落語の食を巡る生と死と金と

[168]映画と落語と食事の深い関係(1)

映画は誕生して120年あまりの新しい文化だが、世界各地で、文芸、美術、音楽、演劇、舞踊といった、他の歴史ある文化の要素を吸収して発展してきた側面がある。日本もその例外ではなく、歌舞伎、浄瑠璃、能、狂言、落語、講談、浪花節といった伝統芸能の要素を取り込んできた。

 たとえば、日本映画の誕生当初は歌舞伎の様式にのっとって女形を使っていたのは有名な話だし、左右を示す「上手・下手」(かみて・しもて)といった業界用語も舞台から来たものだ。また、サイレント時代の活動弁士という日本独自の興行形態も、講談等の影響を受けている。

 そうした映画に影響を与えた日本の伝統芸能の中で、今回から落語にスポットを当てて、映画への活用のされ方と、噺の中で登場する食を何回かに分けて見ていこうと思う。

「幕末太陽傳」の食売旅籠

 まずは1957年製作の川島雄三監督の代表作「幕末太陽傳」から。幕末に実在した品川宿の旅籠「相模屋(土蔵相模)」が舞台。この相模屋で無銭飲食した挙句、居残りを決め込んだ町人、佐平次(フランキー堺)が、当の旅籠の奉公人をしのぐ才覚を発揮し、客と女たちのトラブルを解決していく「居残り佐平次」をベースに、

  • 女郎おそめ(左幸子)が貸本屋金蔵(小沢昭一)を心中に誘うが果たせず、一人入水して助かった金蔵が幽霊を装って復讐を図る「品川心中」
  • おそめとNo.1を競う女郎こはる(南田洋子)が、営業のために年季が明けたら一緒になるという起請文を連発したところ、仏壇屋倉造(殿山泰司)とその息子清七の両方に起請文が渡ってしまう「三枚起請」
  • こはるが嫌う常連客、千葉の杢兵衛大尽(市村俊幸)にこはるは死んだと嘘をついた佐平次が、杢兵衛を墓地の適当な墓に案内するが、戒名が子供を示す「童子」だったという「お見立て」

等の落語をアレンジしたエピソードに加え、長州藩士の高杉晋作(石原裕次郎)、久坂玄瑞(小林旭)、志道聞多こと後の井上馨(二谷英明)、伊藤春輔こと後の伊藤博文(関弘美)らが、1862年12月12日に起こした御殿山英国公使館焼き討ち事件を絡め、それらを並行して描いたグランドホテル形式のドラマである。

 タイトルの「太陽」は、裕次郎の兄、慎太郎による芥川賞受賞の小説で映画化もされた「太陽の季節」(1956)に登場する戦後の無軌道な若者たちを示す「太陽族」を幕末の勤皇の志士になぞらえたものと思われる。「三枚起請」のオチである都々逸「三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい」は、高杉が相模屋で詠んだものと言われていて、本作では佐平次と高杉の風呂場で出会うシーンでも使われている。

 江戸時代、街道の宿場町の旅籠は宿泊を主とする平旅籠と、飯盛女と呼ばれる遊女が客を接待する食売旅籠(めしうりはたご)があり、本作の舞台となった相模屋は後者である。実質的には女郎屋だが、宿泊や食事といった旅籠本来の機能も有していることは、佐平次がアクロバティックな動きで部屋から部屋へと配膳していく場面からもわかる。

 また、佐平次が、こはるのもう一枚の起請文を持っていた長州藩士、来島又兵衛(河野武秋)の話相手を務める場面では、出されたフグ料理にフグの本場、長州出身の又兵衛が水っぽいと不満を述べているが、裏を返せば毒があってさばくのが難しいフグを扱えるだけの板前を雇用していることを意味していて、料理に手抜きがないことを示している。

「運が良けりゃ」から「男はつらいよ」へ

 2本目は、落語に造詣が深く、「真二つ」(新潮文庫)等の落語作家でもある山田洋次監督が1966年に手がけた「運が良けりゃ」。天明の頃、向島山谷堀の裏長屋を舞台に、熊さんこと左官の熊五郎(ハナ肇)、相棒の八っあん(犬塚弘)、熊さんの妹せい(倍賞千恵子)らの住人が織りなす四季折々のドラマを落語を基にしたエピソードで構成した時代劇コメディである。以下、落語の元ネタのタイトルを挙げながら順に追って述べる。


春「突き落とし」

 熊さんの無銭飲食計画に金のない長屋の連中が便乗。長屋の家主、近江屋守兵衛(田武謙三)の倅、七三郎(砂塚秀夫)を大工の若棟梁に仕立て、千住宿の料亭に繰り出し、うわばみのように大きいうなぎの蒲焼きから江戸前のにぎりずしまで飲み放題、食い放題のどんちゃん騒ぎを繰り広げる。

 翌朝、17両の請求書を受け取ると、お土産まで用意させた上に持ち合わせがないからと付け馬(取り立て)の番頭(藤田まこと)を連れて帰宅中、連れ小便の最中に番頭を川に突き落とし、まんまと食い逃げに成功する。「居残り佐平次」と途中までは似た展開だが、こちらは貧しさから来る人間の赤裸々な欲望を描いている。

「さんま火事」

 近江屋は、差配の源兵衛(花澤徳衛)に長屋の家賃値上げを命じるが、長屋の連中は取り合わず、家主と店子の板挟みになった源兵衛はクビになってしまう。

 それを聞いた熊さんが近江屋に思い知らせようと一計を案じる。魚河岸で買い込んだ秋刀魚を長屋10軒で50匹一斉に七輪で焼く。ちょうど油の乗った時期ですごい煙が出る。その時誰かが小さな声で、「いい秋刀魚じゃねえか。どこで買ってきた」と尋ね、相手が大声で「河岸だ、河岸だ」と怒鳴れば、河岸が火事に聞こえ、周りが勝手に勘違いしてくれるだろうという寸法だ。

