今回は、現在公開中の「ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜」に登場する歴史の闇に消えた幻のフルコースについて見ていく。
本作は料理バラエティ番組「料理の鉄人」(1993~1999)やその復活版となる「アイアンシェフ」(2012~2013)の演出を手がけた田中経一の同名小説(「麒麟の舌を持つ男」改題)を原作に、両番組に審査員として出演した秋元康が企画者として、同じく解説を務めた服部栄養専門学校校長の服部幸應が料理監修として携わっている。
「関ヶ原」(本連載第158回参照)の岡田准一(「V6」メンバー)と同様にジャニーズ事務所のアイドル(「嵐」メンバー)として活動する一方、2006年のクリント・イーストウッド監督作品「硫黄島からの手紙」に重要な役に抜擢されたり、2015年の山田洋次監督作品「母と暮らせば」で第39回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞する等、演技に定評のある二宮和也が主演。監督は、第81回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した「おくりびと」(2008、本連載第23回参照)の滝田洋二郎が務める等、盤石の体制で製作された大作ドラマである。
2人の天才料理人
タイトルにある麒麟とは実在の動物ではなく、キリンビールのマークにもなった中国の伝説上の霊獣のことで、本作でいう麒麟の舌とは、絶対音感のように揺るぎない“絶対味覚”のことを表している。本作は、その麒麟の舌を持つ現代の料理人、佐々木充(二宮)が、第二次世界大戦前、1930年代の旧満洲国で、もう一人の麒麟の舌を持つ料理人、山形直太朗(西島秀俊)が作った究極のフルコース「大日本帝国食菜全席」の失われたレシピを探すという、ミステリー仕立ての内容になっている。
そのストーリーを追っていくとほとんどがネタバレになってしまうので、今回は1930年代のパートを中心に述べていく。
原作によると、直太朗は石川県山中温泉の仕出し料理屋の息子として生まれ、地元の料理屋で何年か修業した後上京。浅草の大きな料亭で働くが、次第に洋食に興味をひかれ、一度食べた味を記憶して再現できる麒麟の舌を生かして洋食風にアレンジした和食を料亭で出すようになる。これが評判を呼び、上客の貿易商の後援を得て、パリで2年半フランス料理を学ぶ。
和食と洋食、両方のスキルを身に着けた直太朗は帰国後、宮内庁で宮中の食事を司る大膳寮にスカウトされ、杉森久英の小説で3回テレビドラマ化された「天皇の料理番」のモデルとなった主厨長の秋山徳蔵の下で働き、薫陶を受ける(直太朗の経歴も秋山の経歴をモデルにしている節がある)。
この頃直太朗が作った豚の角煮の味は、大膳寮の元同僚が開いた東京の「割烹辰巳」に現在も受け継がれている。そして大膳寮に入って3年目の1933年、直太朗は国命を受け、身重の新妻、千鶴(宮﨑あおい)と共に満洲のハルピンに渡る。というのが映画の本筋に至るまでの前段である。
レシピ第1号「鮎の春巻」
直太朗が関東軍司令部の三宅少将(竹野内豊)から与えられたミッションは、来るべき“天皇の満洲行幸”に向け、中国の満漢全席を超える究極のフルコース「大日本帝国食菜全席」を開発すること。満漢全席とは、満洲族の王族が支配した清朝時代、満洲族の料理と漢民族の料理を融合させた究極の宴席料理である。1931年9月の満洲事変以来、日本は中華民国と戦争状態にあり、清朝最後の皇帝溥儀を担いで傀儡国家である満洲国を建国していた。「大日本帝国食菜全席」開発プロジェクトは、そうした状況の中での国威発揚が目的だと思われたが、その真の狙いは別にあることが後に明らかになる。
直太朗には、日本人の鎌田正太郎(西畑大吾)と中国人の楊晴明(兼松若人)という2人の若い料理人が助手につき、専用の厨房が用意され、予算は使い放題と、破格の条件が与えられた。直太朗、鎌田、楊に妻の千鶴も入れた4人は、メニューを春・夏・秋・冬の4つのグループに分け、満漢全席の108品目を超える112品目(原作では204品目)のレシピの完成を目指す。
そのレシピ第1号となったのが「鮎の春巻」。和食の食材である鮎を中国の春巻で包んだ料理は、民族の融和を象徴するもののように映るが、楊にはそれが、もともとは中国の土地で日本人が上から目線で言っている理想に過ぎないと思えるのだった。この鮎の春巻は、現代のシーンにも登場し、重要な伏線として機能している。
ラストレシピにつながる「ビーフカツレツ」
さて、自らが完璧な味覚と調理の腕前を持つ直太朗は、理想を追求するあまり周囲の人々を信用できなくなっていく。この姿は、完璧を求めるあまり店をつぶしてしまった現代の充に重なるものがある。そんな直太朗を千鶴が戒める。
「自分以外の誰も信用できないような人間に世界中の人が喜ぶ料理なんてできるはずない。
あなたは自分が作った料理が美味しい?
