外国映画で描かれる日本の食にスポットを当て、食文化の違いを指摘するシリーズの4回目(「外国映画の中の“勘違い”日本食文化」改題)。今回は架空の日本アニメ「魔法少女ユキコ」をモチーフとしている話題のスペイン映画を取り上げる。
ローカライズされた魔法少女とラーメン
「もしロルカが詩を書いていなかったとしても、2+2=4だっただろう。もしナポレオンがスペインに侵攻し、今フランス語で授業をしていても、2+2は当然のことながら4のままである。完全な真実というのは常に答えが同じであり、2+2は4なのだ」(冒頭のセリフより)
現在公開中の「マジカル・ガール」は、スペインの漫画家兼映画監督カルロス・ベルムトの劇場デビュー作で、白血病の娘とその父親、元数学教師とその教え子だった精神科医の妻の2組4人の男女を軸にした愛憎の連鎖を描いた「世界」「悪魔」「肉欲」の三部構成からなるフィルム・ノワールである。
かつて「ドラゴンボール」にオマージュを捧げた漫画を出版し、1年のうち4カ月程度を日本で過ごすというベルムト監督の嗜好が随所に現れた作品となっている。「リザとキツネと恋する死者たち」(本連載117回参照)のウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督もそうだが、彼らの日本人以上の日本通ぶりには驚かされるばかりで、もはや“勘違い”というレベルではないため、今回シリーズ名を改題した次第である。
白血病で余命わずかと宣告されているアリシア(ルシア・ポジャン)は、日本のアニメ「魔法少女ユキコ」(主題歌は長山洋子の1984年のデビュー曲「春はSA-RA SA-RA」)の大ファンで、友人ともマコトやサクラといった登場人物の名前で呼び合い、一緒にアニメを観てラーメンを食べるのを楽しみにしているような12歳の少女である。
日本の魔法少女アニメは、横山光輝原作の「魔法使いサリー」(1966)や赤塚不二夫原作の「ひみつのアッコちゃん」(1969)等を源流に、武内直子原作の「美少女戦士セーラームーン」(1992)のヒットを経て、昨今の「プリキュア」シリーズ(2004〜)に至る長い歴史を持つ。他のジャンルのアニメと同様に海外にも輸出され、地域の文化に見合った吹替等のローカライズ(※1)がされた効果もあり、世界各地で人気を博している。
本作中の「魔法少女ユキコ」のルックス(図1)は、戦う魔法少女の「セーラームーン」よりも、小学生が魔法のステッキでアイドルに変身する「魔法の天使クリィミーマミ」(1983、図2)に近いように見える。
一方、ラーメンはヨーロッパでもインスタントの袋麺やカップ麺がスーパーマーケット等で入手できる。日本のメーカーでは日清食品がハンガリーに生産拠点を設けている(ハンガリー日清:http://www.nissinfoods.hu/)が、そのラインアップはこれも現地向けにローカライズされていて、日本とは異なるものである。
※1 外国の作品を国内向けに放映・上映する際に、地域に合った演出や編集を行うことは珍しくなく、たとえば海外作品を日本で放映した例でも、「チキチキマシン猛レース」等のハンナ・バーベラ・プロダクション作品に対する日本版の改変などはよく知られている。
暴走する娘LOVEと「セーラームーン」
話を映画に戻すと、不況の続くスペインで国語教師の職を失って失業中のアリシアの父ルイス(ルイス・ベルメホ)は、娘の願いを叶えてやろうとして、タバコを吸いジントニックを飲みたいということまで聞いてやる。男手一つで育てた娘への思いはさらに止まず、子供部屋に忍び込んで秘密の「願い事ノート」を見てしまう。
そこには「変身できる」「13歳になる」と並んで「メイコ・サオリが歌手のメグミ用にデザインした魔法少女ユキコのドレス」と書かれていた。早速ネットで検索してみると、90万円(ユーロ換算で7千ユーロ)という高値が付いていて彼は頭を抱えてしまう。大切にしていた蔵書を売り払っても二束三文にしかならず、バル(スペインの酒場)を経営する女友達を訪ねて借金を願い出るが、逆に「ドレスやお金なんて関係ない。アリシアが望んでいるのは父親と一緒にいることなのよ」と諭される始末。
これは全くの真実であり、アリシアもラジオへの投書等を通じて父にシグナルを送ろうとするのだが、愛する者の願いを叶えたいという自分自身の妄執に取り憑かれたルイスにその声は届かず、ついには宝石が飾られたショーウィンドウを石で叩き割ろうとしたその瞬間、空から“何か”が降ってくるのだった。
その“何か”を降らせたバルバラ(バルバラ・レニー)は、学生時代に元数学教師のダミアン(ホセ・サクリスタン)の冒頭のセリフ「2+2は……」をある「魔法」で覆し、ひいては彼の人生を破滅へと追い込んだ天性の魔女(元魔法少女)である。
現在は精神科医の夫アルフレドの薬物投与によってその魔力を封印されているが、自宅の高級マンションで大量の薬を酒で流し込んだことが、ルイスとの「最悪の出会い」につながる。
食べ物によって展開されていくストーリー
