「和食ドリーム」伝道者たち

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ニューヨークの日本料理店「ブラッシュストローク」の「フュージョン・キュイジーヌ」
ニューヨークの日本料理店「ブラッシュストローク」の「フュージョン・キュイジーヌ」

農林水産省が外務省の協力の下に行った海外日本食レストラン数の調査によると、2015年7月時点での店舗数が前回調査(2013年1月時点)の1.6倍に相当する約89,000店に増加したという()。また、2013年12月4日に「和食 日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されたのも記憶に新しい。

 今年の春に公開された「和食ドリーム」は、こうした現在の和食ブームの礎を築いたパイオニアたちの足跡を記した日米合作のドキュメンタリー映画である。

50年間の“伝道”

 まず紹介されるのは、アメリカ・カリフォルニアで日本の食材を扱う商社、共同貿易株式会社の創業者で会長である金井紀年(撮影当時91歳)。

 彼は、東海道新幹線開通、東京オリンピック開催といった出来事に象徴される戦後日本の復興から高度成長への転換点となった1964年に、「アメリカに日本食のマーケットを作ろう」という当時としては向こう見ずな夢を抱いて妻子と共にアメリカに移住して以来、約50年にわたって日本の食材をアメリカに広め続けてきた“和食の伝道師”である。

 生魚を食べる習慣のない米国社会に握りずしを持ち込み、これが現在世界中に広がるすしブームの原点となった。また、和食ブームの影で、酢飯でないすしやだしのない味噌汁を出す日本料理店も存在するアメリカでの和食の質の向上を目指し、すしスクールを開いて“正しい和食”の啓蒙・教育活動にも努めている。

 彼がこの仕事を志したのは、戦時中に学徒動員でビルマ(ミャンマー)に従軍した経験が基となっているのだが、これについては映画をご覧いただきたい。

和食を仕掛け、極める人たち

ニューヨークの日本料理店「ブラッシュストローク」の「フュージョン・キュイジーヌ」
ニューヨークの日本料理店「ブラッシュストローク」の「フュージョン・キュイジーヌ」

 金井が開拓した和食文化は国境を越え、国内や海外の料理人、日本食レストラン関係者、食品流通者に受け継がれ、裾野を広げ続けている。

 300年近い歴史を持つ京都の料亭「美濃吉」では、日本料理のフルコースである懐石料理でお客様をもてなすにあたって、食材へのこだわりはもちろん、器や床の間の掛け軸といったしつらえにまで心を配っている。

 静岡文化芸術大学学長の熊倉功夫は、料理の中にメッセージを込めることが懐石=茶の湯料理の真髄だと言う。

 同じく京都の料亭「菊乃井」の主人、村田吉弘は、フランスで料理修業をした経験から、脂質を中心とした世界のほとんどの料理に対し、うま味成分を中心に構成された和食のヘルシーで低カロリーなところが受けているのだと言う。

 彼は「千年の一滴 だし しょうゆ」(本連載第91回参照)でも紹介された昆布や鰹節に由来するだしのうま味は、ドライトマトやモリーユ(アミガサタケの類)からも取れると海外からの研修生に教え、国内外の料理人に腕を競わせる「日本料理コンペティション」等も開いて日本料理の普及に努めている。

 一方、アメリカでレストラン「Uchi」を経営するオーナーシェフ、タイソン・コールは、テキサス州の日本料理店ですしなどの和食を学び、日本料理をベースとした創作料理で多くの料理賞を獲得し、人気を博している。

 彼が尊敬するレストラン「Nobu」のオーナーシェフ、松久信幸は、世界各地に34店舗を持ち、ラスベガスではホテルを経営、ビジネスパートナーはハリウッド俳優のロバート・デ・ニーロという、アメリカで最も成功した日本料理人として知られている。彼は、若い頃料理修業で訪れたペルーで出合ったセビーチェ(ラテンアメリカの魚介類のマリネ)に影響を受け、素材に熱いオリーブ油をかけるなど、アメリカ人に刺身を抵抗なく食べてもらうためのさまざまな工夫を凝らしてきたことを語る。

「Katsu-ya」のオーナーシェフ、上地勝也はスシバーの激戦区であるロサンゼルスのベンチュラ通りに出店。彼が自らの理想とアメリカ人の客のニーズとのギャップに悩んだ末に、彼らの嗜好を徹底的に分析した独創的なすしを生み出し高い評価を得るまでが、彼の家族を通じて語られる。

 世界11カ国に店舗を持ち、日本でも東京で6店舗を展開。ミシュランガイドの星の総計は28というロブショングループのオーナーシェフ、ジョエル・ロブションも登場。日本酒について、ワインとは合わない料理にも調和し、素材の味を引き立てる酒だと評する。

 再び日本。築地市場でマグロに目を光らせる「銀座久兵衛」の店主、今田景久は、北大路魯山人や志賀直哉が足しげく通った名店の三代目という重圧を幼少時から一身に受け止めながら、仲買人や生産者とのチームワークで国内外の顧客の満足を得るべく日々努力している。

 ニューヨークで日本料理店「ブラッシュストローク」を経営するオーナーシェフ、デイヴィッド・ブーレーは、日本での人と食材との結び付きの強さに注目する。旬の食材を使った創作料理を懐石スタイルで提供し、ニューヨークの人々に日本の食文化を体験してもらうことを目指している。

 この他にも、テキサスでフードトラックから出発し、現地人好みの太巻きずしを考案した日本人夫婦や、アメリカにラーメン文化を根付かせようとしているラーメンマスター、「ラーメンバーガー」を売り出した日系人のエピソードなど、興味深いエピソードが満載なので、是非DVDや動画配信等でご覧いただきたい。

アメリカの中の日本人を描く

 監督のすずきじゅんいちは、「女教師狩り」(1982)で監督デビュー後、にっかつロマンポルノや「マリリンに逢いたい」(1988)、「砂の上のロビンソン」(1989)等の一般映画の監督を務めた後に米国に移住し、戦前・戦中・戦後の日系アメリカ人の歴史を綴った日米合作のドキュメンタリー三部作「東洋宮武が覗いた時代」(2010)、「422 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍」(2012)、「二つの祖国で・日系陸軍情報部」(2014)を撮っている。

 この時の経験が本作でもアメリカ社会の中での日本人、日系人の描き方に反映していると思われる。

※農林水産省「海外日本食レストラン数の調査結果の公表及び日本食・食文化の普及検討委員会の設置等について」
http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/service/150828.html

【和食ドリーム】

「和食ドリーム」(2015)

公式サイト
http://www.washokudream.jp/
作品基本データ
英題:WA-SHOKU ~Beyond Sushi~
製作国:日本 アメリカ
製作年:2014年
公開年月日:2015年4月11日
上映時間:107分
製作・配給:フイルムヴォイス
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:すずきじゅんいち
製作総指揮:鈴木隆一、渋谷尚武
プロデューサー:影山順、赤羽俊輔、アン・ハネダ
撮影監督:小渕将史
カメラ:本間秀幸
音楽:松本晃彦
録音:福原達直
編集:水原徹
ミキシング:メディ・ハシン
チーフプロデューサー:寺坂重人
キャスト
金井紀年
村田吉弘
佐竹洋治
今田景久
松久信幸
上地勝也
デビッド・ブーレー
タイソン・コール
ジョエル・ロブション
熊倉功夫
ナレーション:ヘレン・オオタ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。