「パディントン」のマーマレード

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今回は現在公開中の映画「パディントン」で、主人公のクマの大好物であるマーマレードがつなぐ出会いについて述べていく。

クマ好きな日本人

 本作は、イギリスの作家マイケル・ボンドの児童文学「くまのパディントン」(松岡享子訳、福音館書店)と絵本「クマのパディントン」(木坂涼訳、理論社)を原作としている。原作は過去にコマ撮りによる人形アニメやセルアニメで映像化されているが、今回は実写による映画化となる。

 クマを主人公にした実写映画というと、最近では「テッド」(2013)があるが、その内容はかつて言葉を話して人気者になったテディベアが中年オヤジになって巻き起こす騒動を、近年のアメリカンコメディの特徴である下品なギャグで描いたブラックコメディで、レイティングはR15+(15歳未満の入場・鑑賞を禁止)であった。それでも日本では2013年の洋画で第3位となる42.3億円の興行収入を挙げ、続編の「テッド2」(2015)もヒットしたあたりに日本人(とくに女性)のクマ好きがうかがえる。今回の「パディントン」はそういった“邪道”ではない“王道”のファミリー向けコメディである。

マーマレードがつなぐ命と絆

イギリスから来た探検家に教わったマーマレードは、パストゥーゾおじさんとルーシーおばさんの手によって独自の進化を遂げる
イギリスから来た探検家に教わったマーマレードは、パストゥーゾおじさんとルーシーおばさんの手によって独自の進化を遂げる

 映画では、パディントンとマーマレードとの関わりが、原作よりも詳細に描かれている。

 今から40年前、イギリスのある探検家が“暗黒の地”ペルーで知能の高いクマのつがいと遭遇する。彼は2頭のクマをそれぞれパストゥーゾ、ルーシーと名付け、英語を教え、さまざまな文明の利器を伝えて友好関係を築く。その一つが保存食として携帯していたマーマレードで、ハチミツなどを好む甘党なクマの味覚に合ったというわけである。このクマとマーマレードの出会いは、探検家の記録フィルムという形を借りながら、サイレント映画のスラップステックコメディ調でコミカルに表現されている。

 探検家はイギリスに帰る日、友好の印として被っていた赤い帽子をクマたちに与える。

 月日は流れ、その赤い帽子を被ったパストゥーゾおじさん(声:マイケル・ガンボン)とルーシーおばさん(声:イメルダ・スタウントン)に育てられたおいっ子(声:ベン・ウィショー)が森のオレンジが熟したことを知らせる。そのオレンジを収穫して探検家に教わったマーマレードを、おじさんが発明した製造装置で、ルーシーおばさんが独自に工夫したレシピで作るのがクマ一家の楽しみになっていた。

 ペルーの森で平和に暮していたクマたちだったが、ある日大地震が森を襲い、彼らが住んでいたツリーハウスは跡形もなく破壊され、パストゥーゾおじさんは瓦礫の下敷きになって“帰らぬクマ”となってしまう。後に残されたルーシーおばさんはおいっ子を連れてカヌーでアマゾン河を下る。

 港に着くと彼女はおじさんの形見の赤い帽子とオレンジマーマレードの瓶詰めがいっぱい入った皮トランクをおいっ子に渡し、自分は老グマホームに入るから、お前は探検家のいるロンドンへ行くように言う。ルーシーおばさんは探検家が別れ際に言った「ロンドンに来たら歓迎するよ」という言葉を信じていた。そしてロンドンで新しい家を探すように言い、「このクマをよろしく」と書いた札をおいっ子の首にかけて送り出すのだった。

 イギリス行きの貨物船の救命ボートに忍び込んだおいっ子は、空腹をマーマレードで紛らわせながら到着を待つ。長旅の中、ボートの中に溜まっていくマーマレードの空き瓶の山が彼の命をつないだことを示している。

 そしてやっとイギリスの港に着いた貨物船から下ろされた郵便袋と共に、彼はロンドンのとある駅に降り立つ。早速おじさんとおばさんから習った英国流の丁寧な英語で行き交う人々に挨拶するが、この言葉を話す珍しいクマをロンドンの人々は誰一人として相手にしてくれない。おばさんの話とは違ってよそ者に冷たい人々の態度においっ子は落胆する。

マーマレードサンドイッチを頬張るパディントン。赤い帽子と青いダッフルコート、マーマレードの入った皮トランクがトレードマークである
マーマレードサンドイッチを頬張るパディントン。赤い帽子と青いダッフルコート、マーマレードの入った皮トランクがトレードマークである

