今回は料理を通じて異文化の衝突と融合を描いた「マダム・マロリーと魔法のスパイス」(現在公開中)をご紹介する。
本作はリチャード・C.モライスの小説を原作に、スティーヴン・スピルバーグが製作に名を連ね、スウェーデン出身で「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」(1985)、「ギルバート・グレイプ」(1993)、「サイダーハウス・ルール」(1999)、「ショコラ」(2000)等の作品で知られるラッセ・ハルストレムが監督を務め、「クィーン」(2006)のエリザベス女王役でアカデミー賞主演女優賞を受賞したヘレン・ミレンが主人公であるミシュラン1つ星レストランの経営者、マダム・マロリーを演じている。
魂を再生する魔法は万国共通
映画はもう一人の主人公であるインド人シェフ、ハッサン・カダム(マニッシュ・ダヤル)の回想で始まる。カダム家はムンバイでインド料理店を経営し繁盛していた。彼は幼い頃より料理長のママ(ジューヒー・チャーウラー)から料理の真髄について教え込まれていた。
「料理というのは食材に宿っていた生命の魂を再生させる魔法なのよ」
しかし、店はヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立によって放火されて全焼し、ママは命を落としてしまう。失意の中、パパ(オム・プリ)は新規巻き直しのために移住を決断し、一家はヨーロッパへと向かう。
ロンドンから大陸へ、カダム一家は理想の土地を求めてオンボロの中古車に荷物を満載して旅を続けるが、フランス南西部ピレネー地方の村サン・アントナン(地図参照)にさしかかったところで車が故障し立ち往生してしまう。通りがかった若い女性マルグリッド(シャルロット・ルボン)に助けられた一家は、彼女の家でトマトやチーズ、オリーブ油といった食材そのものの味を生かしたフランス料理を振舞われる。そしてハッサンにとっては彼女との出会いが、母から「絶対味覚」を受け継いだ彼の料理に、国境や文化を越えた霊感を与えるきっかけとなるのである。
鳩のロティとオムレツ
一方、パパもここで車が故障したことに運命的なものを感じ、新しい店を開くのに最適な空き家を見つけるが、問題が一つ。道を隔てた真向かいにミシュラン1つ星の伝統的フレンチ・レストランでマダム・マロリーが経営する「ル・ソール・ブリョリール」があるのである。そしてマルグリッドはそのスーシェフ(副料理長)であった。
家族の反対をよそにパパは強引に準備を進めて、インド式に派手に飾り立てた料理店「メゾン・ムンバイ」をオープンし、積極的な客引きと料理長のハッサンによる味が評判を呼び人気を博する。しかし大音量の音楽やインド料理独特のスパイスの匂いは、静かで落ち着いた雰囲気を大事にする「ル・ソール・ブリョリール」にとっては迷惑以外の何物でもなく、夫の死後料理一筋に情熱を傾けて店を守ってきたマダム・マロリーには耐えがたいものだった。
彼女は町長(ミシェル・ブラン)を通じてパパに抗議を申し入れたり、市場の食材を買い占めたりといった妨害工作に出る。パパも負けじと「ル・ソール・ブリョリール」の名物料理、ロティ(ロースト)の材料である鳩を買い占め返して対抗。映画ではそんなライバル関係をユーモラスに綴っている。
マルグリッドから借りたレシピ本を通じてフランス料理に目覚めていたハッサンは、この状況に心を痛め、買い占めのお詫びに彼の作った鳩のロティをマダム・マロリーに届けるが、彼女はそれを一口食べるなりゴミ箱に捨ててしまう。しかしそれはハッサンの料理の才能を見抜き衝撃を受けた反動であった。
この戦いは思わぬ形で終結を迎えることになる。出る杭は打たれるがごとく、インド移民の成功を快く思わない“愛国者”たちが「メゾン・ムンバイ」に放火し、火を消そうとしたハッサンは両手に火傷を追ってしまう。しかし、卑怯な手を使うことを潔しとしないマダム・マロリーは、彼女のレストランのシェフであるジャン・ピエール(クレマン・シボニー)が放火犯の一人であることを知ると彼を解雇する。そして雨の中、「メゾン・ムンバイ」の壁に身内が書いた落書きを消し始める。そんな彼女にパパは傘を差しかけるのだった。
さて、マダム・マロリーはオムレツで料理人の採用を決めるということをマルグリッドから聞いていたハッサンは、ついに彼女にオムレツを作らせてほしいと頼む。それは、彼の才能をひそかに認め、シェフ不在となった店を守りたいマダム・マロリーにとっても望むところだった。彼女は手を使えないハッサンの代わりに彼の指図に従ってオムレツを作る。そのレシピは以下のようなものである。
- 【材料】(1人前/1皿分)
- 卵……3個
- 乳清……大さじ1
- 澄ましバター……大さじ1
- 牛乳……大さじ2
- 塩、コショウ……適量
- チリパウダー……適量
- コリアンダー(パクチー、香菜)……2茎
- 【作り方】
- 1. コリアンダーをよく洗い、水気を切る。葉と軸に分け、葉先のみを細かく刻んで使う。
