今回は、現在公開中の映画「関ヶ原」を通して、戦国時代の“ミリメシ”である陣中食について述べていく。
サムライのいちばん長い日
本作は司馬遼太郎の時代小説を原作に、原田眞人がメガホンを取った作品である。原田は監督デビュー作「さらば映画の友よ・インディアンサマー」(1979)以来、「KAMIKAZE TAXI」(1995)、「金融腐食列島 呪縛」(1999)、「突入せよ!あさま山荘事件」(2002)、「クライマーズ・ハイ」(2008)、「わが母の記」(2012)、「駆込み女と駆出し男」(2015)等の多彩なジャンルの作品を手掛けてきたベテラン監督。
西軍の大将石田三成を演じるのは、ジャニーズ事務所のアイドルグループ「V6」のメンバーにして、2015年の第38回日本アカデミー賞で「永遠の0」が最優秀主演男優賞、「蜩の記」が最優秀助演男優賞をW受賞する等、映画俳優としても評価が高い岡田准一。大河ドラマ「軍師官兵衛」(2014)で黒田官兵衛を演じたことも記憶に新しい。そして、東軍の大将徳川家康を演じるのが、今や日本を代表する映画俳優で、過去に大河ドラマ「徳川家康」(1983)で織田信長、2013年の三谷幸喜監督作品「清須会議」では柴田勝家を演じた役所広司である。
1600年9月15日の関ヶ原の戦いは、言うまでもなく戦国から太平の世へと向かう日本史の転換点となった天下分け目の大いくさである。だが、この合戦自体が正面から描かれる劇場用映画は、意外にも日本映画史上初である。スケールの大きさと登場人物の多さからか、過去の巨匠たちが誰も手を付けなかった難題に構想25年をかけて挑んだ原田監督は、2003年製作のトム・クルーズ主演作品「ラストサムライ」への出演経験と、前作「日本のいちばん長い日」(2015)で会得した短いカットの積み重ねを活かし、前作の1600を超える総カット数2160を刻んで2時間半の上映時間を感じさせないスピーディーな展開の時代劇に仕立てている。
佐吉(三成)の三献茶
最初に描かれるのは、秀吉と三成(幼名・佐吉)の有名な出会いの場面である。秀吉(滝藤賢一)が近江長浜の城主だった頃、鷹狩りの途中で喉が渇き、訪れた寺で茶を所望したところ、その寺で小姓をしていた佐吉は、まず大きめの茶碗に七、八分の量のぬるくたてた茶を差し出した。すぐに飲み干した秀吉がもう一杯所望すると、今度はやや湯を熱くし、量を半分くらいに。さらに三杯目は小さな茶碗に湯の量はわずかで舌が焼けるほど熱くした……。
客人の喉を次第に慣らしていく気配りに感心した秀吉が佐吉を引き取ったと巷間では言い伝えられているが、本作では後に秀吉がこのときのことについて「本当はこの小賢しい小僧を手討ちにするか召し抱えるか悩んだ。お前は運がよかったのだ」と、三成に語る場面がある。かつて信長に取り入るために草履を懐で温めた秀吉だからこそ出た、同族嫌悪的な感情であろう。
島左近の芋茎縄
しかし、本作で描かれる三成は、人たらしと呼ばれた秀吉とは対照的に、たとえば家康に対してのように嫌いと思う人間にはお愛想一つ言えない、融通の利かない人物として描かれている。その自覚がある三成が自分に足りないところを補う人材としてヘッドハンティングしたのが、さまざまな君主に仕え、侍大将として誉の高かった島左近(平岳大)であった。三成は左近を仕官させるために自分の禄高の半分を提示するなどして、秀吉嫌いの左近を口説き落とすことに成功する。
1598年8月、秀吉が伏見城で死の床に就くと、これまで秀吉の腹心として政権の中心を担ってきた三成の立場にも変化が訪れる。朝鮮出兵の査定等で三成に不満を抱いていた加藤清正、福島正則、黒田長政等の秀吉子飼いの武将“七人党”(七将)との対立が激化し、一触即発に。その七人党の後ろでは家康が糸を引いていた。
そんな不穏な状況の中、いつ何が起きてもよいようにという備えなのだろうか。左近が「芋茎縄」という野戦食を用意する場面がある。芋茎(ずいき=里芋の茎)を藁縄のように編んで味噌で煮たもので、腰に巻いて移動できるので荷物にならず、縄代わりにも使え、味噌汁の具にもなる“食べられるロープ”。究極のミリメシである。
家康のおにぎり
今日私たちが当たり前に食しているおにぎりも、陣中食として重宝されていた。劇中、江戸から関ヶ原に向かう家康が、一時着陣した美濃で家臣たちと軍議しながら食べていたのは、一口サイズの味噌おにぎりに見える。