 夜、人の少なくなった駅で途方に暮れた彼は、最後に帽子の中に残しておいたマーマレードのサンドイッチを食べようとするが、そこに1羽のハトが現れる。心優しいおいっ子はサンドイッチを分けてやろうとするが、ハトは次々に増えていって収拾がつかなくなる。

 そこに通りがかったのが家族旅行の帰りのブラウン家。奥さんのメリー(サリー・ホーキンス)が見かけないクマに声をかけ、リスク管理の専門家の夫ヘンリー(ヒュー・ボネヴィル)の制止も聞かず、事情を聞いてしばらく面倒をみると言い出す。そして人間には発音しにくいクマ語の名前の代わりに、この駅の名前をとって「パディントン」と名付けるのだった。

 ハトとの一件がなければこの奇跡の出会いはなかったかもしれず、またしてもマーマレードがおいっ子=パディントンを救い、クマと人との絆をつないだとも言える。人種・性別・文化・宗教・イデオロギー・貧富などの違いで争いが絶えることのない世界にあって、異質なものとの出会いを食が媒介するという構造は、どこか暗示的である。

 そしてハトとマーマレードは映画のクライマックスでも重要な役割を果たすのだが、これは実際に映画を観てご確認いただきたい。

「どこかで見た」ファンタジーとアクション

 本作の舞台となったパディントン駅や飾ってある写真の中の人物が動き出したりするブラウン家の雰囲気は、どこか「ハリー・ポッター」シリーズ(2001~2010、本連載44回参照)のキングス・クロス駅やホグワーツ魔法魔術学校に通じるところがある。これは本作のプロデューサーで「ハリー・ポッター」シリーズ全8作の製作を手がけたデヴィッド・ハイマンの、本作を現代のファンタジーにしたいという意向によるものと思われる。

 それが明確に出ているのが、ブラウン家を水びたしにする等、文明オンチゆえにアクシデントを連発していたパディントンがロンドンで初手柄を挙げるシーンである。探検家の消息を探しにグルーパーさん(ジム・ブロードベント)の骨董屋を訪ねたパディントンは、そこでスリを目撃する。パディントンはスリが落とした財布を届けてあげようとするのだが、スリは自分を捕まえに来たと勘違いして逃げ回り、追跡劇が始まる。スケートボードで疾走したり、風を受けて舞い上がったパラソルで空を飛ぶパディントンの姿は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985)や「メリー・ポピンズ」(1964)を彷彿とさせる。

 また、パディントンを博物館に展示する剥製にしようと付け狙う、ニコール・キッドマン演じる謎の美女ミリセントは、パディントンとは因縁浅からぬ関係にあるのだが(これも実際に映画を観てご確認願いたい)、彼女がブラウン家の天井からワイヤーで宙吊りになりながらパディントンを捕獲しようと繰り広げるアクションは、ニコールの元夫トム・クルーズが主人公イーサン・ハントを演じる「ミッション:インポッシブル」(1996)のパロディであり、製作者の遊び心がうかがえる。


【パディントン】

公式サイト
http://paddington-movie.jp/
作品基本データ
原題:PADDINGTON
製作国:イギリス
製作年:2014年
公開年月日:2016年1月15日
上映時間:95分
製作会社:StudioCanal, Anton Capital Entertainment (ACE), TF1 Films Production
配給:キノフィルムズ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ポール・キング
脚本:ハーミッシュ・マッコール、ポール・キング
原作:マイケル・ボンド
製作総指揮:ロージー・アリソン、ジェフリー・クリフォード、アレクサンドラ・ファーガソン、オリビエ・クールソン、ロン・ハルパーン、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン
製作:デヴィッド・ハイマン
キャラクター創造:マイケル・ボンド
撮影:エリック・ウィルソン
美術:ゲイリー・ウィリアムソン
音楽:ニック・ウラタ
編集:マーク・エバーソン
衣裳デザイン:リンディ・ヘミング
キャスト
パディントン(声):ベン・ウィショー
ミリセント:ニコール・キッドマン
メリー・ブラウン:ヒュー・ボネヴィル
ヘンリー・ブラウン:サリー・ホーキンス
ジョナサン・ブラウン:サミュエル・ジョスリン
ジュディ・ブラウン:マデレイン・ハリス
バードさん:ジュリー・ウォルターズ
グルーバーさん:ジム・ブロードベント
カリーさん:ピーター・カパルディ
ルーシーおばさん(声):イメルダ・スタウントン
パストゥーゾおじさん(声):マイケル・ガンボン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。