まさか!給食がなくなる!?

[232]「劇場版 おいしい給食 Final Battle」から

今回はコロナ禍の第一波による緊急事態宣言が発出される直前、今年3月に公開された学校給食が題材のコメディ映画を紹介する。

“給食絶対主義者”の教師と“給食改革派”の生徒

「劇場版 おいしい給食 Final Battle」は、テレビ神奈川やTOKYO MX等で2019年10月から12月まで10回に分け放映されたテレビドラマの劇場版。1984年の秋、「食育健康」を教育理念に掲げる常節中学校の1年1組を舞台に、給食をこよなく愛する教師と生徒とで、どちらが給食をよりおいしく食べられるかを競う“学園グルメコメディ”である。

 主人公の1年1組担任、甘利田(市原隼人)は、給食のために学校に来ていると言っても過言ではないほどの“給食絶対主義者”。給食好きを生徒に悟られないように努めて厳格に威厳を持って振舞おうとするが、給食前の校歌斉唱ではこれから給食が食べられるという喜びを抑えきれずに歌い踊り出してしまう等、その給食愛は校長の渡田(酒向芳)にまで知れ渡っていた。

 そんな甘利田が気になっている生徒が神野ゴウ(佐藤大志)。オーソドックスに給食を楽しむ甘利田は、食べ方を工夫して給食をおいしく食べようとするゴウの姿勢が鼻につき、一方的に意識し始める。そして給食の時間、毎回のように甘利田はゴウの工夫に圧倒され、敗北感を味わう。つまりこれはリアルな対決ではなく、甘利田の主観による“脳内バトル”なのだ。

1980年代の給食

 1980年代の中学校というと、校内暴力や非行が社会問題化していた時期。1984年の中学一年生は1971年4月〜1972年3月生まれで第二次ベビーブーム世代に当たる。時代による食文化の変容に伴い、学校給食のメニューも変遷をたどってきたが、本作では1980年代の給食を甘利田のハイテンションな食べっぷりとモノローグ(食レポ)付きで楽しみながら見ることができる。

 まず、一食目のメニューは以下のようなものである(以下、献立は映画でのお楽しみだという方は、鑑賞後にお読みください)。

鯨のオーロラソース

けんちん汁

ソフトめん

牛乳かん

牛乳

甘利田とゴウの“給食バトル”一回目のメニュー。鯨のオーロラソース(手前左)、けんちん汁(手前右)、ソフトめん(奥左)、牛乳かん(奥中央)、瓶入り牛乳(奥右)。皿の手前にあるのは先割れスプーン。
甘利田とゴウの“給食バトル”一回目のメニュー。鯨のオーロラソース(手前左)、けんちん汁(手前右)、ソフトめん(奥左)、牛乳かん(奥中央)、瓶入り牛乳(奥右)。皿の手前にあるのは先割れスプーン。

 鯨肉は第二次世界大戦以降1970年代まで学校給食に竜田揚げなどにして多く供されていたが、世界的な反捕鯨の流れで1980年代には減っていたので稀少と言える。オーロラソースのオーロラとは極域の発光現象ではなくフランス語の曙からきている。本来の意味はフランス料理のベシャメルソースにトマトとバターを加えた曙を思わせるピンク色のソースのことだが、日本ではマヨネーズにケチャップを混ぜたものもオーロラソースと呼ぶ。この料理は竜田揚げのように揚げた鯨肉にマヨネーズとケチャップとウスターソースを混ぜたオーロラソースをかけたものである。

 けんちん汁はソフトめんを浸してうどんのようにして食べる。ソフトめんの正式名称はソフトスパゲティ式麺。パンが主食の洋食スタイルで普及していく給食に危機感を持った製麺業界が開発した、栄養分が逃げず長期保存がきく給食のためのめんである。ソフトめんを先割れスプーンの柄で袋の上から4つにカットし、少しずつけんちん汁に投入するのが甘利田の“大人のこだわり”だ。

 食べる合間に飲む牛乳はパックではなく瓶。甘利田がふたを開けるときに犯すミスは、経験者はご存じのよくあることである。締めの牛乳かんの正式名称は牛乳寒天。寒天液に牛乳を混ぜて固めたもので、みかんの存在がデザート感を引き立てている。

