「99分,世界美味めぐり」の三つ星料理たち

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今回は現在公開中のスウェーデン製のドキュメンタリー映画「99分,世界美味めぐり」に登場するミシュラン星付きレストランの料理とその案内人について述べていく。

美食体験を代替

 本作の案内人である「フーディーズ」と呼ばれる美食家たちは、大手石油会社の元重役アンディ・ヘイラー、タイ・バンコクの金鉱会社の御曹司パーム・パイタヤワット、レコードレーベルの元オーナーのスティーヴ・プロトニキ、リトアニア出身で元スーパーモデルのアイステ・ミセビチューテ、香港生まれのOLケイティ・ケイコ・タムの5人。

 彼らは、ミシュランの三つ星が意味する「旅行してでも食べる価値がある」の言葉そのままに世界中を旅して星付きレストランを巡り、味わった料理の情報をSNSを通じて発信する美食ブロガーたちである。ネットを駆使したこの手法は、昨年公開された「シェフ 三ツ星フードトラックはじめました」本連載96回参照)に登場した料理評論家を彷彿とさせる。

アンディ・ヘイラーのWebサイト
http://www.andyhayler.com/
パーム・パイタヤワットのWebサイト
http://theskinnybib.com/
スティーヴ・プロトニキのWebサイト
http://www.opinionatedaboutdining.com/
アイステ・ミセビチューテのWebサイト
http://www.luxeat.com/
ケイティ・ケイコ・タムのWebサイト
http://k-luxedining.com/

 彼らは会社員のケイティを除くといわゆるセレブと呼ばれる富裕層であり、有り余る金と時間を使った世界グルメ旅行は一般庶民には別世界と映るかも知れない。しかし「おいしいものを食べたい」という願望は誰もが持っているものであり、なかなか行く機会のない高級レストランの料理の詳細なレポートを読むことでその願望を代替している向きも多いと思われ、それが彼らのWebサイトのアクセス数の多さにつながっている。

 その影響力にはレストラン側も一目置いており、これまで取材を断ってきた名店に今回初めてカメラが入ることが許されたのも、彼らのおかげと言える。

 以下、5人の横顔と共に、彼らが今回の撮影で訪れたレストランと料理について記していく。

アンディと「フロコン・ド・セル」と「アスカ」

 ミシュランの三つ星レストラン109店を制覇したアンディは、冒頭いきなり「モエ・エ・シャンドンは好きじゃない」と食前酒のシャンパンに文句を付けたことに象徴されるように歯に衣着せぬ物言いが特徴で、高級レストランのシェフたちからも恐れられている。一方で大手石油会社在職時にコンピュータの管理システムを開発した経験から、食材の新鮮さ、食材同士の相性、盛り付けの美しさ、シェフの腕など5つのチェック項目を設定して評価の体系化を試みている食のアナリストでもある。

 そんな彼が訪れたのはモンブランを望む山岳リゾート地サヴォワ地方にある三つ星レストラン「フロコン・ド・セル」。オーナーシェフのエマニュエル・ルノーは、フランス・国家最優秀職人章(MOF)を受章した実力者で、地元レマン湖の淡水魚を多用した大胆かつ彩り豊かな盛り付けが評判だが、アンディはイセエビのスープを「食材の持ち味を殺してしまっている」と一刀両断。これにはさすがのシェフもキレてまな板に包丁を突き立てるのだった。

 その一方で、かつて開店時に「最悪」と酷評したニューヨークの一つ星レストラン「アスカ」が、料理が変わっておいしくなったと聞きつけると再訪し、一週間吊るした小鳩のローストを上出来だと褒める鷹揚さも持ち合わせている。しかし、「脳みそをくちばしから吸って」というシェフの勧めには「自分の脳だけで十分だ」とユーモアを交えて断るのだった。

パームと「アルサック」と「龍井草堂」

サン・セバスティアンのレストラン「アルサック」の創作料理
サン・セバスティアンのレストラン「アルサック」の創作料理

 ロンドンでシェイクスピアを学ぶ留学生のパームは、学業の傍ら美食のためなら世界中を飛び回るフーディーズの若きホープで、料理のレビューも漫画を使ったユニークなものである。

