「新参者シリーズ」の日本橋食べ歩き

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現在公開中の「祈りの幕が下りる時」は、東野圭吾の推理小説「加賀恭一郎シリーズ」の10作目となる最新作の映画化である。過去このシリーズを原作に主人公の警視庁刑事・加賀恭一郎を阿部寛が演じた映像作品は、TBSのテレビドラマ「新参者」(2010、TBS)、「赤い指」(2011、TBS)、「眠りの森」(2014)、劇場用映画「麒麟の翼」(2012)があり、今回紹介する「祈りの幕が下りる時」を含めて「新参者シリーズ」と呼ばれている。

 今回は加賀の日本橋署での最後の事件となる「祈りの幕が下りる時」に登場する、大都会東京の中心にあって古き江戸の香りを残す日本橋界隈のうまそうなものを紹介していく。

「室町砂場」のざるともり

 まずは加賀が、警視庁捜査一課の刑事で加賀の従兄弟でもある松宮脩平(溝端淳平)が現在捜査中の殺人事件の相談を受けるために入った「室町砂場」。

「砂場」は「更科」「藪」と並ぶそば御三家の一つ。現存する老舗そば店の中では最も長い歴史があるとされており、また、その発祥は大坂(大阪)であったということが定説となってきている。「室町砂場」は慶応年間に芝高輪・魚藍坂で創業、1869(明治2)年に日本橋に移転したもの。戦後、天もり、天ざるを売り出した店としても知られる。

 そばの実の内層のみを挽いてふるった白くてきめの細かい更科粉で打った「ざる」と、そばの風味に優れたやや黒味がかった粉を使った「もり」の2種類の高級そばが特徴で、劇中ではおごる立場の松宮が「高い」とこぼしていたが、調べてみるとそれほど高価ではないようである。

 松宮は、殺人事件の被害者・押谷道子(中島ひろ子)の級友だった舞台演出家の浅居博美(松嶋菜々子)について加賀に尋ねる。それは松宮が博美の事務所に聞き込みに訪れた際、加賀と博美が剣道場で一緒に写っている写真を見かけたからだった。その写真は数年前、加賀が日本橋署主催の剣道教室の講師をしている際、博美が演出する舞台の子役たちに剣道の指導をした時に撮られた記念写真であったが、この出会いが事件の真相と加賀自身の過去に大きく関わっていることを、加賀はまだ知らなかった。

※参考文献:岩崎信也(2003)「蕎麦屋の系図」(光文社新書)光文社.

解けない謎・ありつけないスイーツ

 前作「麒麟の翼」の謎解きに日本橋七福神巡りが絡んでいたように、今回は日本橋川と神田川にかかる12本の橋が事件の解明に重要な鍵を握ることになる。

1月 浅草橋

2月 左衛門橋

3月 西河岸橋

4月 一石橋

5月 柳橋

6月 常盤橋

7月 日本橋

8月 江戸橋

9月 鎧橋

10月 茅場橋

11月 湊橋

12月 豊海橋

 これは、押谷道子が殺害されたアパートの部屋に掛かっていたカレンダーに書き込まれていたものである。加賀はこれと全く同じカレンダーの書き込みを十数年前にある人の部屋で目にしていて、その謎を解くために本庁への栄転を断って所轄の日本橋署に留まり、調査を続けていたのである。

 加賀が日本橋署に配属されて最初の事件を描いた「新参者」では、たい焼き屋「銀のあん」に出来る行列の謎を解くために(ただ単にたい焼きを食べたかっただけという説もある)、事件解決まで実に50回もたい焼きを買う列に並んだものの、番が回る直前で売り切れになる等の事情で遂に買えなかったという“お約束”のシーンがあったが、今思うと、このいくつもの橋の謎の隠喩のように思えてくる。

