「にがくてあまい」の野菜料理

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現在公開中の「にがくてあまい」は小林ユミヲの同名漫画の実写映画化である。原作は2009年よりWebコミック誌「EDEN」(マッグガーデン)で無料配信され、コミックスは全12巻を数え、“食と愛”をテーマにしたベジタリアンフードコミックとして韓国、台湾、香港等でも翻訳され人気を集めているという。

野菜嫌いの女と女嫌いの男とミレットスープ

冬野菜の雑穀(ミレット)スープ。2人の出会いとなった料理である。
冬野菜の雑穀(ミレット)スープ。2人の出会いとなった料理である。

 本作の主人公、江田マキ(川口春奈)は広告代理店に勤めるOL。外見上は容姿端麗で仕事もできるキャリアウーマンだが、実際はズボラな性格で男にモテず、食生活は野菜嫌いでゼリー飲料とサプリが主食という偏食家である。

 彼女が野菜嫌いになったのは、家族を顧みずに脱サラして有機農家になった父・豊(中野英雄)への反発が影響していた。そんな彼女が行きつけのバーで酔いつぶれていたところに入ってきたイケメンの男は手にいっぱいの野菜を抱えていて、彼女は思わず「野菜のバカあ!!」と叫ぶと気を失ってしまう。

 翌朝目覚めるとそこは散らかり放題の彼女の部屋で、昨夜のイケメン・片山渚(林遣都)が台所に立っていた。彼が彼女を送り届けてくれたとは知らないマキはナンパされたと勘違いして怒るが、ひとまずこれを食って落ち着けと彼が出したのが冬野菜の雑穀(ミレット)スープ。そのレシピは以下のようなものである。

【材料】

〈2人分〉

  • 玉ねぎ……1/2個
  • にんじん……1/2本
  • セロリ、ブロッコリー……各適量
  • 押し麦……大さじ3
  • だし汁……3カップ
  • オリーブ油……適量
  • くず粉、水……各小さじ2
  • 塩……少々
  • ※押し麦はさっと洗って15分浸水させ、ざるに上げておく。

【作り方】

  1. 玉ねぎ、にんじん、セロリはみじん切りにし、ブロッコリーの芯は皮をむいて小角に切り、つぼみは小さめのひと口大に切る。
  2. フライパンを熱してオリーブ油をひき、玉ねぎ、にんじんを甘みが出るまでよく炒め、水気を切った押し麦を加えて炒め合わせる。
  3. 鍋にだし汁、2、 ブロッコリーの芯、セロリを入れ、弱火でじっくり煮込む。
  4. ブロッコリーのつぼみを加えてしばらく煮て火を通す。
  5. 5よく混ぜたくず粉と水を加えて煮立ててとろみをつける。
  6. 塩で味を整えてできあがり。

 野菜嫌いだったマキだったが、いい匂いに誘われて恐るおそる口を付けると、スープと野菜が一緒に口の中でとろける食感に目を見張る。そんな彼女に渚がアドバイスする。

「一物全体。食べ物を丸ごと食べるのが一番いいように、人間もありのままでいるべきなんじゃないか。あんたを見てるといいところばかり抽出したサプリみたいだよ」

 痛いところをつかれた彼女だったが、彼が名門高校の美術教師と知ると、一夜を共にしたことを学校にばらすと脅し、彼の家での同居を勝ち取ることに成功する。折しも彼女は部屋の立ち退きを迫られ新しい住まいを探していたところだったのだ。

 ここまでの流れは登場人物の性格の違いはあるものの先日紹介した「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」(本連載第129回参照)に似通っている。独身男女の共同生活というシチュエーションは恋愛映画の王道とも言えるが、大きな相違点が一つ。渚の恋愛対象は女ではなく男なのである。

にがくない“ゴーヤーの冷製茶碗蒸し”

ゴーヤーの冷製茶碗蒸し。ゴーヤーの苦味を甘味に変えた映画のタイトルを象徴するような一品。
ゴーヤーの冷製茶碗蒸し。ゴーヤーの苦味を甘味に変えた映画のタイトルを象徴するような一品。

 筋金入りのベジタリアンである渚はマキとの同居にあたって一つ条件を付ける。それは彼が作る野菜料理を残さず食べること。朝は自分も出勤前で忙しいのに素材の野菜やレシピに凝った弁当を作って持たせるのは決して恋愛感情からではなく、彼女が自分が作ったものを実にうまそうに食べてくれるのがうれしいからだった。マキの方は彼のことがまんざらでもないのだが、ゲイの渚の彼女に対するスタンスは終始変わることはなく、異色の片想いラブコメディになっている。いわば料理が2人を結び付けるかすがいの役目を果たしている。