 かくて計画は実行に移されるが、町火消まで出動する大騒動に発展してしまい、熊さんと源兵衛は首謀者として召し捕られてしまう。アンハッピーエンドは、飢饉や役人の不正といった時代の反映か。

「黄金餅」「らくだ」

「運が良けりゃ」より。おかん婆は溜め込んだ金を餅に仕込む。
「運が良けりゃ」より。おかん婆は溜め込んだ金を餅に仕込む。

 臨月を迎えた八っあんの女房とめ(富永美沙子)のためにせいは病で臥せっている吝嗇家(りんしょくか=けちん坊)のおかん婆(武智豊子)に借金を願い出るが断られてしまい、一分銀の分だけの餅を買ってくるように言われる。

 その後、せいはおかん婆が貯めこんだ金を一つずつ餅にくるんで飲み込むのを目撃。ほどなくおかん婆は息を引き取る(黄金餅)。

 近江屋は病人が片付いたのを良いことに長屋の住人たちに立ち退きを迫るが、そこに放免になった熊さんが帰ってくる。熊さんは近江屋を脅かそうと七三郎を使いに出し、葬式の面倒を見なければ死骸を担ぎ込んでかっぽれを踊らせると言うが、近江屋も負けずに、この歳になるまで死人のかっぽれを見たことがないから見たいと返す(らくだ)。

 かくして近江屋でのかっぽれ踊りは実行されるのか? おかん婆の腹の中の金はどうなるのか? 落語でありながらホラーチックなブラックコメディになっている。


 落語を離れた注目点は、せいと恋仲になる肥汲みの吾助(田辺靖雄)。彼は長屋で出た下肥を肥料として使うため、定期的に汲み取りに訪れ、荷車で運んできた自家製の農作物と交換する形で引き取っている。長屋にも農家にもメリットがあり、往路・復路ともに荷があるというロジスティクス的にも無駄のない理想的な循環システムが江戸時代には行われていたのである。

 また本作は1968年にTV放映が始まり、1969年に劇場1作目が公開された「男はつらいよ」シリーズ(本連載第30回参照)の原型として記憶されるべき作品である。やんちゃな兄としっかり者の妹、貧しくもたくましく生きる庶民像、そして落語から学んだ話芸等、共通する要素は随所に見受けられる。

 ラスト近く、火葬場の場面で隠坊(おんぼう。火葬場の作業員。現在は通常使わない呼び名)役の渥美清が身体を縛られ熊さんたちの非常識な行いを見つめながら「次は俺の番か……」というような表情を見せるのが印象的だった。


【幕末太陽傳】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1957年
公開年月日:1957年7月14日
上映時間:110分
製作会社:日活
配給:日活
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:川島雄三
脚本:川島雄三、田中啓一、今村昌平
製作:山本武
撮影:高村倉太郎
美術:中村公彦、千葉一彦
音楽:黛敏郎
録音:橋本文雄
照明:大西美津男
編集:中村正
風俗考証:木村荘八
助監督:今村昌平
キャスト
居残り佐平次:フランキー堺
相模楼主伝兵衛:金子信雄
女房お辰:山岡久乃
息子徳三郎:梅野泰靖
番頭善八:織田政雄
若衆喜助:岡田眞澄
若衆かね次:高原駿雄
若衆忠助:青木富夫
若衆三平:峰三平
女中おひさ:芦川いづみ
やり手おくま:菅井きん
新造おとら:福田トヨ
女郎おそめ:左幸子
女郎こはる:南田洋子
女郎おもよ:新井麗子
女郎A:竹内洋子
女郎B:芝あをみ
女郎C:清水千代子
女郎D:所寿子
大工長兵衛:植村謙二郎
岡っ引平六:河上信夫
吉原の附馬:井東柳晴
呉服屋:小泉郁之助
髪結:鈴村益代
高杉晋作:石原裕次郎
久坂玄瑞:小林旭
志道聞多:二谷英明
伊藤春輔:関弘美
大和彌八郎:武藤章生
白井小助:穂高渓介
来島又兵衛:河野秋武
気病みの新公:西村晃
呑込みの金坊:熊倉一雄
粋がりの長ンま:三島謙
貸本屋金造:小沢昭一
仏壇屋倉造:殿山泰司
息子清七:加藤博司
千葉の杢兵衛大尽:市村俊幸
坊主悠念:山田禅二
ガエン者権太:井上昭文
ガエン者玄十:榎木兵衛

(参考文献:KINENOTE)


【運が良けりゃ】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1966年
公開年月日:1966年3月19日
上映時間:91分
製作会社:松竹
配給:松竹
カラー/シネマ・スコープ(1:2.35):モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:山田洋次
監修:安藤鶴夫
脚本:山内久、山田洋次
製作:脇田茂
撮影:高羽哲夫
美術:佐藤公信
音楽:山本直純
録音:小尾幸魚
照明:津吹正
編集:浦岡敬一
スチル:堺謙一
キャスト
左官の熊五郎:ハナ肇
熊五郎の妹せい:倍賞千恵子
八っあん:犬塚弘
八っあんの女房とめ:富永美沙子
おかん婆:武智豊子
赤井御門守:安田伸
クズ屋の久六:桜井センリ
按摩の梅喜:松本染升
差配の源兵衛:花澤徳衛
七三郎:砂塚秀夫
ツケ馬の番頭:藤田まこと
吾助:田辺靖雄
吾助の父:左卜全
近江屋守兵衛:田武謙三
隠坊:渥美清

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。