まわりの人を信じて、世界中の人を笑顔にして」
それから間もなくして千鶴は娘の幸を出産するが、新しい命と引き換えに命を落としてしまう。直太朗は妻の死に際しても厨房に立ち続けて周囲をあきれさせるが、彼が作っていたのは妻と最初に出会ったときに作って「おいしい」と言ってもらえた思い出の料理、ミラノ風コートレットスタイルのビーフカツレツだった。いつでも作ってあげられたのに、あれ以来一度も作ってあげられなかった後悔を込め、初めて自分の料理を「おいしい」と言うことができた直太朗は、その後は仲間を信じて仕事を任すことができるようになり、さらにレシピ作りに邁進していく。
すべてが偽りとも知らずに……。
このビーフカツレツは、直太朗と充をつなぐある人物によってビーフカツサンドに姿を変え、大日本帝国食菜全席の112品目の後に書き加えられるラストレシピとなる。このエピソードからは親から子への継承という「おくりびと」と同様の滝田監督のメッセージが読み取れる。
おわりに
ここまで紹介した料理は本作のほんの一部に過ぎず、ハルビンでユダヤ系ロシア人が経営するスラバホテルで現在も出されている「ロールキャベツの雑煮風」や、「黄金炒飯」をはじめとする大日本帝国食菜全席の112品目と主な料理のレシピについては、映画のパンフレットに詳細が載っているのでご覧いただきたい。
本編のクライマックスやエンドロールに登場する、まるで生け花のような見栄えの大日本帝国食菜全席の料理の数々は、フードコーディネーターの結城摂子と服部栄養専門学校の「チーム服部」によるものである。
【ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜】
- 公式サイト
- http://www.last-recipe.jp/
- 作品基本データ
- 製作国:日本
- 製作年:2017年
- 公開年月日:2017年11月3日
- 上映時間:126分
- 製作会社:「ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜」製作委員会(制作プロダクション:パイプライン/製作幹事:テレビ朝日)
- 配給:東宝
- カラー/モノクロ:カラー
- スタッフ
- 監督:滝田洋二郎
- 脚本:林民夫
- 原作:田中経一
- 製作総指揮:早河洋
- エグゼクティブプロデューサー:西新
- コーエグゼクティブプロデューサー:佐々木基、阿比留一彦、上田太地
- 企画:秋元康
- 製作:亀山慶二、藤島ジュリーK.、吉崎圭一、市川南、見城徹、秋元伸介、木下直哉、沖中進、浅井賢二、二木清彦、樋泉実、荒波修
- チーフプロデューサー:林雄一郎
- プロデューサー:八木征志、高野渉、若林雄介
- 撮影監督:浜田毅
- 撮影:大嶋良教
- 美術:部谷京子
- 装飾差配:小池直実
- 装飾:うてなまさたか、石田満美
- 音楽:菅野祐悟
- 音楽プロデューサー:野口智
- 録音:小野寺修
- 音響効果:小島彩
- 照明:長田達也
- 編集:李英美
- 衣裳:西留由起子
- ヘアメイク:内田結子、市川温子
- ポストプロダクションプロデューサー:篠田学
- キャスティング:川村恵
- ラインプロデューサー:山下秀治、田口雄介
- 製作担当:道上巧矢
- 助監督:足立公良
- スクリプター:大西暁子
- VFXスーパーバイザー:大萩真司
- 特殊メイク造形統括:江川悦子
- 料理監修:服部幸應
- フードコーディネーター:結城摂子
- キャスト
- 佐々木充:二宮和也
- 山形直太朗:西島秀俊
- 柳沢健:綾野剛
- 山形千鶴:宮﨑あおい
- 鎌田正太郎(青年期):西畑大吾
- 楊晴明(青年期):兼松若人
- 鈴木料理長:竹嶋康成
- 佐々木幸:広澤草
- ダビッド・グーデンバーグ:グレッグ・デール
- ヨーゼフ・グーデンバーグ:ボブ・ワーリー
- 鈴木太一:大地康雄
- 三宅太蔵:竹野内豊
- 鎌田正太郎:伊川東吾
- 楊晴明:笈田ヨシ
(参考文献:KINENOTE)