“はじまり”の映画と食べ物

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今回は、令和という新たな時代の幕開けにちなみ、“はじまり”にまつわる映画とそれに登場する食べ物について述べていく。

「リュミエール!」映画のはじまりと「赤ん坊の食事」

 映画というものは、1895年フランス・パリのグラン・カフェで、オーギュストとルイのリュミエール兄弟が、彼らの発明したシネマトグラフ(撮影と映写の機能をあわせ持つ複合機)を披露するために開いた上映会で始まったとされている。一昨年公開された「リュミエール!」は、カンヌ国際映画祭の総代表でリヨンのリュミエール研究所のディレクターを務めるティエリー・フレモーが、リュミエール兄弟が残した1,422本の短編から108本を厳選して1本にまとめた作品である。

リュミエール兄弟「赤ん坊の食事」(1895)。1分弱の短編に映画のあらゆる要素が凝縮している。
リュミエール兄弟「赤ん坊の食事」(1895)。1分弱の短編に映画のあらゆる要素が凝縮している。

 リュミエール家が経営する工場の門から出てくる労働者たちを撮影した史上初の映画「工場の出口」。南仏ラ・シオタ駅のプラットホームにカメラを据え、カメラの奥から接近してくる蒸気機関車が駅に到着するまでをワンカットでとらえ、その迫力に恐怖を感じた観客が席を立って逃げ出したという伝説を生んだ「列車の到着」。これらと並んで最も有名かつ重要な短編が、オーギュストと妻マルグリット、乳児期の娘アンドレの親子三人が自宅のテラスで昼食をとる様子をルイが撮影した「赤ん坊の食事」である。

 ティーセットや洋酒瓶の並ぶテーブルの前でオーギュストがカップに入ったスープ状の離乳食とビスケットのようなものをアンドレに与え、マルグリットはお茶を飲みながら愛しそうにそれを眺めている。その様子をとらえた、これは史上初のホームムービーであるとともに、背後では和やかに吹く風が木々を揺らしている自然の効果も加わった映画的な要素が凝縮した作品である。

 さらに驚くべきは、アンドレがカメラに向かって「あげる」とばかりにビスケットを差し出す動作が見られることで、ハプニングとは言え、史上初のカメラ目線の“演技”となった。

 リュミエール兄弟はシネマトグラフの普及のために世界中にカメラマンを派遣して撮影を行っており、今回厳選された108本の中にはNHKのドキュメンタリー番組「映像の世紀」(1995〜1996)にも引用された明治時代の日本を映した貴重な映像も含まれている。

「極北のナヌーク」ドキュメンタリーのはじまりと海獣の肉

 撮影対象をありのままに記録したリュミエール兄弟の手法を発展させ、今日まで続く長編ドキュメンタリーの基礎を築いたのが、昨年音楽付きのデジタルリマスター78分版がリバイバル公開された1922年製作のモノクロ・サイレント作品、ロバート・フラハティの「極北のナヌーク」(1924年の初公開時邦題「極北の怪異」)である。

 フラハティはカナダ北部アンガヴァ地方に住むイヌイット(エスキモーの一種族)のナヌーク一家と一年間生活を共にして世界で最も寒い地域に暮らす過酷な日常を活き活きと描いている。フラハティはよい画を撮るためにはナヌークたちにシナリオ通りの演技を要求することもあったようで、現代ではそうした手法は“やらせ”と言われてしまうかもしれないが、映画とはフィクションとドキュメンタリーとを問わず作者の製作意図が反映するものであり、フィクションとドキュメンタリーの境界は極めて曖昧なものである。

 ナヌークが住む地域は一年中氷と雪に覆われているため、作物が育たず農業ができない。そのため、狩りと漁が食物を得る唯一の手段となる。ナヌークたちは獲物がいそうな場所へ犬ぞりやカヤックで移動し、行く先々にイグルー(氷と雪の家)を建てて寒さをしのぎながら獲物を探す。作品は、彼らの鮭の穴釣りをはじめ、アザラシが呼吸をするために海氷に開けた穴に餌を仕掛けて氷の下にいるアザラシを釣り上げる様子、海岸のセイウチの群れに忍び足で接近して銛で仕留めるところなど、ナヌークの名ハンターぶりを描き出している。

 常に飢えの恐怖に直面しているナヌークたちが、獲物を捕まえた時の狂喜乱舞ぶりは尋常でなく、運ぶ前にその場で解体して食べてしまう一見残酷な場面も微笑ましく映る。ちなみにセイウチは見るからに脂身が多そうだが、イヌイットは脂身の多い部位を選り分けて燃料に使う知恵を持ち合わせている。

 遠い祖先から続く自給自足の生活を送ってきたイヌイットに忍び寄る変化も本作では描かれている。ナヌーク一家が、近隣に進出してきた白人の村に狩猟で得たアザラシの皮を売りに行くシーンがそれで、文明ならびに貨幣経済との接触がイヌイットに何をもたらしたかは後の歴史が伝えている。生まれて初めて蓄音機に触れたナヌークが、レコード盤を煎餅のように齧るユーモラスなカットも、どこか悲しく映ってしまうのである。


【リュミエール!】

「リュミエール!」(2016)

公式サイト
https://gaga.ne.jp/lumiere!/
公式サイト:
作品基本データ
原題:LUMIÈRE!
製作国:フランス
製作年:2016年
公開年月日:2017年10月28日
上映時間:90分
製作会社:リュミエール研究所
配給:ギャガ
カラー/サイズ:モノクロ/ビスタ
スタッフ
監督・脚本・プロデューサー・編集:ティエリー・フレモー
共同プロデューサー:ベルトラン・タヴェルニエ
音楽:カミーユ・サン・サーンス
キャスト
ナレーション:ティエリー・フレモー

(参考文献:KINENOTE)


【極北のナヌーク】

「極北のナヌーク」(1922)

作品基本データ
原題:NANOOK OF THE NORTH
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:アメリカ
製作年:1922年
公開年月日:2018/9/15 (初公開1924/8)日
上映時間:78分(65分版、55分版も有)
製作会社:パテフレール
配給:グループ現代
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.33)
音声:サイレント(音楽付きも有)
スタッフ
製作・監督・脚本・撮影:ロバート・フラハティ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。