 彼が訪れた三つ星レストランは、スペイン・バスク地方のサン・セバスティアンにある「アルサック」。オーナーシェフは、スペイン料理界の重鎮ファン・マリ・アルサックで、現在はフランスで修業を積んだ娘のエレナもシェフを務めている。彼女は「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」本連載42回参照)のフェラン・アドリアの影響を受けながらも、現在は彼女ならではのオリジナリティを感じさせる料理を提供している。半ズボン姿で現れたパームをアットホームな雰囲気でもてなす高級店らしからぬフレンドリーさが魅力の店でもある。

 しかし、真の意味でパームを感動させたのは、中国・杭州の郊外にある星なしレストラン「龍井草堂」の家庭的な中華料理だった。「これまでの食事は一体何だったんだろう」と彼が涙ぐんだのには、13歳で家を出され、家庭の味が恋しい身の上も影響していると思われる。

スティーヴと「41デグリーズ・エクスペリエンス」と「WD~50」

 ロンドンの下町で肉屋の息子として生まれたスティーヴは、冷蔵肉と新鮮な肉を舌で見分けられたことに自信を持ち、美食家としての道を歩んだ。アンディに負けず劣らずの毒舌家で、その矛先はシェフのみならず、他のフーディーズにも向けられるほどである。

 そんな彼のお勧めは「エル・ブリ」を閉店したフェラン・アドリアが弟アルベルトとバルセロナに出店した一つ星レストラン「41デグリーズ・エクスペリエンス」。41種類の創作料理が楽しめるのがその名の由来だが、20席しかない相変わらず「世界一予約のとれないレストラン」である。スティーヴの「これも食うのか?」という冗談が出るほど斬新な盛り付けだが、「シェフの腕に口の中を支配された」と賛辞を惜しまない。

 一方、ニューヨークの一つ星レストラン「WD~50」のフォアグラとアンチョビの一品を「最悪」とこき下ろしたことに対して、シェフのワイリー・デュフレーヌと論戦を繰り広げる様子からは、主観と客観、独善と普遍といった料理のみならず批評というものの本質にかかわる問題が露呈しているように思えた。

アイステと「菊乃井」「鮨さいとう」と「ピエール・ガニエール」

京都の料亭「菊乃井」の懐石料理
京都の料亭「菊乃井」の懐石料理

 リトアニア・カウナスの貧しい家庭に育ち、ごちそうのバナナ目当てに何時間も列に並んだ過去を述懐するアイステ。18歳でパリに出てモデルとして成功を収めた彼女に三つ星レストランの料理はどのように映っているのだろうか……。

 彼女が訪れたのは、世界の美食家たちの憧れの的である日本。「和食ドリーム」本連載108回参照)にも登場した京都の三つ星料亭「菊乃井」で和食の真髄とも言える懐石料理を味わった後、東京の三つ星すし店「鮨さいとう」へ。雑居ビルの駐車場の奥にあるそのたたずまいや、板前と差し向かいのおまかせコースで20分という一瞬の至福体験は、同じく三つ星を獲得した「二郎は鮨の夢を見る」本連載42回参照)のすきやばし次郎のそれに似ている。

 仕事とセットでグルメの旅を楽しむ彼女が次に訪れたのは、パリの三つ星レストラン「ピエール・ガニエール」。ここで彼女は特別なテーブルに通され、フランス国内や日を始めとする海外に12店舗を展開するカリスマ料理人で、フランスの専門誌「Le Chef」で2015年にミシュランの星を獲得した料理人が選ぶ「世界で最高の料理人100選」のベストシェフに選ばれたピエール・ガニエール本人が目の前で作った料理をふるまわれるという光栄に浴するのだった。

ケイティ・ケイコ・タムの「イレヴン・マディソン・パーク」と「譽瓏軒 ジェード・ドラゴン」「ボー・イノベーション」

 両親と同居し、定時の仕事で得た給料を元手に高級レストランを食べ歩くケイティは、5人の中で唯一セレブでないルーキーのフーディーズである。出された料理を写真に収める腕はピカイチであることが、彼女のWebサイトからうかがえる。

