「続・深夜食堂」の“飯テロ”

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現在公開中の「続・深夜食堂」は、安倍夜郎の漫画を原作に、2009年からテレビドラマとして放映されているシリーズの劇場版2作目で、前作「映画 深夜食堂」(本連載第94回参照)に続いて新宿の架空の繁華街“よもぎ町”にある深夜営業の大衆食堂「めしや」のマスター(小林薫)が作る料理にまつわる3つのエピソードで構成されている。今回のお題は“焼肉定食”“焼うどん”および「めしや」唯一の基本メニューである“豚汁定食”である。

究極の“夜食テロ”ドラマ

 昨日12月1日、今年も新語・流行語大賞というのが発表されたが、2016年の私的な1位は“飯テロ”であった。これはここ数年インターネットスラングとして使われてきた言葉が普及したもので、海外で“フードポルノ”(food porn)と呼ばれているものに当たる。おいしそうな料理や食べ物の画像や映像をインターネットや公共の電波、紙媒体等で発信する行為のことで、空腹だが今食べられる状況にない人がそれを見ることで“被害者”となる。夕食を済ませ朝食まで時間がある深夜の時間帯が最も“被害”が多く、“夜食テロ”という言葉もあるくらいである(裏を返せば“被害者”となる人たちは不摂生な間食をしないセルフコントロールができていると言える)。

 テレビによる“飯テロ”として、グルメ漫画を原作とした深夜枠の“夜食テロ”ドラマが“問題視”されており、「孤独のグルメ」と並ぶ代表格として“認定”されているのが本作の基となったドラマ版「深夜食堂」である。劇場版もドラマと同じ“飯テロリスト”ことフードスタイリストの飯島奈美(本連載第22回第38回第49回第128回等を参照)による料理の数々が、腹ペコたちの食欲を刺激して止まないことだろう。

 四季の中で、葬式や法事帰りの黒い喪服の客がめしやを訪れるところから始まる3つのストーリーを簡単に紹介していこう。

第1話「焼肉定食」

範子は編集の仕事のストレスを黒い喪服と焼肉定食で発散する。
範子は編集の仕事のストレスを黒い喪服と焼肉定食で発散する。

 偶然というのは恐ろしいもので、めしやに集う常連客のそれぞれの身内に不幸があり、一同喪服でめしやに勢揃いするところから第1話は始まる。そんな中、葬式でもないのに喪服を着て焼肉定食を食べている女性が一人。出版社に務めるOLの範子(河井青葉)である。

 彼女は編集の仕事で溜まったストレスを発散するためにこのような奇行を繰り返していて、常連たちはいつかバチが当たると囁き合っていた。その予想は的中、担当している作家が彼女の目の前で急死し、今度は本当に喪服を着る羽目になる。しかし、その葬儀の席上、故人の元担当を名乗る石田(佐藤浩市)との出会いが彼女を変え、やっと喪服から卒業できたのも束の間、石田の隠れた素顔が明らかになる……。

 映画に登場する料理それぞれのレシピについてはパンフレット等をご参照いただきたいが、この焼肉定食は専門店のような本格的なものではない。しかし「勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよ」というマスターの営業方針通り、豚こま、玉ねぎ、もやし、キャベツ、トマト、パセリといったあり合わせの材料を使って、家庭料理を思わせる一品に仕上がっている。それを作るところから香ばしい匂いが漂ってきそうな映像で見せるのが“飯テロ”たる所以であり、テレビシリーズと前作に続いて登板の松岡錠司監督も、そこは相当こだわったとパンフレット掲載のインタビュー等で述べている。

第2話「焼うどん」

めしやの近くにあるそば屋の一人息子・清太の好物の鉄板焼うどん。
めしやの近くにあるそば屋の一人息子・清太の好物の鉄板焼うどん。

 今日はめしやの近くにあるそば屋「そば清」の亭主の十七回忌。法事の帰り、酒を飲みにめしやを訪れた未亡人の聖子(キムラ緑子)は、夫に先立たれて以来一人息子の清太(池松壮亮)を女手ひとつで育てながら店を切り盛りしてきた。今では清太も成長し出前の配達を手伝うようになったが、出前先で知り合った15歳年上の事務員さおり(小島聖)との仲を、子離れできない母親にいい出せずにいた。一方、聖子はめしやで常連のサヤ(平田薫)が友人として連れて来たさおりと知り合い意気投合。飲み友達として親交を深めていくが、ある日、そんなこととは知らない清太がめしやを訪れて……。

 そば屋なのにうどんの方が好きという清太がめしやでいつも頼む焼うどんは、前作の第1話「ナポリタン」で使われたステーキの鉄板を再利用したもので、熱々のうどんにトッピングされた鰹節の香りが漂ってきそうなところが“飯テロ”である。