- 2. 調理する直前にボウルに卵1個を割り入れ、乳清と牛乳を加えてフォークでよくかき混ぜ、空気を含ませる。残りの卵も1個加えるごとにフォークでよくかき混ぜる。チリパウダー、塩、コショウで味付けし、コリアンダーを加えて、さらに混ぜる。
- 3. フライパンに澄ましバターを入れ強火にかける。バターを熱したら、混ぜた卵をフライパンに注ぐ。フォークで優しくかき回し、固まってきた下部を持ち上げて、まだ固まっていない卵をその下に流し込む。焦げ目がついたら中火にし、固まり過ぎないようにする。
- 4. 卵がふわふわの半熟状になったら、かき回すのをやめ、フライパンをしっかりと揺する(またはトントンと叩く)。フライパンをほとんど垂直になるまで傾け、フォークでオムレツを支えながら軽く内側に折りたたみ、用意しておいた皿にスライドさせ、もう一度折りたたみながら皿に載せる。
(「マダム・マロリーと魔法のスパイス」パンフレット」より。
監修:ル・コルドン・ブルー日本校)
「シャープでクールでホットな味ね」
そのオムレツを一口食べたマダム・マロリーの感想である。それはベシャメル、エスパニョール、ヴルーテ、オランデーズ、トマトという5つのソースを基本にしたフランス料理と、コリアンダー、クミン、ガラムマサラ、ターメリック、レッドペッパーといったスパイスを基本にしたインド料理の出合い生み出した味であった。
ハッサンの並外れた才能を伸ばす決心をしたマダム・マロリーは頑固なパパを説得。かくしてハッサンは「メゾン・ムンバイ」から「ル・ソール・ブリョリール」への近くて遠い旅「THE HUNDRED-FOOT JOURNEY」(原題)に出発するのである……。
星なんて関係ない
以上が映画のあらすじであるが、この先の感想はネタバレを含んでいることをご留意のうえお読みいただきたい。
まず感じたのがマダム・マロリーのミシュランの星に対するこだわりの強さである。「ル・ソール・ブリョリール」は1つ星を十数年守り続けているという設定だが、彼女は毎年発表の日になるとミシュランから報告の電話がかかってくるかやきもきさせられていて、傍目からはそれが重荷になっているのではないかと気の毒に見えてしまうのだ。
料理の天才であるハッサンを得たことでこの年初めて2つ星を獲得して、彼女は束の間の幸福感を得るものの、それによって彼の評判は否が応でも外部に伝わり、パリからスカウトが大挙して押し寄せることを彼女はわかっていた。そしてハッサンはフェラン・アドリアの「エル・ブリ」(本連載第42回参照)を彷彿とさせるパリの最先端の3つ星レストランに招聘され名声を博するのだが、何か物足りなさを感じ始める。そして同僚のインド人の妻の作った弁当に故郷の味を思い出した彼は、ある決断を下すのである……。
本作は現代の料理業界に対する批評としての見方もできる作りになっている。
【マダム・マロリーと魔法のスパイス】
- 公式サイト
- http://www.disney.co.jp/movie/spice.html
- 作品基本データ
- 原題:THE HUNDRED-FOOT JOURNEY
- 製作国:アメリカ
- 製作年:2014年
- 公開年月日:2014年11月1日
- 上映時間:122分
- 製作会社:Touchstone Pictures = DreamWorks Pictures = Reliance Entertainment = Participant Media = Image Nation = Amblin Entertainment = Harpo Films
- 配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
- カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
- スタッフ
- 監督:ラッセ・ハルストレム
- 脚本:スティーヴン・ナイト
- 原作:リチャード・C.モライス:(「マダム・マロリーと魔法のスパイス」(集英社文庫刊))
- 製作総指揮:キャロライン・ヒューイット、ジョナサン・キング 、ジェフ・スコール
- 製作:スティーヴン・スピルバーグ、オプラ・ウィンフリー、ジュリエット・ブレイク
- 撮影:リヌス・サンドグレン
- プロダクション・デザイン:デヴィッド・グロップマン
- 音楽:A・R・ラフマーン
- 編集:アンドリュー・モンドシェイン
- 衣裳デザイン:ピエール=イヴ・ゲロー
- キャスティング:ルーシー・ビーヴァン
- キャスト
- マダム・マロリー:ヘレン・ミレン
- パパ:オム・プリ
- ハッサン・カダム:マニッシュ・ダヤル
- マルグリット:シャルロット・ルボン
- 町長:ミシェル・ブラン
- マンスール・カダム:アミット・シャー
- ジャン・ピエール:クレマン・シボニー
- ポール:ヴァンサン・エルバズ
- ママ:ジューヒー・チャーウラー
(参考文献:KINENOTE)