運命を変える装置・コンビニ

[176]映画に表れたコンビニの変遷(2)

前回に続いて、映画に描かれたコンビニエンスストア(以下、CVS)について述べていく。

「20世紀少年」のフランチャイズ店舗と「御用聞き」

 浦沢直樹の長編漫画「20世紀少年」を映画化した3部作の第1章「終わりの始まり」(2008)では、主人公の遠藤ケンヂ(唐沢寿明)がCVSチェーン「キングマート」のフランチャイジーとして登場する。

 ケンヂの家は元は酒屋であったが、1997年、ロック歌手になる夢に破れた彼が後を継いだのを契機にCSV化した。年老いた母チヨ(石井トミコ)と失踪した姉キリコ(黒木瞳)に預けられた生後間もない姪のカンナを抱えての決断であったが、やりたかったことではないせいか身が入らず、売上は低迷。CSV本部のスーパーバイザー(徳井優)からは、

  • お客様への声かけ「キングマートへようこそ」がさわやかでない。
  • ユニフォームの着こなしがだらしない。赤ん坊をおんぶするなどもってのほか。
  • アルバイトの店員(池脇千鶴)への教育がなっていない。

等の指摘を受けてしまう。このあたりはCSVにおけるフランチャイザーとフランチャイジーの力関係を示す描写である。

 ケンヂの店が酒屋の頃からの名残りで得意先への配達をしていることは、ケンヂがお茶の水工科大学でロボット工学を研究している敷島教授(北村総一郎)の家に集金に行くシーンからわかる。このときすでに敷島教授の一家は失踪していて、回収しようとしたビールケースの横の壁にケンヂの少年時代の友人オッチョが考案した「ともだちマーク」を見つけたことは、その後の展開の前触れとなっている。

 CVSの配達サービスについては、最近セブン-イレブンの「セブンミール」等が注目されている。これは「サザエさん」に出てくる酒屋の三河屋でもおなじみの“御用聞き”の現代版とも言える。

 さて、ケンヂが少年時代に考えた「よげんの書」の通りに奇怪な事件が次々と起き、それに「ともだち」を名乗るケンヂの少年時代の友人の誰かが関わっていることに気付き始めた矢先、ケンヂの店は突然大盛況となる。しかし、その大勢の客は「ともだち」とキリコの間に生まれたという「運命の子」カンナを奪還しに来た「ともだち」の信者たちだった。そして、彼らによって店は大変なことになり、ケンヂの運命は大きく変わっていく……。

 第2章「最後の希望」(2009)、最終章「ぼくらの旗」(2009)と続く「20世紀少年」3部作は、二度に渡る震災やオウム事件、同時多発テロ、原発事故といった平成の社会不安を、明るい未来を夢見ていた昭和のサブカルチャーでデフォルメしてみせたスケールの大きなSFアクションであり、「TRICK」シリーズ(2000~2014)や「SPEC」シリーズ(2010~2013、本連載第98回参照)等の独自の作風で知られる堤幸彦監督があえて個性を封印して原作に忠実に描いたものである。

「百円の恋」のバナナと鶏のササミ

 2014年製作の「百円の恋」では、弁当屋「さいとう亭」の娘でニート生活を送っていた主人公の斎藤一子(安藤サクラ)が、離婚して子連れで出戻った妹の二三子(早織)との折り合いが悪くなって家を出、自活のために始めたアルバイト先として100円均一のCVS「百円生活」が登場する。

 同じようなビジネスモデルとしては、かつて存在した「SHOP99」や、その運営会社を子会社化して転換した「ローソンストア100」が想起されるが、映画とは無関係である。

〽百円 百円 百円生活 安い 安い なんでも安い

 能天気なテーマ曲とは裏腹に、「百円生活」はダメなCVSの典型として描かれている。一子を採用した店長の岡野淳(宇野祥平)は、お人好しな性格が仇となり、「名ばかり管理職」として人手不足を補うために1日18時間勤務を続けた末にうつ病を発症して退職。店長代理として来た本部社員の佐田和弘(沖田裕樹)は、陰険な性格で長時間勤務の鬱憤をアルバイトらに当たることで晴らしている。ベテランアルバイトの野間明(坂田聡)は、勤務中の私語が多く、一子にセクハラを繰り返した末にレジの金を持ち逃げして失踪。やはりレジの金を盗んだ池内敏子(根岸季衣)は、クビになった後もバックヤードに出没しては廃棄の焼うどんを盗みに来る「常連」で、佐田に目の敵にされているといった具合。まさかここまでひどいCVSはないと思うが、「底辺の人間たちの巣窟」(公式サイト)のような場所になっていて、薄暗いバックヤードがそれを強調している。

「百円の恋」。試合前で減量中のボクサー、狩野は1房100円のバナナを大量に買っていく。
「百円の恋」。試合前で減量中のボクサー、狩野は1房100円のバナナを大量に買っていく。

 そんな「百円生活」で、いつも1房100円のバナナだけを大量に買っていくことで「バナナマン」と呼ばれている客が一人。近所のボクシングジム「青木ジム」に所属する中年ボクサーの狩野祐二(新井浩文)で、バナナは試合を前にして減量中の栄養源と思われる。毎日ジムの前を通る一子は、ストイックな雰囲気を漂わせる狩野の存在が気になっていた。ある日狩野が買ったバナナを店に忘れ、それを一子がジムに届けたことできっかけで二人の交際がスタートするのだが……。

