酒場詩人吉田類と居酒屋三景

[159]映画に描かれた居酒屋(2)

映画に描かれた居酒屋の印象的な飲食シーンに着目するシリーズの2回目は、先頃公開された「吉田類の『今宵、ほろ酔い酒場で』」に登場する3軒の居酒屋を取り上げる。

 本作は、BS-TBSの情報番組「吉田類の酒場放浪紀」に出演中の「酒場詩人」こと作家・画家の吉田類が案内役を務めるオムニバス形式の短編集である。

「居酒屋チャンス」のホッピー

“シロ”ことホッピー(左)と黒ホッピー(中)
“シロ”ことホッピー(左)と黒ホッピー(中)

 1軒目は、経営していた土建屋が倒産した日雇い人夫、賞を取り損ねた歌謡曲の作曲家、オーディションに落ちてばかりの女優等、人生のチャンスから見放された人々ばかり集まるホッピー居酒屋「チャンス」。そこに、人気アイドルのエリリン(松本妃代)が、恋愛禁止のルールを破って恋人と駆け落ちしようと変装して逃げ込んで来たことから、写真週刊誌を出入り禁止になった記者とカメラマンをはじめとする常連客たちに、スクープというビッグチャンスが舞い降りてくるという物語。チャンスは下手にゲットするよりも待っている方がハッピーという教訓話でもある。

 この物語のもう一人の主役ともいえるホッピーは、1948年にコクカ飲料株式会社(現・ホッピービバレッジ株式会社)が発売した飲み物で、麦芽とホップを原料としているのはビールと同じだが、アルコール度数は0.8%と少なく清涼飲料水に分類される。ビアテイストの発泡酒が現在ほど普及していなかった昭和の時代に焼酎の割り材として使われ、高価なビールの代用品として庶民に愛された。昨今では低カロリー、低糖質、プリン体ゼロの健康志向の飲み物としても注目されている。

「ホッピー通り」が存在する浅草をはじめとする東京下町界隈の居酒屋や立ち飲み屋では、酎ハイのように氷を入れて供されることが多いが、本作に協賛しているホッピービバレッジが推奨するおいしい飲み方は「三冷」といって、ナカ(25度の甲類焼酎)、シロ(ホッピー)、ジョッキのそれぞれをよく冷やし、ナカ1:シロ5の割合で凍ったジョッキにホッピーを勢いよく投入して泡を形成し、かき混ぜずに飲むというもの。氷を入れると風味が損なわれてしまうとのことである。

 劇中では日雇いのホッピー師匠(菅原大吉)が、「ホッピートルネード」のかけ声と共に三冷を実演してみせている。

 余談になるが、筆者が撮影現場の小道具係をしていた20年以上前、現在のように多彩なビールテイスト飲料がなかった時代のこと。ビールを飲むシーンでキエモノ(撮影小道具としての飲食物)としてビールの代わりに出していたのがこのホッピーや当時宝酒造が販売していたバービカンであった。三冷用のようにキリッと冷やしたものではない。ぬるいホッピーをうまそうに飲む俳優の皆様に、申し訳ないという気持ちと共に敬意の念を抱いたのを覚えている。

「どつぼ酒場」のぬるいビールと冷凍マグロ

 2軒目は、毎日平凡な日々を送っているサラリーマンの日暮義男(伊藤淳史)が、1年ぶりに訪れた居酒屋が閉店していたために代わりに入った初めての店「どつぼ酒場」。名前の通り、どつぼな雰囲気が充満した居心地の悪い店である。

 どつぼ酒場の“どつぼ感”を演出するのに一役買っているのが、余命3カ月でやる気のない大将と、調子の悪いビアサーバーから出てくるぬるい生ビール。おすすめの肴はスーパーの安売品を買いだめしたマグロの刺身を冷凍庫で保管し、電子レンジでチンして出すというもの。大将曰く“熟成マグロ”とのことだが、明らかに言葉の使い方を間違えている。

 具合の悪い大将の代わりは“美魔女パート2”のオバサンが引き継ぎ、愛人囲いの社長に競馬狂の男、連れ合いに先立たれて自暴自棄の男、店で喧嘩を始めるやくざの兄弟分等、ひと癖もふた癖もある常連客たちによって次々と起きる悪夢のような出来事が、酔いに身を任せているうちにたまらなく刺激的な冒険に思えてくるという酒場のパラドックスを描いている。

「ふるさと酒場土佐っ子」の焼酎「龍馬」

 3軒目は、吉田類が演じる投資ファンドの社長・森本勝也が、集めた資金を騙し取られた上に、巨額詐欺容疑で警察に追われる身となり自殺を決意。冥土の土産にと立ち寄った「ふるさと酒場土佐っ子」である。

「ふるさと酒場土佐っ子」の大将は高知県東部、海沿いの安芸市出身で、森本は同県内陸、仁淀川上流の仁淀村(現・仁淀川町)出身という設定。仁淀村は吉田類本人の故郷でもある。そして土佐の地酒である芋焼酎の「龍馬」が、森本を少年時代の回想へといざなっていく。

 その回想も酒がらみだ。森本の実家には芋焼酎を作る蒸留器があり、酒税法違反のどぶろくを取り締まる税務署の視察から逃れるため裏山に蒸留器を隠したが見つかってしまう。そうした失敗はあったものの、おおらかで希望に満ちていた故郷での思い出の数々が、ささくれ立った森本の心を癒していくというお話である。

いやぁ、酒場って本当にいいもんですね

 この映画で案内役を務める吉田類の語り口は、かつて日本テレビ系列で放映していた映画番組「水曜ロードショー」の水野晴郎のそれとどこか重なる部分がある。思えば、人を楽しませる場という点においては、酒場も映画館も似たような存在なのかも知れない。

参考文献

ホッピービバレッジ「What’s ホッピー」
http://www.hoppy-happy.com/info/whats-hoppy/index.html

関連情報

「吉田類の酒場放浪紀」
http://www.bs-tbs.co.jp/sakaba/
居酒屋主人とはかない女たち/映画に描かれた居酒屋(1)
https://www.foodwatch.jp/strategy/screenfoods/59194

【吉田類の「今宵、ほろ酔い酒場で」】

公式サイト
http://horoyoi-sakaba.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2017年
公開年月日:2017年6月10日
上映時間:85分
製作会社:KADOKAWA、GYAO、ギークピクチュアズ
配給:KADOKAWA
カラー/サイズ:カラー/ワイド(16:9)
スタッフ
監督:長尾直樹
脚本:阿部理沙、長尾直樹
企画:栗橋三木也
企画協力:長尾直樹、佐藤満
製作:堀内大示、荒波修、小佐野保
プロデューサー:小林剛、佐藤満、山邊博文
撮影:松島孝助
美術:福澤裕二
音楽プロデューサー:武田秀二
主題歌:吉田類「時代おくれ」(ポリスター)
録音:橋本泰夫
整音:野村みき
音響効果:橋本泰夫
編集:大月麻衣
衣裳:下田眞知子
ヘアメイク:梅原さとこ、高村明日見
キャスティング:吉川威史、細川久美子
制作担当:内山亮
監督助手:齋藤栄美
キャスト
エリリン(今宵ノ一軒目[居酒屋チャンス]):松本妃代
ホッピー師匠(今宵ノ一軒目[居酒屋チャンス]):菅原大吉
日暮義男(今宵ノ二軒目[どつぼ酒場]):伊藤淳史
岩永翼(今宵ノ二軒目[どつぼ酒場]):津田寛治
酒場詩人/森本勝也(今宵ノ三軒目[ふるさと酒場土佐っ子]):吉田類

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。