 彼女がニューヨークのグルメ旅行で最初に訪れたのが、三つ星レストラン「イレヴン・マディソン・パーク」。TVドラマシリーズ「SEX AND THE CITY」に登場したことでも知られるアメリカン・キュイジーヌの名店である。見学を希望したケイティが通された巨大な厨房では、大勢のシェフたちがオーダーからテーブルまでの流れを把握し、無駄のない動きで立ち働く様が映し出されている。

 中国大陸で大金を儲けた成功者たちが押し寄せ、ラスベガスを凌ぐ売り上げを誇るカジノの島マカオにある一つ星レストラン「譽瓏軒 ジェード・ドラゴン」の建設費は何と1億4000万香港ドル(日本円換算で約21億6千万円!)。黄金の個室を備え、出される料理の食材も冬虫夏草(昆虫に寄生するキノコ)など高価なものばかり。これにはケイティも「ワーオ」と言うしかなかった。

 ケイティの地元・香港にある三つ星レストラン「ボー・イノベーション」。シェフのアルヴィン・ランは自らを“デーモン・シェフ”(厨魔)と呼び、「不快ギリギリの線を狙っている」と言う。砂浜に使い捨てられた避妊具をかたどった「セックス・オン・ザ・ビーチ」は、まさにそれを体現した一皿であり、是非映画館でその不快ギリギリさをご確認いただきたい。

 他にも興味深い店が数多く登場するが、残念ながらそのすべてを紹介することはできないので、最後に本作で登場した(話題に上った)レストランを、次のページにまとめておく(順不同、★はミシュランの星の数)。

「99分,世界美味めぐり」のレストラン

  • イレヴン・マディソン・パーク(アメリカ:ニューヨーク)★★★
  • パー・セ(アメリカ:ニューヨーク)★★★
  • ル・ベルナルダン(アメリカ:ニューヨーク)★★★
  • ピエール・ガニェール(フランス:パリ)★★★
  • フロコン・ド・セル(フランス:メジェーヴ)★★★
  • アルサック(スペイン:サン・セバスティアン)★★★
  • ボー・イノベーション(中国:香港)★★★
  • 菊乃井(日本:京都)★★★
  • 鮨さいとう(日本:東京)★★★
  • アテラ(アメリカ:ニューヨーク)★★
  • マレア(アメリカ:ニューヨーク)★★
  • モモフク・コー(アメリカ:ニューヨーク)★★
  • ワットリー・マナー(イギリス:マームズベリー)★★
  • ゼラニウム(デンマーク:コペンハーゲン)★★
  • ノーマ(デンマーク:コペンハーゲン)★★
  • フランツェン(スウェーデン:ストックホルム)★★
  • マエモ(ノルウェー:オスロ)★★
  • アンバー(中国:香港)★★
  • 神保町 傳(日本:東京)★★
  • アスカ(アメリカ:ニューヨーク)★
  • ヘドネ(イギリス:ロンドン)★
  • 41デグリーズ・エクスペリエンス(スペイン:バルセロナ)★
  • 譽瓏軒 ジェード・ドラゴン(中国:マカオ)★
  • WD~50(アメリカ:ニューヨーク)
  • ファヴィケン(イギリス:ヤェルペン)
  • サチュルヌ(フランス:パリ)
  • マルシェ・ド・プロヴァンス(フランス:ビリニュス)
  • タ・パントリー(中国:香港)
  • 龍井草堂(中国:杭州)
  • 都寿司(日本:東京)

【99分,世界美味めぐり】

公式サイト
http://99bimi.jp/
作品基本データ
原題:FOODIES
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:スウェーデン
製作年:2014年
公開年月日:2016年1月30日
上映時間:99分
製作会社:Bリール・フィルム、スウェーデン・テレビ
配給:KADOKAWA
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:トーマス・ジャクソン、シャーロット・ランデリウス、ヘンリック・ストッカレ
製作:パトリック・アンデション、フレドリック・ヘイニ、 マティアス・ノールボリ
編集:シャーロット・ランデリウス
音楽:アンドレアス・セーデルストレム、ユーアン・ベルトリン
キャスト
アンディ・ヘイラー
パーム・パイタヤワット
スティーヴ・プロトニキ
アイステ・ミセビチューテ
ケイティ・ケイコ・タム

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。