 甘利田はけんちん汁を一気飲みしたい衝動を抑え、常識どおりにソフトめんと汁を一緒に食べた。これに対しゴウはオーロラソースとソフトめんは合うとみて、けんちん汁は一気飲みし、ソフトめんを六等分して皿に盛り付け、めんの上に鯨とけんちん汁の具材を載せてオーロラソースをかけ、カナッペのようにして食べるという“ひとりパーティー”を編み出し、甘利田を悔しがらせる。

 次のメニューは以下のようなもの。

すき焼き風煮

ぶどう豆

レーズンパン

マーガリン

牛乳

ミルメーク(コーヒー味)

りんご

 恵まれない家庭環境で育った甘利田にとって、給食のすき焼き風煮は“風”ではあっても人生初のすき焼きという思い出の一品。ぶどう豆は大豆をしょうゆと砂糖で煮たもので、大豆を煮こむとしわしわになってレーズンのようになるのが名前の由来である(仕上がりと由来に諸説あり)。これに本物のレーズンまで入り、レーズンパンと固いマーガリンをセットで出してしまうのが給食の摩訶不思議なところだ。

 ミルメークは大島食品工業株式会社の登録商標で、コーヒー味やいちご味の粉末を牛乳に混ぜることでコーヒー乳やいちご牛乳に早変わりするという代物。甘利田は牛乳を少し飲んで分量を調整してミルメークを投入し攪拌するが、ここでもあるミスを犯してしまい、生徒たちにばれないかと慌てる。

 今回のゴウの工夫は、マーガリンをすき焼き風煮の熱で温めて塗りやすくしたことと、飼育係の特権で入手した生みたて卵をすき焼きに絡めて食べたこと。これには甘利田も心の中で叫ばずにはいられなかった。

「うまいに決まってんだろ、この野郎!!」

給食存亡の危機

 甘利田は、ゴウが勝手な食べ方ができないように給食のルールを皆に守らせる給食係にしてしまおうと策を巡らせるが、ゴウが“給食改革”を公約に掲げ生徒会長に立候補したことでその目論見は外れる。一方、市の教育委員会から委員の鏑木(直江喜一)が常節中を訪れ、第二次ベビーブームで生徒数が増加し給食センターでまかないきれなくなることを理由に給食廃止を通達する。そんなこととは知らず、選挙運動を進めるゴウ。どうする、甘利田!!

 鏑木を演じる直江喜一は、TVドラマ「3年B組金八先生2」(1980)で校内暴力を起こす不良少年「腐ったミカン」こと加藤優役を演じたことで知られている。その直江が40年を経て強面なところは相変わらずだが、校内暴力とは対極の教育委員を演じたことに時代の流れと製作スタッフの思いを感じる。

おわりに

 甘利田ではないが、大人になっても給食に郷愁を感じる人は相当数いるようで、東京にも揚げパンやソフトめんといった給食メニューを出す居酒屋や定食屋が何軒か存在している。

 しかしコロナ禍の中で「新しい生活様式」が主流となり、学校給食のあり方も変化を迫られている。本作で見られるような割烹着姿の給食当番が配膳し、机を向かい合わせにしてクラスメイトとの会話を楽しみながら食べる学校給食のスタイルはもうあり得ないのだろうか。


【劇場版 おいしい給食 Final Battle】

公式サイト
https://oishi-kyushoku.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2020年
公開年月日:2020年3月6日
上映時間:102分
製作会社:「おいしい給食」製作委員会
配給:AMGエンタテインメント、イオンエンターテイメント
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:綾部真弥
脚本:永森裕二、綾部真弥
製作総指揮:吉田尚剛
企画:永森裕二
プロデューサー:岩淵規
撮影:小島悠介
美術:伊藤悟
装飾:遠藤雄一郎
小道具:千葉彩加
音楽:沢田ヒロユキ
主題歌:松本大輝
録音:井家眞紀夫
照明:大庭敦基
編集:岩切裕一
衣装:小磯和代
ヘアメイク:近藤美香
ポスプロ・マネージャー:豊里泰宏
制作担当:池田勝
監督補:田口桂
助監督:湯本信一
フードスタイリスト:松井あやこ
キャスト
甘利田幸男:市原隼人
御園ひとみ:武田玲奈
神野ゴウ:佐藤大志
藤井マコ:豊嶋花
鷲頭星太郎:辻本達規(BOYS AND MEN)
佐野正輝:水野勝(BOYS AND MEN)
鏑木:直江喜一
磐田:ドロンズ石本
牧野文枝:いとうまい子
渡田寛治:酒向芳

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。