「銀のあん」は、「築地銀だこ」を運営するホットランドが運営するたい焼き専門店で、ドラマとタイアップした「薄皮醤油たい焼き」が放映当時に期間限定で発売されたが、ドラマに使用された店舗はロケセットで実在しない。

「祈りの幕が下りる時」のエンドロールでは、人形町・甘酒横丁入口の老舗和菓子店「玉英堂」の「虎家喜」(とらやき)の行列に並んだ加賀の直前に売り切れの看板が出されるという演出で、“お約束”のシーンを再現している。「玉英堂」は1576(天正4)年に京都で創業し、1951(昭和26)年に当地へ出店。店舗は甘酒横丁の名の由来となった甘酒屋の跡地である。

「重盛永信堂」の“人形焼”

人形町の老舗「重信永信堂」の七福神の顔をかたどった人形焼。
人形町の老舗「重信永信堂」の七福神の顔をかたどった人形焼。

 加賀が事件の容疑者の足どりを追って滋賀県の長浜を訪れた際、手土産として持参したのが、「重盛永信堂」の人形焼だ。

「重盛永信堂」は1917(大正6)年に人形町通りに創業した老舗和菓子店。東京土産として使われることの多い人形焼の名は人形町からで、考案したのは1907(明治40)年創業の「板倉屋」とされる。そして人形町の名は、江戸時代この辺りに人形芝居関係者が多く暮らしていたことに由来するという。

 人形焼は七福神の顔をかたどったものがスタンダードだが、同じ人形町の人形焼でも表情が柔和だったり、ややいかつかったりと、店によって個性があるのが面白い。たいていの店で、定番の七福神は布袋尊、弁財天、恵比寿、毘沙門、大黒天、寿老人の6つしかないのも気になるところだが、長頭の福禄寿の代わりの7つ目は「お客様の笑顔」ということらしい。種類は餡入りと餡なし(カステラ焼、戦時焼)があり、通は餡入りと餡なしの比率を変えて楽しんでいる。

 人形焼は「新参者」以来の加賀の好物で、「重盛永信堂」の人形焼のパックが殺人事件の遺留品として残されていた「新参者」では、加賀が現場に持ち込んでむしゃむしゃ食べていたところを捜査一課の小島主任(木村祐一)に見とがめられ、遺留品を食ってると誤解されるシーンもあった。「祈りの幕が下りる時」でも自分用に買った袋詰めのものを橋の上で食べたり、進物として関係者にあげたものを横からつまんだりしている。

「祈りの幕が下りる時」のエンドロールでは、この他にも「新参者」第1話に登場した煎餅屋「あまから」のロケ地となった人形町・甘酒横丁の「草加屋」や、第2話の料亭「まつ矢」のロケ地となった人形町・芸者新道(1657年の明暦の大火で移転する前の吉原遊郭があったことが通りの名の由来)の「きく家」等が思い出の場所としてリレー的に映し出され、「新参者シリーズ」完結編としての余韻を作り出している。

清張作品へのオマージュと東野作品のオリジナリティ

 最後に「祈りの幕が下りる時」の感想を簡単に。辛い過去を背負いながら名声を得た犯人がクライマックスの大舞台で転落するというストーリーは松本清張原作の「砂の器」(1974)と似ているが、映像的にも過去の松本清張原作の映画化作品を連想するシーンが多くなっている。たとえば寒風吹きすさぶ砂浜を父子が歩くシーンは「砂の器」、能登の断崖のシーンは「ゼロの焦点」(1961)、トンネルのシーンは「天城越え」(1983)といった具合であるが、作品の根底に流れる“献身”というテーマは、「容疑者Xの献身」(2008)や「白夜行」(2011)といった東野圭吾作品に共通する、読者の心の琴線に触れる普遍的なもので、東野がベストセラー作家たる所以であると思われる。


