オリンピックの宿泊事情と食

[218]スポーツ映画の食(5)

年末年始企画で中断していたシリーズ「スポーツ映画の食」を再開する。

 今年7月24日の東京オリンピック開会まであと半年あまりに迫ったが、昨年IOCがマラソンと競歩の開催地を札幌に変更したのには驚かされた。東京の真夏の猛暑が理由とのことだが、突然の変更に釈然としない人も多いことだろう。

 56年前の1964年に開催された第18回オリンピック東京大会では、開会式が10月10日だったので暑さの心配はなく、マラソンと50km競歩は国立競技場をスタートとゴール、マラソンは調布、競歩は府中を折り返し点に都心と郊外を往復する形で行われた。今回紹介する映画「歩け走るな!」(1966)は、その1964年東京オリンピックの競歩を題材にした作品である。

56年前も厳しかった宿泊事情

「歩け走るな!」は1943年製作の「陽気なルームメイト」(ジョージ・スティーヴンス監督、日本未公開)の舞台を第二次世界大戦中のアメリカの首都ワシントンからオリンピック開催中の1964年の東京に移してリメイクしたもの。

「イースター・パレード」(本連載第148回参照)のチャールズ・ウォルターズがメガホンをとり、グラントとウォルターズにとっては最後の作品になった。撮影のハリー・ストラドリング、音楽のクインシー・ジョーンズ等一流のスタッフも名を連ねている。

 話は、2人の男性が1人の女性のアパートに間借りした数日間のルームシェアで起こるさまざまな出来事を描いたスクリューボール・コメディ。女性はイギリス大使館員の婚約者であるクリスチーヌ(サマンサ・エッガー)。そこへ押しかけたのが、イギリスから商用で来日した電機メーカーの経営者ウィリアム・ラトランド卿(ケーリー・グラント)。そして建築家の卵でアメリカのオリンピック競歩選手スティーヴ・デイヴィス(ジム・ハットン)である。

イギリス人のウィリアムとクリスチーヌ、アメリカ人のスティーヴのルームシェア生活。朝食もイングリッシュ・マフィンとマーマレードにコーヒーがつく英米折衷風。
イギリス人のウィリアムとクリスチーヌ、アメリカ人のスティーヴのルームシェア生活。朝食もイングリッシュ・マフィンとマーマレードにコーヒーがつく英米折衷風。

 ルームシェアのきっかけになったのは、オリジナルでは戦時下の住宅難だったのが、本作では、ウィリアムがホテルオークラで宿泊を断られるシーンに象徴されるオリンピック期間中のホテル不足に置き換えられている。今回のオリンピックでも訪日外国人の宿泊施設の不足が懸念されているが、56年前も同様だったようだ。

 同性のルームメイトを探していたクリスチーヌにとってウィリアムたちとの同居は想定外で(募集の貼り紙に「女性のみ」と書き忘れた)、洗顔やシャワーなどの朝の身支度に分刻みのルールを作って管理しようとするがなかなか予定通りにいかない。そんな中、イギリスの爵位を持ちながら母親はアメリカ人というウィリアムはマイペースで鼻歌を歌いながら日課のモーニングコーヒーを淹れる。その鼻歌がグラントとオードリー・ヘプバーンの共演作「シャレード」(1963、スタンリー・ドーネン監督)のヘンリー・マンシーニによるテーマ曲というのも遊び心にあふれている。

タコの刺身と宇宙開発生まれの豆料理

 食については、オリンピック関係者が集うパーティーでのメインディッシュがタコの刺身だったり、湯呑茶碗でコーラを飲んだりと首をかしげる箇所は多々あるが、「外国映画の中の“勘違い”日本食文化」「外国映画の中の“日本食文化”」シリーズで取り上げている作品ほどの不自然さは感じない。ハリウッドでのスタジオ撮影より1964年当時の東京でのロケーション撮影の比率が多いせいもあるが、世界各地からさまざまな文化を持った人々が集う祭典を前にすると、些末なことはどうでもよくなるのかもしれない。