 そんな中、マキは上司から任されたゴーヤーのCMのキャスティングに苦労していた。意中の人気モデル青井ミナミ(桜田ひより)が野菜なんかダサいと言って出演を渋り、マキが“人生を賭けた”企画がボツになりかけていたのである。気持ちがふさいで弁当も残すようになった彼女に渚が助け船を出す。ゴーヤー本来の苦味を抑えた甘味を引き出したデザート「ゴーヤーの冷製茶碗蒸し」がそれで、レシピは以下のようなものである。

【材料】

〈4人分〉

  • ゴーヤー……50g
  • 干ししいたけ……2枚
  • 無調整豆乳……200ml
  • にがり(液体)……大さじ1
  • 薄口しょうゆ……小さじ2
  • 粉末昆布だし……小さじ1/2
  • 梅肉……適量

【作り方】

  1. ゴーヤーを縦半分に切り、スプーンでワタを取り除き3mmの厚さに切って、塩をして軽くもむ。
  2. 水気をとり、さらにひとつまみの砂糖をもみ込む。飾り用は別にとっておく。
  3. 戻した干ししいたけは薄くそぎ切りにする。2としいたけを器に入れる。
  4. 無調整豆乳に粉末昆布だしと薄口しゅうゆを加え、にがりを加えて器へ入れて沸騰した蒸し器で7~8分蒸す。
  5. 出来上がった茶わん蒸しを冷やし、飾り用のゴーヤーと梅肉をのせてできあがり。

 本作で渚が作る野菜料理のレシピはほとんどが原作からの引用だが、「ゴーヤーの冷製茶碗蒸し」は本作でフードコーディネーターを務めた赤堀博美によるオリジナルで、映画のタイトルを象徴する一品である。

 マキは渚から教わったこれを自ら作ってミナミに食べてもらうことでCM出演を承諾させることに成功するのだが……。

過去を乗り越える“スタミナ”

 野菜嫌いを克服したマキが、今や有名な有機農家となった父と再会する日がやって来た。彼女宛に毎月送られてくる野菜の宅配便で渚はマキと父のことを知る。その渚が彼のファンであったのをよいことに半ば強引に計画したものだが、父娘は過去のわだかまりを捨てて和解できるのか。

 また、完全無欠と思われていた渚も、彼がゲイとなるきっかけを作った家庭環境や兄の死等暗い過去を抱えていた。インドから一時帰国した渚の“元カレ”立花アラタ(淵上泰史)からそのことを聞いたマキは渚の力になれるのか。そしてこれらのことに野菜と料理たちはどうかかわっていくのか。物語はそういったことを含みながらラストへと向かっていく……。

 本作で監督を務めた草野翔吾は1984年生まれ。早稲田大学在学中に撮った「Mogera Wogura」(2007)で注目され、商業映画は「からっぽ」(2012)、「僕が修学旅行に行けなかった理由」(2013)に続く3作目となる新進気鋭のディレクターである。

 脚本に参加した上田誠と大歳倫弘は京都を拠点とする劇団「ヨーロッパ企画」の主要メンバーであり、本作のコメディ的な味付けに貢献している。キャストは主演の川口春奈や林遣都をはじめ、渚の同僚の体育教師を演じた千葉真一の息子・真剣佑等の若手陣に加え、北野武監督作品をはじめとするやくざ役が印象的なマキの父役の中野英雄、母役には往年のアイドル石野真子等の多彩な顔ぶれが集結し、映画という料理を構成している。

参考文献
「にがくてあまい 公式レシピ」(小林ユミヲ著、河出書房新社刊)
映画にがくてあまいの公式キッチン(クックパッド)

【にがくてあまい】

公式サイト
http://nigakuteamai.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年9月10日
上映時間:96分
製作会社:(製作プロダクション:ダブ)
配給:エレファントハウス
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:草野翔吾
脚本監修:上田誠(ヨーロッパ企画)
脚本:大歳倫弘(ヨーロッパ企画)
原作:小林ユミヲ:(『にがくてあまい』(マッグガーデン))
企画・プロデュース:森山敦、渋谷昌彦、宇田川寧
プロデューサー:山下義久、柴原祐一
撮影:小松高志
美術:山下修侍
録音:小林武史
照明:蒔苗友一郎
フードコーディネーター:赤堀博美
キャスト
江田マキ:川口春奈
片山渚:林遣都
立花アラタ:淵上泰史
青井ミナミ:桜田ひより
馬場園あつし:真剣佑
ヤッさん:SU
江田豊:中野英雄
江田操:石野真子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。