「TSUKIJI WONDERLAND 築地ワンダーランド」の旬の魚たち

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現在公開中の「TSUKIJI WONDERLAND 築地ワンダーランド」は、本来であれば11月に豊洲への移転を予定していた築地市場の現在の姿を映像に残すために製作されたドキュメンタリーである。盛土の問題に端を発する騒動によって移転は延期になってしまったが、本作はそんな問題とは関係なく、約1年4カ月の長期にわたる撮影によってこれまで映し出されることのなかった築地市場の舞台裏と、そこに働く人々の魂に迫った貴重な記録と言える。

“食のマネジメント役”仲卸に焦点

 江戸時代初期から関東大震災まで300年以上続いた日本橋魚河岸からその座を受け継ぎ、1935年に開場した築地市場。本作の撮影と同時期に発掘されたという開場前の築地を映した貴重なフィルムからは、戦争の足音が忍び寄る世相とは無関係に市場流通システムの変革への期待が人々の表情から見て取れる。

 開場後の築地市場は、第二次世界大戦、戦後の復興、高度成長といった激動の歴史と、鉄道輸送からトラック輸送へといった物流の変化に対応しながら80年にわたって日本の台所を支え続けてきた(表1)。現在では海外からも世界一のフィッシュマーケットとして認知され、多くの観光客を引きつけている。

表1 築地市場の歴史

出来事
1603徳川家康が江戸に幕府を開く(日本橋魚河岸の始まり)
1867明治維新
1918米価暴騰、米騒動
1923中央卸売市場法制定
関東大震災(日本橋魚河岸消失、築地海軍省の敷地内に移転)
1934仮営業開始
19352月11日、築地市場、開場
1941太平洋戦争開戦、統制経済、仲買人制度廃止、市場が配給機関に変化
1945終戦、GHQ占領期
1950全品目統制撤廃、仲買人制度復活、市場機能回復
1955高度成長に伴う取扱量の増大、進駐軍が接収していた全施設返還、施設の大規模な増築・整備
1980〜施設の老朽化、過密化に伴う再整備も限界が見え移転案が浮上
2016豊洲市場への移転が延期となる。移転時期未定

 市場に働く人14,000人、1日に外から訪れる人28,000人、1日に来場する車両約19,000台(表2)という巨大市場は、売り手(卸売業者)、仲卸業者、買い手(地方市場、小売店、飲食店等)の3者が日夜切磋琢磨し、しのぎを削る真剣勝負の場。そして本作でとくに焦点を当てているのが、売り手と買い手を結ぶ“食のマネジメント役”としての仲卸の役割である。

 彼らは築地で長年魚を扱ってきたという自負から、ただ単に利益優先ではなく、よい商品をきちんと納めることを第一に考える。売り手に対しては漁師が命を賭けて獲ってきた魚をできるだけ評価が出るように尽力し、買い手に対しては刺身にする、焼く、煮るといった用途、脂の乗り具合、色味、産地、サイズ等、細分化された商品のニーズと価格とのバランスを考え最良の品物を選び出す。

表2 築地市場基礎データ

正式名称東京都中央卸売市場築地市場
管轄東京都
敷地面積230,836m2(東京ドーム約5個分、畳14万枚分)
取扱水産物約480種類
水産物取扱量/1日1,676t(2014年実績)
入場人数/1日約42,000人(2002年調査)
入場車両数/1日約19,000台(2005年調査)※うちトラックは7,700台
扱金額/1日約16億円(2014年実績)

 そのために時には値段が逆転してしまうこともあるほどだ。これが“目利き”である。目利きとは必ずしも魚の善し悪しを判断するだけではない。最も大事なのは「魚を見る前に人を見る」ことだと言う。信頼できて長く付き合える相性のよいパートナーこそ、売り手、仲卸、買い手それぞれにとって築地で生きていくうえで必要不可欠な存在なのだろう。

 魚河岸の言葉に“仲間買い”というのがある。仲卸業者が品切れになった際に他の仲卸業者から品物を買って補充することだが、ライバルであるはずの業者間でこのような融通が行われることが、市場全体が大きな家族のような築地を象徴する言葉であるように思える。

