「タイタニック」の食事三様

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前回はドイツ軍の潜水艦、Uボートの食事を取り上げたが、今回は20世紀初頭の豪華客船、タイタニックの食事について。

 タイタニックはイギリスの海運企業、ホワイト・スター・ライン社が建造したオリンピック級客船の二番船で、当時世界最大の豪華客船であった。しかし、乗員乗客合わせて2,200人以上を乗せ、イギリスのサウサンプトンからアメリカのニューヨークに向けて処女航海中の1914年4月14日の深夜、北大西洋で氷山に接触し、翌日4月15日の未明に沈没した。

 犠牲者数が1,500人以上に上った当時世界最悪の海難事故は世界に大きな衝撃を与え、現在に至るまで本件をモデルにした数多くの小説や映画等の作品が製作されている。その中でも最も有名なのは、1997年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」であろう。

キャメロン版「タイタニック」について

「タイタニック」は上記の悲劇をモデルに、上流階級の娘ローズ(ケイト・ウィンスレット)と貧しい青年画家ジャック(レオナルド・ディカプリオ)のラブストーリーの要素を交えて描いたスペクタクル大作で、全世界で21億8700万ドルという、公開当時は映画史上最高の世界興行収入を記録した。この記録は2009年に同じキャメロン監督の3D大作「アバター」の27億8800万ドルに抜かれ、現在では歴代2位となっている。

 また、1998年の第70回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、撮影賞、主題歌賞、音楽賞、衣裳デザイン賞、視覚効果賞、音響効果賞、音響賞、編集賞の11部門で受賞するなど、作品内容的にも高い評価を得ている。この受賞数は1959年の「ベン・ハー」、2004年の「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」と並ぶ最多タイ記録である。

 撮影に当たっては実物大のタイタニック号のセットが作られた。またキャメロン監督はエキストラ一人ひとりに名前と生い立ちを与え、立ち振る舞いの指導を徹底したという。こうしたアプローチは黒澤明の「七人の侍」にも通じる。これらのリアルへの追及とCGやミニチュア撮影による特殊効果が相まって、タイタニックの沈没に至るまでのドラマに厚みと迫力を与えている。

一等から三等まで充実したメニュー

「タイタニックの最後の晩餐」(リック・アーチボルド、ダナ・マッコリー著、国書刊行会)

 タイタニック号は運賃によって一等、二等、三等に船室が分かれ、最上部が一等、最下層が三等と、格差を象徴するような構造になっている。ローズは一等、ジャックは三等の乗客である。

 今回は細かいストーリーは割愛し、船室の等級別の料理を紹介しながら関連のシーンを見ていこう。料理については映像では少ししか映らないので判別できず、タイタニックのメニューとレシピを調査し再現した「タイタニックの最後の晩餐」(リック・アーチボルド、ダナ・マッコリー著、国書刊行会)を参考にした。

 タイタニックは、当時の海上における最新鋭の厨房設備を備え、調理室では80人のスタッフが24時間態勢で1日に6,000食以上を用意していたという。

 確かにいちばん豪華なのは一等のフルコースの料理だが、二等の料理も中流階級の乗客がいつも食べているものに比べれば贅沢なものだったらしい。また乗客のほとんどをヨーロッパからの移民が占めている三等の食堂は質素だが、専用の調理室でボリュームと栄養のある食事が準備されていたという。

一等のディナー

タイタニックの一等食堂で使われていた皿
タイタニックの一等食堂で使われていた皿

第1品 オードブル……カナッペ提督風、牡蠣のロシア風

第2品 スープ……コンソメ・オルガ風、大麦のクリームスープ

第3品 魚料理……鮭のムースリーヌソース(タイタニックを建造したホワイト・スター・ライン社の社長ブルース・イスメイ〈ジョナサン・ハイド〉が船の自慢をしながら注文)

第4品 アントレ……鶏のリヨネーズ風、フィレミニョン リリ風、ナタウリのファルシ

第5品 後皿……仔羊のミントソース(ローズの婚約者のキャル〈ビリー・ゼーン〉がローズに目配せしながら注文し、“不沈の”モリー・ブラウン〈キャシー・ベイツ〉に「肉も切ってあげるの?」とからかわれた一品)

家鴨のロースト カルバドス・グレース アップルソース添え、サーロインのロースト 森林風ソース、ジャガイモのシャトー風、グリーンピースのタンバル ミント風味、ニンジンのクリーム煮