 また、話のラスト近くでマスターが聖子にそばの味見を頼むシーンがあるのだが、まずいといいつつ彼女がそばをすすり続ける理由も、ぜひ映画をご覧になってご確認いただきたい。

第3話「豚汁定食」

めしや唯一の基本メニューである豚汁定食が夕起子の心を癒す。
めしや唯一の基本メニューである豚汁定食が夕起子の心を癒す。

 前作の第2話「とろろご飯」でめしやに住み込みで働いたみちる(多部未華子)と、彼女を板前見習として引き取った新橋の料亭「ほおずき」の女将・千恵子(余貴美子)が、千恵子の旦那の月命日を終え、めしやに向かうところから第3話は始まる。

 その夜、めしやには“来て来て詐欺”(息子を装って高齢者に電話をかけ、指定場所までお金を持ってくるように誘導する詐欺)に騙されて福岡から上京し、よもぎ町交番の小暮巡査(オダギリジョー)に保護された小川夕起子(渡辺美佐子)が現れる。朝から何も食べていないという彼女が頼んだのは、お品書きにあるドリンク以外の唯一のメニューの豚汁定食。遠慮しなくていいですよと小暮がいうが、彼女は「これが食べたかとです」と実に美味そうに食べるのだった。

 ある事情があって泊めてやれないマスターに代わり、みちるが夕起子をアパートに連れて行くが、彼女は東京の息子の住所はおろか電話番号もわからないという。果して息子は本当に存在するのか。夕起子は認知症なのではないかという疑いが持ち上がる中、福岡から迎えに来た義弟の哲郎(井川比佐志)が意外な事実を明らかにする……。

 第1話と2話が漫画を原作にしているのに対し、第3話は松岡監督ら脚本チームによるオリジナルである。「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」(2007)で東京にいるボク(オダギリ)と樹木希林演じるオカンの親子愛を描いた実績のある松岡監督だけに、今回も離れて暮らす息子を思いやる母の心情をうまく演出している。先の豚汁が息子との思い出に深く絡んでいることは言うまでもなく、心温まる“飯テロ”である。また、マスターがなぜ豚汁だけをメニューに載せているのかも明らかになる、作品の核心に触れるエピソードでもある。

世界に拡散する“飯テロ”

 この「深夜食堂」、アジア各国でも大人気で、原作の漫画をはじめレシピ本等の関連書籍は日本、中国、韓国、台湾、香港等で累計550万部を記録。前作の「映画 深夜食堂」は台湾では2015年公開の日本映画の中で1位、韓国では2000年以降の同規模公開の日本映画で歴代1位のヒットとなった。いわば“飯テロ”の輸出である。

 そして韓国では舞台をソウルに置き換えたドラマ「深夜食堂 fromソウル」を2015年に放映。日本にも“逆輸入”されてこの11月からBS-TBSで放映されている。メニューも“うめ、しゃけ、たらこ”のお茶漬けシスターズが“ビビン、ヨルム、チャンチ”の麺シスターズになっている等お国柄が表れていて、見た目もおいしい国際的“飯テロ”になっている。


【続・深夜食堂】

公式サイト
http://www.meshiya-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年11月5日
上映時間:108分
製作会社:「続・深夜食堂」製作委員会(アミューズ=小学館=木下グループ=東映=MBS=ギークピクチュアズ=RKB=ジェイアール東日本企画=GYAO)(制作プロダクション アミューズ映像製作部=ギークサイト)
配給:東映
スタッフ
監督:松岡錠司
原作:安倍夜郎:(「深夜食堂」(小学館刊「ビックコミックオリジナル」連載中))
脚本:真辺克彦、小嶋健作、松岡錠司
プロデューサー:遠藤日登思、小佐野保、高橋潤
プロデューサー補:盛夏子、石塚正悟
撮影:槇憲治
美術:原田満生
装飾:原島徳寿
音楽:鈴木常吉、福原希己江、スーマー
サウンドスーパーバイザー:浅梨なおこ
録音:阿部茂
照明:水野研一
編集:普嶋信一
衣裳:宮本まさ江
ヘアメイク:豊川京子
アシスタントプロデューサー:諸田創
助監督:野本史生
フードスタイリスト:飯島奈美
キャスト
マスター:小林薫
忠さん:不破万作
小寿々:綾田俊樹
竜:松重豊
野口:光石研
マリリン:安藤玉恵
ミキ:須藤理彩
ルミ:小林麻子
カナ:吉本菜穂子
サヤ:平田薫
八郎:中山祐一朗
ゲン:山中崇
小道:宇野祥平
小暮:オダギリジョー
みちる:多部未華子
千恵子:余貴美子
石田:佐藤浩市
赤塚範子:河井青葉
高木清太:池松壮亮
高木聖子:キムラ緑子
木村さおり:小島聖
小川夕起子:渡辺美佐子
小川哲郎:井川比佐志

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。