裏社会の最凶ニンジャすし職人

[212]外国映画の中の“日本食文化”(5)

先日、久しぶりに「外国映画の中の“日本食文化”」について語りたくなる作品に出会ったので紹介しようと思う。現在公開中の「ジョン・ウィック:パラベラム」がそれである(シリーズ「スポーツ映画の食」は次回から再開します)。

 本作はガンアクションとカンフーを組合わせた“ガンフー”をはじめ、各国の格闘技や殺陣を取り入れた激しいアクションシーンが売り物にもなっている「ジョン・ウィック」シリーズの3作目。

 主人公ジョン・ウィックはブギーマン(殺し屋の隠語)を始末するババヤガ(殺し屋殺しの隠語)であり、鉛筆1本で3人を殺したとして恐れられ、最愛の妻ヘレン(ブリジット・モイナハン)のために不可能といわれたミッションを完遂して引退した伝説の殺し屋。

 彼はシアン・マフィアのボス、ヴィゴ・タラソフ(ミカエル・ニクヴィスト)の息子ヨセフ(アルフィー・アレン)に愛車のフォード・マスタング・BOSS429を奪われ、病気で亡くなったヘレンの最後の贈り物だったビーグル犬の子犬デイジーを殺された復讐のために、再び裏社会に身を投じた。

“ディナー”は殺人の後で

 類は友を呼ぶというか、ジョンの私的な復讐は次第に周囲を巻き込み、騒動は大きくなっていく。ヴィゴがジョンの首に賞金を懸けたことからジョンを狙う暗殺者が現れ、ジョンがそれを返り討ちにし、賞金が上がり、さらに暗殺者が増えるという繰り返し。

 そんな中、ジョンは1作目「ジョン・ウィック」(2014)ではヴィゴのロシアン・マフィアを壊滅に追い込み、2作目「ジョン・ウィック チャプター2」(2016)では血の誓印を盾にジョンを利用したイタリアン・マフィアの一角「カモッラ」の幹部、サンティーノ・ダントニオ(リッカルド・スカマルチョ)を聖域のコンチネンタル・ホテル内で殺してしまう。

 ここでいう「血の誓印」や「聖域」は、本作の裏社会のルールの一部である。カモッラ、コーサ・ノストラ、ンドランゲタ、チャイニーズ・マフィア、ロシアン・マフィアといった世界中の犯罪組織12の代表(主席)で構成される“悪の国連”「主席連合」が頂点に君臨し、血の誓印を交わした者同志は相手の依頼を断れない、殺し屋たちが集うコンチネンタル・ホテル内での殺しは禁止等の細かい規定があり、ルールを破った者には厳しい罰が与えられる。

 裏社会の取引には独自の金貨を用い、ヤバイ仕事の場合は符牒が使われる。たとえば1作目でジョンがヴィゴの送り込んだ暗殺団を自宅で返り討ちにした後で“掃除人”のチャーリー(デイヴィッド・パトリック・ケリー)に遺体の回収と現場復帰を依頼した電話は「12時にディナーの予約を頼む」というものだった。

 コンチネンタル・ホテルは、“ディナー”の予約受付をするなど、殺し屋の仕事のサポートを行なっている。2作目でジョンがサンティーノの依頼でカモッラのボスの姉ジアナ(クラウディア・ジェリーニ)を暗殺するために宿泊したコンチネンタル・ホテル・ローマでは、ソムリエ(ピーター・セラフィノウィッツ)がワインのうんちくを語ってサジェスチョンするようにジョンに使用する銃器を提案し、“デザート”にナイフまで付ける。

 コンチネンタル・ホテル・ニューヨークの支配人ウィンストン(イアン・マクシェーン)とコンシェルジュのシャロン(ランス・レディック)の存在感も相まって、クセのある世界観を印象付けている。

フグ肝と「にんじゃりばんばん」

スシ・バー「平家」を訪れた主席連合の裁定人に、ゼロと弟子たちは奇妙なお辞儀で忠誠を誓う。
スシ・バー「平家」を訪れた主席連合の裁定人に、ゼロと弟子たちは奇妙なお辞儀で忠誠を誓う。

 シリーズ3作目となる「ジョン・ウィック:パラベラム」では、裏社会のルールを破り追放処分となったジョンが1,400万ドルの賞金を懸けられ、世界中の殺し屋から命を狙われる。主席連合からは裁定人(エイジア・ケイト・ディロン)が送り込まれ、ジョンに1時間の逃亡猶予を与えたウィンストン、ジョンの育ての親で海外逃亡を手助けしたバレエ劇場のディレクター(アンジェリカ・ヒューストン)、前作でジョンを援助した地下犯罪組織の長バワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)らを次々に粛清していく。

 その裁定人がジョン暗殺の“オードブル”として選んだのが、ニューヨークのスシ・バー「平家」(なぜか暖簾は「玉寿司」になっている)の大将ゼロ(マーク・ダカスコス)。すし職人は世を忍ぶ仮の姿で、実は隠れ身の術を使う凄腕の殺し屋ニンジャである。

 ジョン暗殺を命じるために平家を訪れた裁定人に、ゼロは猛毒で知られるフグ肝の刺身を差し出し、醤油なしで食べるように薦める。命がけの裏社会に生きる者同士の連帯を感じさせるが、BGMにはきゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」が流れ、高級感のある料理に反してカウンターには生きた招き猫が鎮座し、壁にはラーメン屋や居酒屋のような品書きが貼られている。極め付けは手の平を返しながらお辞儀する所作等、狙いとはわかっていても「キル・ビル Vol.1」(2003)で千葉真一が演じた服部半蔵の沖縄すし屋のような珍妙なシーンになっている。