【祈りの幕が下りる時】

公式サイト
http://inorinomaku-movie.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2018年
公開年月日:2018年1月27日
上映時間:119分
製作会社:映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会(制作プロダクション:マックロータス)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:福澤克雄
脚本:李正美
原作:東野圭吾「祈りの幕が下りる時」(講談社文庫)
エグゼクティブプロデューサー:那須田淳、平野隆
プロデューサー:伊與田英徳、藤井和史、川嶋龍太郎、露崎裕之
共同プロデューサー:岡田有正
撮影:須田昌弘
美術:大西孝紀
音楽:菅野祐悟
音楽プロデューサー:志田博英
主題歌:JUJU
録音:松尾亮介
音響効果:谷口広紀
照明:鋤野雅彦
編集:朝原正志
助監督:北川学
VFX:小嶋一徹
キャスト
加賀恭一郎:阿部寛
浅居博美:松嶋菜々子
松宮脩平:溝端淳平
金森登紀子:田中麗奈
浅居厚子:キムラ緑子
宮本康代:烏丸せつこ
大林(警視庁捜査一課主任):春風亭昇太
石垣(警視庁捜査一課刑事部長):上杉祥三
押谷道子:中島ひろ子
横山一俊:音尾琢真
浅居博美(20歳):飯豊まりえ
浅居博美(14歳):桜田ひより
苗村誠三:及川光博
田島百合子:伊藤蘭
浅居忠雄:小日向文世
加賀隆正:山崎努

(参考文献:KINENOTE)


【新参者】

「新参者」(2010)

作品基本データ
放送国:日本
放送期間:2010年4月18日~6月20日(10回)
放送時間:21:00~21:54
制作局:TBS
スタッフ
演出:山室大輔、平野俊一、韓哲、石井康晴
脚本:牧野圭祐、真野勝成
原作:東野圭吾「新参者」(講談社刊)
企画:那須田淳
プロデューサー:伊與田英徳、中井芳彦
音楽:菅野祐悟
音楽プロデューサー:志田博英
主題歌:山下達郎
協力:人形町商店街協同組合、甘酒横丁商店会
キャスト
加賀恭一郎:阿部寛
青山亜美:黒木メイサ
清瀬弘毅:向井理
松宮脩平:溝端淳平
小嶋一道:木村祐一
上杉博史:泉谷しげる
岸田要作:笹野高史
三井峯子:原田美枝子
清瀬直弘:三浦友和

(参考文献:TBS番組サイトhttp://www.tbs.co.jp/shinzanmono/


【麒麟の翼】

「麒麟の翼」(2012)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2011年
公開年月日:2012年1月28日
上映時間:129分
製作会社:映画「麒麟の翼」製作委員会(制作会社 フィルム フェイス)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:土井裕泰
脚本:櫻井武晴
原作:東野圭吾「麒麟の翼」(講談社刊)
エグゼクティブプロデューサー:濱名一哉
プロデューサー:那須田淳、伊與田英徳、進藤淳一
撮影:山本英夫
美術:金勝浩一
音楽:菅野祐悟
主題歌:JUJU
録音:武進
照明:小野晃
編集:穂垣順之助
アソシエイト・プロデューサー:辻本珠子
ライン・プロデューサー:橋本靖
製作担当:横原誠
助監督:杉山泰一
スクリプター/記録:鈴木一美
キャスト
加賀恭一郎:阿部寛
中原香織:新垣結衣
松宮脩平:溝端淳平
金森登紀子:田中麗奈
青柳悠人:松坂桃李
吉永友之:菅田将暉
杉野達也:山崎賢人
黒沢翔太:聖也
糸川肇:劇団ひとり
青柳遥香:竹富聖花
青柳史子:相築あきこ
八島冬樹:三浦貴大
横田省吾:柄本時生
小竹由紀夫:鶴見辰吾
吉永美重子:秋山菜津子
小林主任:松重豊
石垣刑事課長:北見敏之
青山亜美:黒木メイサ
加賀隆正:山崎努
青柳武明:中井貴一

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。