女優たちの印象的な喫煙場面

[181]映画の中の女性と酒とたばこ/クラシック洋画編

 さる7月18日の参議院本会議で健康増進法改正案が可決・成立し、飲食店での喫煙は原則禁止となった。いまだ喫煙に愛着がある人がいることも事実であるが、これも時代の流れではある。この流れの前の流れを見ておきたい。

 そこで今回は、先日取り上げた女性の飲酒・喫煙シーンのある戦前・戦後の日本映画に続いて、外国映画の喫煙シーンについて見ていこうと思う。

 第一次世界大戦後の時代、“狂騒の20年代”と呼ばれる好景気が到来し女性参政権も認めたアメリカをはじめ、フランス、ドイツ等、欧米の映画では、女性の喫煙は何ら特別なことではなく、当たり前のこととして描かれる傾向にあった。そして映画の作り手たちは、喫煙シーンを工夫することで女優の魅力を引き出そうとした。

マレーネ・ディートリヒの「モロッコ」

「モロッコ」より。「男装の麗人」スタイルのマレーネ・ディートリヒ。
「モロッコ」より。「男装の麗人」スタイルのマレーネ・ディートリヒ。

 たばこの似合う女優として真っ先に脳裏に浮かぶのがマレーネ・ディートリヒである。1930年製作のトーキー初期のドイツ映画「嘆きの天使」でエミール・ヤニングス演じる教授をたぶらかすキャバレーの踊り子ローラを演じ、一躍スターダムにのし上がると、パラマウントに招かれて監督のジョセフ・フォン・スタンバーグと共に渡米。撮り上げたハリウッド第1作が、日本最初の字幕スーパー付き映画となった「モロッコ」(1930)である。

 本作でディートリヒは、流れ者の歌手アミー・ジョリーを演じている。彼女のモロッコの酒場での初出演の場面では、タキシードにシルクハットという「男装の麗人」スタイルでたばこをふかしながら登場。紫煙の立ち上る中、妖艶で退廃的な雰囲気を漂わせてハスキーボイスを披露し、外人部隊の兵士で女たらしのトム・ブラウン(ゲーリー・クーパー)を一瞬にして籠絡してしまう。アミーの方もトムに魅かれていき、映画のクライマックスでは外人部隊の進軍を画面に映さずに太鼓のオフ音で知らせ、いてもたってもいられなくなるアミーの心情をトーキーならではの効果で見せている。

 ディートリヒはその後も「間諜X27」(1931)、「上海特急」(1932)、「西班牙狂想曲」(1935)等でスタンバーグ監督とコンビを組んでいるが、たばこを持ったりふかしたりしているスチール写真が多いのには驚かされる。私の知る限りでは映画史上最もたばこの似合う女優である。

ローレン・バコールの「脱出」

 ノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウェイの小説「持つと持たぬと」(”To Have And Have Not”)を、やはりノーベル賞作家のウィリアム・フォークナーらが脚色した1944年製作のハワード・ホークス監督作品「脱出」で、ハンフリー・ボガードの相手役を務めたローレン・バコールの役どころは、恋人というよりも“相棒”に近い。

 本作は、第二次世界大戦中、ナチス傀儡ヴィシー政権下のフランス領マルティニーク島で釣り船の船長をしているハリー(ボガード)が、依頼を受けて近くの小島に潜伏中のレジスタンスのリーダー、ポール(ウォルター・モルナー)とエレーヌ(ドロレス・モラン)のビュルサック夫妻の脱出を手助けするという「カサブランカ」(本連載第152回参照)的なストーリーで、バコールはポールに協力する流れ者の女スリで歌手のマリーを演じている。

 二人の出会いの場面、マリーが「マッチある?」とポールに声をかける。ポールが放り投げたマッチでマリーはたばこに火を点け、それを投げ返す。このマッチ箱のキャッチボールはその後も何度となく繰り返され、やがてポールがマリーを「スリム」、マリーがポールを「スティーブ」とあだ名で呼び合うような信頼関係が構築されていく。

 クライマックスで二人は、1959年製作のホークス監督の西部劇「リオ・ブラボー」で、アンジー・ディッキンソンが投げる植木鉢や、リッキー・ネルソンが投げるライフルのような連携プレーを見せるのだが、このマッチ箱のやりとりが伏線となっている。

 さて、ボガードとバコールは、この「脱出」の撮影の後、1945年に結婚。その後も「三つ数えろ」(1946)や、「キー・ラーゴ」(1948)等で共演し、公私に渡る“生涯の相棒”となった。


【モロッコ】

作品基本データ
原題:Morocco
製作国:アメリカ
製作年:1930年
公開年月日:1931年2月25日
上映時間:92分
製作会社:パラマウント映画
配給:パラマウント支社
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
脚色:ジュールス・ファースマン
原作:ベノ・ヴィグニー
撮影:リー・ガームス
字幕:田村幸彦
キャスト
アミー・ジョリー:マレーネ・ディートリヒ
トム・ブラウン:ゲイリー・クーパー
ベシエール:アドルフ・マンジュー
セザール副官:ウルリヒ・ハウプト
セザール夫人:イヴ・サザーン
軍曹:フランシス・マクドナルド
キャバレーのマネージャー:ポール・ポルカシ

(参考文献:KINENOTE)


【脱出】

作品基本データ
原題:To Have and Have Not
製作国:アメリカ
製作年:1944年
公開年月日:1947年11月11日
上映時間:100分
製作会社:ワーナー・ブラザース映画
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:ハワード・ホークス
脚色:ジュールス・ファースマン、ウィリアム・フォークナー
原作:アーネスト・ヘミングウェイ
製作:ハワード・ホークス
撮影:シド・ヒコックス
キャスト
ハリー・モーガン:ハンフリー・ボガート
エディー:ウォルター・ブレナン
マリー・ブロウニング:ローレン・バコール
エレーヌ・ド・ビュルサック:ドロレス・モラン
ポール・ド・ビュルサック:ウォルター・モルナー
ジェラール:マルセル・ダリオ
ジョンソン:ウォルター・サンド
ルナール警部:ダン・シーモア
コーヨー警部補:シェルドン・レオナード

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。