 このゼロ、実はジョンの大ファンで、命のやりとりの中でも弟子たち共々敬意をもってジョンに接し、対戦を楽しんでいるようにうかがわれる。ゼロを演じたマーク・ダカスコスはハワイ出身の日系クォーターだが、ジョンに「オレハ オナジ コロシノ タツジン」と叫ぶセリフは字幕なしでは聞き取れないほどの訛りである。

 そういえば本シリーズの裏社会の世界観はそのルールも含めどことなく日本の任侠道に通じるところがある。モロッコのカサブランカに逃亡したジョンが主席連合の首長(サイード・タグマウイ)と面会し、ルールを破った罪を贖うために受ける罰もやくざ映画を彷彿とさせるもので、ゼロもその辺りにシンパシーを感じてジョンのファンになったのかも知れない。


【ジョン・ウィック】

「ジョン・ウィック」(2015)
作品基本データ
原題:JOHN WICK
製作国:アメリカ
製作年:2014年
公開年月日:2015年10月16日
上映時間:101分
製作会社:Thunder Road Pictures, 87Eleven, MJW Films
配給:ポニーキャニオン
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:チャド・スタエルスキ
アクション監督:ダリン・ブレスコット
脚本:デレク・コルスタッド
製作総指揮:ケビン・フレイクス 、スティーブン・ハメル
製作:デヴィッド・リーチ 、ベイジル・イワンイク 、エヴァ・ロンゴリア
撮影:ジョナサン・セラ
プロダクション・デザイン:ダン・リー
装飾:スーザン・ボード
音楽:タイラー・ベイツ
編集:エリザベート・ロナルズ
衣装:ルカ・モスカ
キャスティング:ジェシカ・ケリー
キャスト
ジョン・ウィック:キアヌ・リーヴス
マーカス:ウィレム・デフォー
ウィンストン:イアン・マクシェーン
ヴィゴ・タラソフ:ミカエル・ニュークヴィスト
アヴィ:ディーン・ウィンタース
ミズ・パーキンズ:エイドリアンヌ・パリッキ
ヘレン・ウィック:ブリジット・モイナハン
オーレリオ:ジョン・レグイザモ
チャーリー:デイヴィッド・パトリック・ケリー
フランシス:ケヴィン・ナッシュ

(参考文献:KINENOTE)


【ジョン・ウィック チャプター2】

「ジョン・ウィック チャプター2」(2016)
作品基本データ
原題:JOHN WICK: CHAPTER 2
製作国:アメリカ
製作年:2016年
公開年月日:2017年7月7日
上映時間:122分
製作会社:LIONSGATE, Thunder Road Pictures, 87Eleven
配給:ポニーキャニオン
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:チャド・スタエルスキ
脚本:デレク・コルスタッド
製作総指揮:ジェフ・ワックスマン、ロバート・ベルナッキ、デヴィッド・リーチ、ケヴィン・フレイクス、ヴィシャル・ルングタ、ダン・ローストセン
製作:ベイジル・イヴァニク、エリカ・リー
キャラクター原案:デレク・コルスタッド
プロダクション・デザイン:ケヴィン・カヴァナー
音楽:タイラー・ベイツ、ジョエル・J・リチャード
音楽監修:ジョン・フーリアン
編集:エヴァン・シフ
衣装デザイン:ルカ・モスカ
キャスト
ジョン・ウィック:キアヌ・リーブス
カシアン:コモン
バワリー・キング:ローレンス・フィッシュバーン
サンティーノ・ダントニオ:リッカルド・スカマルチョ
アレス:ルビー・ローズ
ジュリアス:フランコ・ネロ
ジアナ・ダントニオ:クラウディア・ジェリーニ
ヘレン・ウィック:ブリジット・モイナハン
シャロン:ランス・レディック
ジミー:トーマス・サドスキー
チャーリー:デヴィッド・パトリック・ケリー
アブラム・タラソフ:ピーター・ストーメア
アール:トビアス・シーガル
ソムリエ:ピーター・セラフィノウィッツ
アンジェロ:ルカ・モスカ
オーレリオ:ジョン・レグイザモ
ウィンストン:イアン・マクシェーン

(参考文献:KINENOTE)


【ジョン・ウィック パラベラム】

公式サイト
http://johnwick.jp/
作品基本データ
原題:JOHN WICK:CHAPTER3 PARABELLUM
製作国:アメリカ
製作年:2019年
公開年月日:2019年10月4日
上映時間:131分
製作会社:Summit Entertainment, Thunder Road Pictures, 87Eleven
配給:ポニーキャニオン
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:チャド・スタエルスキ
脚本:デレク・コルスタッド、シェイ・ハッテン、クリス・コリンズ、マーク・エイブラムス
製作総指揮:チャド・スタエルスキ、デヴィッド・リーチ、ジョビー・ハロルド、ジェフ・G・ワックスマン
製作:ベイジル・イヴァニク、エリカ・リー
キャラクター原案:デレク・コルスタッド
キャスト
ジョン・ウィック:キアヌ・リーブス
ソフィア:ハル・ベリー
ウィンストン:イアン・マクシェーン
バワリー・キング:ローレンス・フィッシュバーン
ディレクター:アンジェリカ・ヒューストン
ゼロ:マーク・ダカスコス
裁定人:エイジア・ケイト・ディロン
シャロン:ランス・レディック
首長:サイード・タグマウイ
ベラーダ:ジェローム・フリン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。