詳しくは作品を観ていただくとして、ルイスは結局バルバラを恐喝することで、娘へのプレゼントをせしめることになる。そのバルバラが愛飲する酒のボトルのラベルに「SAILOR MOON」(セーラームーン)とあるのは、ベルムト監督の単なるお遊びではなく、新旧の魔法少女がセーラームーンを通じて間接的に繋がったことを示していると言えるだろう。
そして本作ではこの他にもさまざまな食べ物や飲み物が狂言回しを務めている。
ルイスは夕食の野菜スープにサプライズの「仕掛け」をしてアリシアに部屋の中を探させ、念願の魔法少女ユキコのドレスを渡すことができたのだが、予想外の娘の反応に「肝心なもの」を忘れていたことに気付く。娘のために悪事まで働いたのに、ジグソーパズルのピースが1つ足りないように、あと一歩で願いが叶わない悲しみを娘に与えてしまったのだ。
この失敗に、ルイスは近所のバルに行ってヤケ酒をあおるが、飲んだコーヒーリキュールに含まれるカフェインのせいなのか、ルイスは再びバルバラをゆすりに行くのだった。
困惑したバルバラは、先のルイスの要求に応えるための仕事をくれた昔の仲間アダ(エリザベト・ヘラベルト)の元を再び訪ねる。ここでアダがバルバラに買って来させたのがチュロス。小麦粉の生地を細く伸ばして揚げた菓子で、スペインではコーヒーやホットチョコレートのお供に欠かせない朝食の定番メニューである。それを食べながらアダは頼んだのはポラスじゃなかったっけという。ポラスはチュロスと材料は一緒だが、より太く棒状にこしらえるものだ。これは“仕事”に関わる符牒なのではないかと思われる。
バルバラは一気に高額を稼ぐため、入口にトカゲの紋章があるVIPルームに入れて欲しいとアダに頼むが、彼女は顔色を変えて反対する。それを押し切ってトカゲ部屋に入るバルバラ。しかし、その中での出来事は大胆に省略され、次に彼女が映し出されるのは服役していた刑務所を出たばかりのダミアンに助けを求める瀕死の姿であった。
この謎を解く鍵はトカゲ部屋の紋章にある。これは江戸川乱歩の名探偵明智小五郎シリーズの1本「黒蜥蜴」を原作とした1968年製作の深作欣二監督の映画のタイトルバックを模したものである(図3)。この作品で主演の黒蜥蜴こと女盗賊の緑川夫人を演じた丸山(美輪)明宏によるテーマ曲「黒蜥蜴の唄」のカバー曲が本作のエンドロールに流れたり、先にルイスが魔法少女ユキコのドレスを探すのに使った検索サイトの名前が「RAMPO!」だったりすることからもこのことは明らかで、トカゲ部屋で「黒蜥蜴」単体というよりも「D坂の殺人事件」や「屋根裏の散歩者」「陰獣」といった乱歩ワールドに共通するアブノーマルなことが行われたことは容易に想像がつく。
「守護天使」の対決
先述の「クリィミーマミ」の頃から最近の「プリキュア」に至るまで、魔法少女アニメにつきものなのが、彼女たちの“守護天使”的な存在のマスコットたちで、本作でのアリシアに対するルイスやバルバラに対するダミアンもその類である。詳しくは語られないがダミアンが刑務所に入っていたのもバルバラを何かから守ったためであり、この2人の忠実なるしもべが主人を守るために衝突するのは必然であった。
ルイスが行きつけのバルでコーヒーリキュールを飲んでいると、彼を尾行していたダミアンが現れワインを注文する。その黒ずんだ血のように赤い色が不吉な香りを漂わせる……。
映画の話はここまでにして、最後にベルムト監督がインタビューで挙げていた2本の日本のアニメを紹介しておこう。
1本目は「魔法少女まどか☆マギカ」(2011〜)。魔法少女ものの形を借りながら、残酷で深淵なテーマを描いて話題になったハードSF&ダーク・ファンタジーである。
そして2本目は今敏監督の「パーフェクト・ブルー」(1997)。女優への転身を図るアイドルがさまざまな出来事によって精神的に追い詰められていくサイコスリラーである。これらの作品を見れば、本作における監督の狙いがより明確に分かることだろう。
【マジカルガール】
- 公式サイト
- http://bitters.co.jp/magicalgirl/
- 作品基本データ
- 原題:MAGICAL GIRL
- 製作国:スペイン
- 製作年:2014年
- 公開年月日:2016年3月12日
- 上映時間:127分
- 配給:ビターズ・エンド
- カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
- スタッフ
- 監督・脚本:カルロス・ベルムト
- エグゼクティブ・プロデューサー:ホセ・サマノ
- プロデューサー:ペドロ・エルナンデス・サントス、アルバロ・ポルタネト、アマデオ・エルナンデス・ブエノ
- 撮影監督:サンティアゴ・ラカハ
- 編集:エンマ・トゥセル
- アソシエイト・プロデューサー:マヌエル・ガルシア、カルロス・ディアス、ミケル・ベルネド、ボルハ・トレス、ホアキン・コルテス、フアン・エルナンデス
- プロダクション・マネージャー:モンセ・ラクルス
- キャスト
- ダミアン:ホセ・サクリスタン
- バルバラ:バルバラ・レニー
- ルイス:ルイス・ベルメホ
- アルフレド:イスラエル・エレハルデ
- アリシア:ルシア・ポジャン
- アダ:エリザベト・ヘラベルト
- オリベル:ミケル・インスア
- アデラ:テレサ・ソリア・ルアノ
(参考文献:KINENOTE)