一流は一流を呼ぶ

秋の旬/左上・帆立(ESqUISSE)、左下・秋刀魚の塩焼き(フードスタイリスト 新田亜素美)と鱈白子(ESqUISSE)。冬の旬/右上・ふぐの薄造り(浅草みよし)、右下・赤むつ柚子庵焼き(銀座小中)
秋の旬/左上・帆立(ESqUISSE)、左下・秋刀魚の塩焼き(フードスタイリスト 新田亜素美)と鱈白子(ESqUISSE)。冬の旬/右上・ふぐの薄造り(浅草みよし)、右下・赤むつ柚子庵焼き(銀座小中)

 この築地市場を訪れ、仲卸から直接買い付ける料理人たちが作る旬の食材を使った料理も本作の見どころの一つである。

二郎は鮨の夢を見る」(本連載第42回参照)の「すきやばし次郎」の小野次郎・禎一親子、「99分,世界美味めぐり」(本連載第119回参照)に登場した「鮨さいとう」の齋藤孝司といったミシュラン三つ星の鮨職人が握る鮃(ひらめ)や鮪(まぐろ)の大トロといった至高の一カンをはじめ、門前仲町の一つ星天ぷら店「みかわ是山居」の天ぷら職人・早乙女哲哉が揚げる春の白魚の天ぷら、三つ星和食店「神楽坂 石かわ」の料理長・石川秀樹が作る夏の茹で立て鱧(はも)梅肉添え、銀座のフレンチレストラン「ESqUISSE」(エスキス)の二つ星シェフ、リオネル・ベカによる秋の帆立や鱈(たら)の白子を使った創作料理、三つ星和食店「銀座小十」の店主・奥田透が作る冬の赤むつ柚子庵焼き等々、築地の一流の仲卸がそのお客のためだけに目利きした一年でその季節にいちばんおいしい魚が、一流の料理人たちの手によって食の芸術とも言える料理に高められる様は、観ているだけで幸福な気持ちになる。

春の旬/左上・鳥貝の握り(第三春美鮨)、左下・白魚の天ぷら(みかわ是山居)。夏の旬/右上・茹で立て鱧梅肉添え(神楽坂 石かわ)、右下・鮎の炭火焼き(神宮前 樋口)
春の旬/左上・鳥貝の握り(第三春美鮨)、左下・白魚の天ぷら(みかわ是山居)。夏の旬/右上・茹で立て鱧梅肉添え(神楽坂 石かわ)、右下・鮎の炭火焼き(神宮前 樋口)

 また、本作には各国の食の専門家や評論家など930余名が選ぶ「世界のベストレストラン50」(The World’s 50 Best Restaurants)で2010、2011、2012、2014の計4回1位を獲得したデンマークの二つ星レストラン「ノーマ」のオーナー兼料理長で、「ノーマ 世界を変える料理」(本連載第126回参照)でその姿が描かれたレネ・レゼピが、コペンハーゲンの本店を一時休業し、日本橋のホテル マンダリンオリエンタル東京に期間限定で「ノーマ東京」を出店した際に、「すきやばし次郎」の小野禎一の案内で築地市場を訪れた映像も収められている。これも一流は一流を呼ぶという例だろうか。

「ノーマ東京」については、今年の12月にドキュメンタリー映画が公開予定なので、こちらも要チェックである。

大手も注目の“グルメ系ドキュメンタリー”

 本作のもう一つの驚きは、歴史と伝統を持つ大手映画会社の松竹がフードドキュメンタリーというニッチなジャンルに参入してきたことである。もっとも本作の場合は、築地市場の目の前に松竹の本社があるという“ご近所付き合い”が、これまで撮影許可が下りなかったエリアでの長期撮影という交渉に役立ったという側面はある。しかし先の「二郎は鮨の夢を見る」や「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」(本連載第42回参照)といったグルメ系ドキュメンタリーの興行的成功が大手映画会社の背中を押したという推理に間違いはないだろう。

※参考文献:「TSUKIJI WONDERLAND 築地ワンダーランド」パンフレット


【TSUKIJI WONDERLAND 築地ワンダーランド】

公式サイト
http://tsukiji-wonderland.jp/
作品基本データ
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:日本
製作年:2016
公開年月日:2016/10/1
上映時間:110分
製作会社:松竹メディア事業部(制作プロダクション:Pipeline)
配給:松竹メディア事業部
スタッフ
監督・脚本・編集:遠藤尚太郎
企画・プロデューサー:手島麻依子、奥田一葉
音楽:Takahiro Kido

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。