半分は彼らに、半分は私たちに

[231]「ハニーランド 永遠の谷」から

北マケドニアのドキュメンタリー映画「ハニーランド 永遠の谷」を紹介する。前回に続き、コロナ禍による緊急事態宣言後に営業再開した映画館で観た作品である。本作は2020年の第92回アカデミー賞で、ドキュメンタリー映画賞・国際映画賞に史上初の同時ノミネートされた。

つましくも平和な永遠の谷

自然巣から採集したミツバチをスケップに誘導するハティツェ。
自然巣から採集したミツバチをスケップに誘導するハティツェ。

 北マケドニアの首都スコピエから20kmほど離れた電気も水道も通じていない谷あいの村で自然養蜂を営む女性、ハティツェ・ムラトヴァを主人公としている。

 養蜂家を描いた劇映画はヴィクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」(1973、本連載第33回参照)やテオ・アンゲロプロス監督の「蜂の旅人」(1996)等がある。フィクションであるこれらに対し、本作は実在の人物に3年間密着して撮影したドキュメンタリーであるが、タマラ・コテフスカ、リューボ・ステファノフ監督による優れた編集・構成によって劇映画のようなドラマチックな作品に仕上がっている。

 ハティツェの自然養蜂は、「ミツバチのささやき」の定置養蜂や、「蜂の旅人」の移動養蜂のような木製の養蜂箱を使う養蜂とは異なる独特のものだ。まず春に崖を登り、岩のくぼみに作られたミツバチの自然巣を2枚切り取り、持参したスケップ(藁を紡錘状に編んだ西洋の伝統的な養蜂箱)に取り付け、その巣を覆うくらいの数のミツバチを入れて持ち帰ってくる。飛び交うハチをスケップに誘導する際は、牛糞を燻煙してハチを落ち着かせながら、羽化直後の未交尾女王バチが自分の存在をアピールするために出す音に似た声を出して働きバチたちを呼び集める。ハチに刺されないように防護マスクは付けるが、手袋なしの素手であるところが熟練した養蜂家であることを示している。

 スケップを家の近くの石垣に移し、ミツバチに近くの木に咲く花の蜜を集めさせ採蜜する。びっしりと巣に付いた濃厚なハチミツは、豊かな自然の恵みを感じさせる。この際、ハティツェが自らに課しているルールが「半分はかれらに、半分はわたしたちに」というもの。全部は採らずに半分を餌としてハチに残すことが持続可能な養蜂につながることをハティツェは経験的に知っているのである。

 ハティツェは採蜜したハチミツを列車に乗ってスコピエの市場に売りに行く。巣から直接採った添加物なしのハチミツは高い評価を得るが、需要が落ちて値が下がっていて1瓶10〜20ユーロ(約1,250〜2,500円)にしかならない。ハティツェはハチミツを売って得たわずかなお金で、せめてものおしゃれのための栗色の毛染めと、視力障害があり寝たきりの母ナジフェへの土産に扇子とバナナを買って帰るというつましくも平和な生活を送っている。

取り尽くすことがもたらすもの

 そんな彼女の生活に変化をもたらしたのが、トルコ人夫婦と7人の子供たちからなるサム一家である。牛を追いながらキャンピングカーで乗り付けた彼らを最初は遠巻きに見守っていたハティツェだったが、過疎の村で婚期を逸し母の介護に追われる毎日の彼女にとって、子供たちの笑顔は癒しとなり、次第にサム一家と関わるっていく。

 サムは放牧の傍らハティツェから教わった養蜂を始めるが、仲買人にそそのかされて出荷量を増やすため、ハティツェの家の隣にたくさんの養蜂箱を置き、ミツバチの生態や管理の仕方も知らぬままハティツェが頑なに守ってきた「半分ルール」を破ってすべてを採蜜してしまう。この辺はその土地から得られるだけ得て、なくなれば移動すればよいという、サムのノマド的な考え方が表れている。

 ハチミツをすべて奪われ餌を失ったミツバチは、他の巣のハチミツを盗み合い、殺し合って群れが崩壊する。その影響はサムのハチだけでなくハティツェのハチにまで及んだ。ハチの全滅を嘆くハティツェにナジフェは「(サム一家には)きっと罰が当たる」と言う。すると、まるでその言葉が言霊になったかのような不思議なことが起こる。そしてハティツェにも人生の転機が訪れるのだが、詳しくは本編をご覧いただきたい。

北マケドニアについて

 マザー・テレサや、コペンハーゲンのレストラン「ノーマ」のオーナー兼料理長レネ・レゼピ(「ノーマ、世界を変える料理」=2015、本連載第126回参照)の出身地である北マケドニアは、旧ユーゴスラビアを構成する6つの共和国の一つ(マケドニア社会主義共和国)だったが、冷戦終結の影響を受け、1990年にマケドニア共和国と改称し、1991年に独立した。

 しかしその国名に対し、マケドニアは自国の領内にあるとするギリシャが異議を申し立てて論争となり、2019年に北マケドニア共和国に国名を変更することで決着した。アメリカでは本作がアカデミー賞にノミネートされたことで北マケドニアの名称が広く知られるようになったという。


【ハニーランド 永遠の谷】

公式サイト
http://honeyland.onlyhearts.co.jp/
作品基本データ
原題:Медена земја
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:北マケドニア
製作年:2019年
公開年月日:2020年6月26日
上映時間:86分
製作会社:Trice Films, Apollo Media
配給:オンリー・ハーツ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:タマラ・コテフスカ、リューボ・ステファノフ
プロデューサー:アタナス・ゲオルギエフ
撮影:フェルミ・ダウト、サミル・リュマ
音楽:Foltin
サウンドデザイナー:ラナ・エイド
編集:アタナス・ゲオルギエフ
キャスト
ハティツェ・ムラトヴァ:Herself

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。