恐らく家康が好んだと言われる麦飯と故郷三河の八丁味噌が使われているのだろう。家康は生涯を通して無駄を嫌った、一言でいえばケチであり、食生活も質素だったと言われている。「人生五十年」と言われていた当時、関ヶ原の戦いのときすでに57歳、天下人となってさらに73歳まで長生きできたのは、粗食の賜物でもあったのだろう。
また、この美濃での食事中に近くの大垣城から鉄砲の音が聞こえると、大垣城の見える場所まで膳を移動させておにぎりを食べながら見物する風情は、どこか戦を楽しんでいる余裕がうかがえる。この調子は関ヶ原の本陣・桃配山(672年の壬申の乱の折、大海人皇子がここで兵士たちに桃を配ったという故事にちなみ、ゲン担ぎでこの地を本陣に選んだと言われる)に移動してからも同じで、西軍側の武将たちがなかなか動こうとしないのを説得するために戦場を駆けずり回る三成の余裕のなさとは対照的である。歴戦の狸じじいの本領発揮と言うべきか、勝敗は戦う前から見えていたのかもしれない。
大谷刑部の割粥
最後に、三成と共に西軍で奮戦し、親友でもあった大谷刑部(大場泰正)について。刑部は当時差別や中傷の元となっていた病(ハンセン病と言われているが異説あり)を患っていて、秀吉存命中の大阪城での茶会では、他の武将たちは刑部が飲んだ茶碗に口を付けようとしなかったのに対し、三成だけはいつもと変わりなく茶を飲み干したことが友情の礎になったと伝えられている。
関ヶ原での決戦前夜、三成は刑部のもとを訪れる。多忙のためろくに食べていなかった三成に刑部がふるまったのが「割粥」であった。臼で挽いて細かくした米を粥にしたもので、秀吉の好物だったものである。食べながら話は自然と秀吉の思い出に。
鷹狩の折、急に秀吉が割粥が食べたいと言い出したが出先に臼などある訳がなく、家臣総出で脇差を使い米を割って粥を作ったこと。こうした苦労を共にした記憶が二人の信頼関係を強固なものにしていた。小早川秀秋の裏切りを予期していた刑部は、三成の陣と秀秋の陣の間に陣取り盾になると言う。そしてこの晩餐が二人の永遠の別れとなるのである。
【関ヶ原】
- 公式サイト
- http://wwwsp.sekigahara-movie.com/
- 作品基本データ
- 製作国:日本
- 製作年:2017年
- 公開年月日:2017年8月26日
- 上映時間:149分
- 製作会社:「関ヶ原」製作委員会(製作プロダクション:東宝映画=ジャンゴフィルム)
- 配給:東宝=アスミック・エース
- カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
- スタッフ
- 監督・脚本:原田真人
- 原作:司馬遼太郎(「関ヶ原」新潮文庫刊)
- エグゼクティブプロデューサー:上田太地、豊島雅郎
- 企画:鍋島壽夫
- プロダクション統括:佐藤毅、中澤サカキ
- 製作:市川南、佐野真之
- 共同製作:中村邦晴、吉崎圭一、弓矢政法、木下直哉、藤島ジュリーK.、宮崎伸夫、広田勝己、東実森夫、大村英治、松田誠司、林誠、杉田成道、荒波修、吉川英作、井戸義郎、鯉沼久史
- プロデューサー:山本章
- 撮影:柴主高秀
- 美術:原田哲男
- 装飾:籠尾和人
- 音楽:富貴晴美
- 録音:矢野正人
- 音響効果:柴崎憲治
- 照明:宮西孝明
- 編集:原田遊人
- 衣裳:宮本まさ江
- ヘアメイク:竹下フミ
- キャスティング:石垣光代
- 製作担当:鎌田賢一
- 助監督:谷口正行
- スクリプター:川野恵美
- VFXスーパーバイザー:オダイッセイ
- アクションコーディネーター:中村健人
- 殺陣:森聖二
- 馬術指導:田中光法
- 馬担当:芳川透
- Bカメラ撮影:堂前徹之
- キャスト
- 石田三成:岡田准一
- 初芽:有村架純
- 島左近:平岳大
- 小早川秀秋:東出昌大
- 徳川家康:役所広司
- 井伊直政:北村有起哉
- 蛇白:伊藤歩
- 赤耳:中嶋しゅう
- 福島正則:音尾琢真
- 加藤清正:松角洋平
- 黒田長政:和田正人
- 北政所:キムラ緑子
- 豊臣秀吉:滝藤賢一
- 大谷刑部:大場泰正
- 花野:中越典子
- 尼僧妙善:壇蜜
- 前田利家:西岡徳馬
- 直江兼続:松山ケンイチ
- 島津惟新入道:麿赤兒
- 本多正信:久保酎吉
- 安国寺恵瓊:春海四方
- 八十島助左衛門:堀部圭亮
- 島津豊久:三浦誠己
- 長寿院盛淳:たかお鷹
- 毛谷主水:橋本じゅん
- 島信勝:山村憲之介
- 銀亀:宮本裕子
- 柳生宗矩:永岡佑
- 柳生宗厳:辻萬長
(参考文献:KINENOTE)