第6品 パンチかシャーベット……ローマ風のパンチ

第7品 ロースト……雛鳥のロースト クレソン添え

第8品 サラダ……アスパラガスのサラダ シャンパーニュ・サフラン風味ヴィネグレットソース

第9品 冷たい料理……冷たいロースト、骨付きの七面鳥、フォアグラとセロリ

第10品 甘味のデザート……ウォルドーフ プディング、桃のシャルトルーズゼリー、フレンチバニラアイスクリーム入りのチョコレートエクレア、フレンチバニラアイスクリーム

第11品 デザート……チーズと果物

ディナーの後のコーヒー

二等のディナー

第1品 スープ……タピオカ入りコンソメ

第2品 メインディッシュ……鱈のシャープソース、鶏とライスのカレー風味、ローストターキーのクランベリーソース添え、カブのピューレ

第3品 デザート……プラムプディングのスイートソース添え、ワインゼリー、ココナッツサンドイッチ、アメリカンアイスクリーム

三等の食事

ディナー……野菜スープ、ローストポークのセージ風味パールオニオン添え、キャビンビスケット

ティー……牛とジャガイモのラグー ピクルス添え、スグリの実のパン

シャンパンと黒ビール

「タイタニック」の見どころの一つに、家名に縛られて自分が何も変えられないことに絶望し、船から身を投げようとしたローズを救ったジャックが、お礼に招かれた一等の食堂のディナーのシーンがある。

 モリーにタキシードを借り、恰好だけは紳士になったものの、上流階級のマナーなど知らない彼は、テーブルセットもどれから使ったらよいかわからない始末。ローズの母ルース(デウィット・ブケイター)から根なし草の暮らしで満足かと辛辣な言葉を浴びせかけられるが、物おじせずに給仕から勧められたキャビアを嫌いだと断り、パンをかじりシャンパンで流し込みながら彼のありのままを正直に語る。

「朝、目を覚ますとまた未知の一日が始まる。橋の下で眠ることもあれば、世界一の豪華客船でシャンパンを飲めることもある。人生は贈り物。どんなカードが配られても、それが人生」

 ディナーが終わり、ジャックはローズにメモを渡して三等の食堂へと連れ出す。そこはアイルランド移民のダンスパーティーの場と化していて、故郷の名物の黒ビールのジョッキを片手にしている者もいる。2人も踊りの輪に加わり、黒ビールを飲み、共に楽しい時を過ごして距離を縮めていき、誰もが知っているあの舳の名場面につながる。

 そして後に起きる悲劇すら贈り物だととらえるジャックの前向きな自由な生き方にローズも影響を受けていくことになるのである。


【タイタニック】

「タイタニック」(1997)
作品基本データ
原題:Titanic
製作国:アメリカ
製作年:1997年
公開年月日:1997年12月20日
上映時間:189分
製作会社:ライトストーム・エンターテインメント作品(20世紀フォックス映画=パラマウント映画提供)
配給:20世紀フォックス映画
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:ジェームズ・キャメロン
製作総指揮:レイ・サンキーニ
製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー
共同製作:アル・ギディングス、グラント・ヒル、シャロン・マン
撮影:ラッセル・カーペンター
美術:ピーター・ラモント
編集:コンラッド・バフ、ジェームズ・キャメロン、リチャード・A・ハリス
音楽:ジェームズ・ホーナー
音楽監修:ランディ・ガーソン
衣装デザイン:デボラ・スコット
SFXスーパーバイザー:ロブ・レガート
特殊効果コーディネーター:トーマス・エル・フィッシャー
スタント・コーディネーター:サイモン・クレーン
海洋部門コーディネーター:ランス・ジュリアン
キャスト
ジャック・ドーソン:レオナルド・ディカプリオ
ローズ・デウィット・ブケイター:ケイト・ウィンスレット
キャル・ホックリー:ビリー・ゼーン
モリー・ブラウン:キャシー・ベイツ
ルース・デウィット・ブケイター:フランシス・フィッシャー
ブロック・ラベット:ビル・パクストン
E・J・スミス船長:バーナード・ヒル
ブルース・イスメイ:ジョナサン・ハイド
トーマス・アンドリュース:ヴィクター・ガーバー
スパイサー・ラブジョイ:デイヴィッド・ワーナー
ファブリッツィオ・デ・ロッシ:ダニー・ヌッチ
ローズ・カルバート:グロリア・スチュワート
リジー:スージー・エイミス

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。