピザ

 二番手はメガネ男子の亮介。野毛の飲み屋街の一角にあるバー「ガルシア」にスタンダードなデラックスシーフードピザを届けに来たところ、店の前に停めた覆面パトカーで張り込んでいた神崎警部補(森本浩)と桜井刑事(木庭博光)に取り押さえられてしまう。神崎らは、悪徳刑事の山田太郎(町田政則)が押収したコカインをやくざに横流しする現場を押さえるため、亮介に盗聴器を仕掛けるよう強いるのだった。

 すったもんだの末に、亮介は店内に盗聴器を仕掛けることに成功するが、取引に現れたやくざの権藤(工藤俊作)は、かつて亮介が組に「仁義なきピザ」を届けた顔見知りだったことから事態はあらぬ方向へ……。

 バーの店名は1974年製作のサム・ペキンパー監督作品「ガルシアの首」に由来しており、本エピソードもペキンパー・タッチのバイオレンスが楽しめる。

永遠の愛を誓った二人のためのピザ

 三番手は配達員リーダーの達也。ハート形のピザの届け先は郊外の矢ヶ崎由美(長谷川るみ)のマンション。ところが、しっかりメモまで書いて準備して来たピザの説明を、由美のフィアンセらしき男、吉野伸弘(佐藤邦洋)にさえぎられ締め出されてしまう。部屋の奥に何か言っている様子の由美が見えたが声は聞こえない。だが、唇の動きから助けを求めていたのだと気付いた達也は、急いでマンションに戻るが……。

「愛する二人のために御用意したのは、オランダ直輸入のゴーダチーズをベースにした特製ピザです。メインのトッピングは、ルッコラとマッシュルーム。マッシュルームには媚薬の効果もあったりするんです。愛し合っているお二人なら食べ過ぎてもOKですよね。それと、普通ピザのカットは偶数になりますが、ラブラブの二人が割り切れちゃダメ。最後の一枚はお二人でご一緒に。これが永遠の愛を誓った二人のためのピザです」

 達也が作ったピザの説明のメモ。これを読み上げるのは……。

スパイダーキル

 早希がピザ嫌いの理由、「キャッツ&ドッグス」の店名の本当の意味、これらはすべて早希と柏木の過去に関わっていた。たった一人の、たった一回の注文のために若くしてピザ店を開き何年も待っていた早希についにその注文が来る。スパイダーキルのラージサイズを2枚。具材の指定がないそのピザを最高のものにするために、この日のために練習を重ねていた早希のピザ作りが始まる……。

 本作は低予算で製作されDVD化もされていないが、今後上映の機会があれば是非観ていただきたい映画愛にあふれた作品である。


【デリバリー】

公式サイト
https://www.delivery-movie.info/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2018年
公開年月日:2019年6月29日
上映時間:94分
製作会社:シルバーキャノン・エンターテインメント
配給:ホーネット
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:室賀厚
エグゼクティブ・プロデューサー:柏原寛司
プロデューサー:三澤利明、瀬谷慎、いずみよしはる
撮影監督:加藤孝信
録音:河村永徳
キャスティング:唐木沢良美
ビジュアルエフェクト:平井将人
フード装飾協力:あずままちこ
キャスト
榎本早希:鈴木つく詩
柏木茂:寺中寿之
内海達也:長濱慎
成瀬真治:藤田富
島内亮介:神林斗聖
則本健吾:行永浩信
佐々木薫:北島美香
北斗麗未:中原翔子
山田太郎:町田政則
神崎警部補:森本浩
桜井刑事:木庭博光
権藤明伸:工藤俊作
矢ヶ崎由美:長谷川るみ
吉野伸弘:佐藤邦洋
杉崎杏奈:熊谷真由
榎本早希(幼少期):田中千空
榎本彰一:永倉大輔
兵頭勉:小沢仁志

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。