 スティーヴの友人であるロシアのオリンピック選手の監視役がスティーヴを怪しんでいろいろ嗅ぎ回るのは、当時の米ソ冷戦を反映している。スティーヴが監視役をからかおうとわざと宇宙開発の話をして、衛星軌道上に浮かぶ歯磨きチューブが邪魔だから肥料にして豆料理を作っているという無茶苦茶な説明を監視役が大真面目にメモしていて笑わせるが、このやりとりは後に警察沙汰にまで発展してしまう。その取り調べにあたる警部役が「スタートレック」シリーズの最初のTVドラマ「宇宙大作戦」(1966〜1969)でスールー(日本語吹替版ではカトウ)を演じたジョージ・タケイなのも懐かしい。

フィルムに収められたオリンピック

 さて競歩であるが、スティーヴは最後まで何の競技に出場するのかウィリアムたちに明かそうとはしなかった。その理由についての説明はないが、私は競歩の独特な動作を恥ずかしがってのことだったと推察する。市川崑監督が総監督を務めた1964年東京オリンピックの記録映画「東京オリンピック」(1965)に50km競歩の様子が収められているが、競歩のユーモラスなお尻の動きを強調するかのような編集をしているのが印象的だった。

 市川監督は他の競技においてもさまざまなこだわりの映像表現を積み重ね、それが「芸術か記録か」という大論争を起こしたわけだが、こうした論争がまったくナンセンスなのは賢明な読者の方々ならおわかりのことだろう。

 映画「東京オリンピック」では多様な民族に対応した選手村の食事のシーンも収められており、今回の東京オリンピック開会までに是非ご覧いただきたい映画である。また今回の東京オリンピックの記録映画は河瀬直美が担当するとのことで、こちらも来年の公開が楽しみである。


【歩け走るな!】

「歩け走るな!」(1966)

作品基本データ
原題:Walk, Dont Run!
ジャンル:コメディ、ラブロマンス
製作国:アメリカ
製作年:1966年
公開年月日:1967年2月14日
上映時間:114分
製作会社:ソル・C・シーゲル・プロ
配給:コロムビア
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:チャールズ・ウォルターズ
脚色:ソル・サクス、フランク・ロス
原作:ロバート・ラッセル
製作:ソル・C・シーゲル
撮影:ハリー・ストラドリング
音楽:クインシー・ジョーンズ
キャスト
ウィリアム・ラトランド卿:ケーリー・グラント
クリスティーン・イーストン:サマンサ・エッガー
スティーヴ・デイヴィス:ジム・ハットン
ジュリアス・P・ハヴァーサック:ジョン・スタンディング
クラワ・アイコ:高美似子
ユーリ・アンドレアビッチ:テッド・ハートレイ
ディミトリ:ベン・A・アスター
警部:ジョージ・タケイ
アイコの父:テル・シマダ
アイコの母:ルイ・キウチ

(参考文献:KINENOTE)


【東京オリンピック】

「東京オリンピック」(1965)

作品基本データ
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:日本
製作年:1965年
公開年月日:1965年3月20日
上映時間:170分
製作会社:東京オリンピック映画協会
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
総監督:市川崑
監修:青木半治、今日出海、南部圭之助、田畑政治、竹田恒徳、与謝野秀
脚本:和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎、市川崑
プロデューサー:田口助太郎
プロデューサー補佐:清藤純、熊田朝男、谷口千吉
撮影:林田重男、宮川一夫、長野重一、中村謹司、田中正
美術監督:亀倉雄策
音楽監督:黛敏郎
録音監督:井上俊彦
編集:江原義夫
制作デスク:宮子勝治、大岡弘光
監督部:細江英公、亀田佐、日下部水棹、前田博、中村倍也、錦織周二、奥山長春、柴田伸一、渋谷昶子、杉原文治、富沢幸男、山岸達児、安岡章太郎、吉田功
記録:中井妙子
技術監督:碧川道夫
撮影部:伊藤義一、松井公一、三輪正、中村誠二、小川信一、斎田昭彦、瀬川浩、潮田三代治、山崎敏正、山口益夫
照明部:村瀬栄一、中村栄志、嶋昌彦
録音部:加川友男、水口保美、田中雄二
編集部:林昭則、石川英夫、松村清四郎
宣伝担当:土屋太郎
キャスト
ナレーション:三国一朗

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。