 この後、ドラマはボクシングを引退した狩野と別れ、店も辞めた一子が青木ジムに入門。遅咲きの女性ボクサーとしてプロテストに合格しリングに立つまでを描いている。一子としては、自分が抱えたどうしようもない閉塞感を打破するためにボクシングの舞台に立つことを必要としていて、狩野との交際はその踏み台だったのだろう。その晴れの舞台の入場曲に彼女が選んだのがあの「百円生活」のテーマソング。

「私、百円程度の女だから」

 その試合結果はともかくとして、驚くべきは2週間という短い撮影期間中に、ニート時代の弛緩しきった肥満体型からボクサーの精悍な痩身への変化を演じ分けて見せた安藤サクラの「デニーロ・アプローチ」()ばりの肉体改造である。彼女が狩野役の新井浩文と共に取り組んだ、運動と食事による肉体改造で食べていたのが「鶏のササミ」。その甲斐あってか、安藤サクラはこの年の日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞をはじめとする各賞を総なめにした。

※デニーロ・アプローチ:ロバート・デ・ニーロが役に合わせて大幅な体重の増減や頭髪を抜くなどをやってのけたことから、彼流の徹底した役作りをデニーロ・アプローチと呼ぶ。

参考文献
安藤サクラと新井浩文をつなぐのは「ササミ」!? 映画『百円の恋』舞台挨拶(エキサイトニュース)(http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20141026/Enterstage_000794.html)

【20世紀少年 第1章 終わりの始まり】

「20世紀少年 第1章 終わりの始まり」(2008)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2008年
公開年月日:2008年8月30日
上映時間:142分
製作会社:映画「20世紀少年」製作委員会
配給:東宝
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:堤幸彦
脚本:福田靖、長崎尚志、浦沢直樹、渡部雄介
原作:浦沢直樹
製作指揮:小杉善信
エグゼクティブプロデューサー:奥田誠治
企画:長崎尚志
プロデューサー:飯沼伸之、甘木モリオ、市山竜次
共同プロデューサー:大平太、大村信
撮影:唐沢悟
美術:相馬直樹
音楽:白井良明
主題歌:T.REX
録音:鴇田満男
照明:木村明生
編集:伊藤伸行
ライン・プロデューサー:井上潔
製作担当:吉崎秀一
監督補:木村ひさし
助監督:白石達也
VFXディレクター:阪上和也
VFXスーパーバイザー:野崎宏二
CGI:藻形司郎
キャスト
ケンヂ(遠藤健児):唐沢寿明
オッチョ(落合長治):豊川悦司
ユキジ(瀬戸口雪路):常盤貴子
ヨシツネ(皆本剛):香川照之
マルオ(丸尾道浩):石塚英彦
モンちゃん(子門真明):宇梶剛士
ケロヨン(福田啓太郎):宮迫博之
ドンキー(木戸三郎):生瀬勝久
ヤマネ(山根昭夫):小日向文世
フクベエ(服部哲也):佐々木蔵之介
万丈目胤舟:石橋蓮司
神様:中村嘉葎雄
キリコ(遠藤貴理子):黒木瞳
友民党CMのタレント:藤井隆
友民党CMのタレント:山田花子
田村マサオ:ARATA
敷島ミカ:片瀬那奈
アルバイトの店員・エリカ:池脇千鶴
敷島ゼミの学生:鈴木崇大(タカアンドトシ)
敷島ゼミの学生:三浦敏和(タカアンドトシ)
スクーターの若い男:中田敦彦(オリエンタルラジオ)
スクーターの若い男:藤森慎吾(オリエンタルラジオ)
池上正人:藤井フミヤ
ロックバンドのボーカル:及川光博
ピエール一文字:竹中直人
漫画家・角田:森山未來
諸星:津田寛治
コンビニの本部教職員:徳井優
ケンヂの同級生:石橋保
ケンヂの同級生:布川敏和
ケンヂの同級生:入江雅人
市原節子:竹内都子
木戸美津子:洞口依子
血まみれの男:遠藤憲一
ヤマさん:光石研
ヤン坊・マー坊:佐野史郎
オリコー商会の社長:ベンガル
遠藤チヨ:石井トミコ
チョーさん:竜雷太
諸星の母:吉行和子
ジジババ:研ナオコ

(参考文献:KINENOTE)


【百円の恋】

「百円の恋」(2014)

公式サイト
http://100yen-koi.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2014年
公開年月日:2014年12月20日
上映時間:113分
製作会社:東映ビデオ
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:武正晴
監修:黒澤満
脚本:足立紳
エグゼクティブプロデューサー:加藤和夫
企画:黒澤満
製作:間宮登良松
プロデューサー:佐藤現、平体雄二、狩野善則
撮影:西村博光
美術:将多
音楽:海田庄吾
音楽プロデューサー:津島玄一
主題歌:クリープハイプ:(「百八円の恋」(UNIVERSAL SIGMA))
録音:古谷正志
照明:常谷良男
編集:洲崎千恵子
衣裳デザイン:宮本まさ江
メイク:金森恵
製作担当:大川伸介
助監督:山田一洋
キャスト
斎藤一子:安藤サクラ
狩野祐二:新井浩文
斎藤二三子:早織
斎藤佳子:稲川実代子
斎藤孝夫:伊藤洋三郎
野間明:坂田聡
岡野淳:宇野祥平
佐田和弘:沖田裕樹
西村:吉村界人
小林:松浦慎一郎
青木ジムの会長:重松収
池内敏子:根岸季衣

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。