「世界一美しいボルドーの秘密」と「ぶどうのなみだ」のワイン

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ピノ・ノワール
ピノ・ノワール。「黒いダイヤ」と呼ばれる赤ワイン用ブドウ品種である

今回は、現在公開中のワインを主題にした2本の映画を取り上げる。1本目はフランスワインの名産地ボルドー地方のワインについてのドキュメンタリー「世界一美しいボルドーの秘密」(2013)、2本目は北海道の空知地方を舞台にしたフィクション「ぶどうのなみだ」(2014)である。

中国に飲み込まれるボルドーワイン

ボルドーの位置関係図
ボルドーの位置関係図(参考文献:「世界一美しいボルドーの秘密」パンフレット)

 フランス南西部のガロンヌ川河口に位置するボルドーは、テロワール(土壌、地形、気象などの外的環境)がブドウ栽培に最適な土地として知られ、地元のシャトー(ワイナリー、醸造所)で作られる高品質のワインは、古より富と権力の象徴として王侯貴族に愛飲されてきた。

 1855年、パリ万国博覧会に際し、時の皇帝ナポレオン三世の命により、初めて公式にワインの格付けが行われ、頂点の第一級にはボルドーの4つのシャトー(ラフィット、マルゴー、ラトゥール、オー・ブリオン)が選ばれた。これに1973年に昇格したシャトー・ムートン・ロートシルトを加えた「5大シャトー」が、世界最高品質のワインブランドとして認知されている。

「世界一美しいボルドーの秘密」の前半は、こうしたボルドーワインの歴史について、シャトーの経営者や評論家へのインタビューを通して紹介している。

 映画の後半は、ボルドーワインの繁栄の裏でうごめく世界市場とグローバル経済の影響力が描かれる。ボルドーでは前年に収穫したブドウから造るワインを毎年4月にバイヤーや評論家が試飲し、その評価をもとに売り手と買い手の需給バランスを加味してその年のワインの販売価格を決める。

 このプリムールと呼ばれる先物取引の顧客はかつては欧米が主であったが、21世紀になって市場を席巻しているのが中国の富豪たちである。2008年に香港がワインの関税を撤廃したのがきっかけに、中国はたった5年でボルドーワインの生産量の10%以上、金額で15%以上を輸入する世界最大のワイン消費国になり、その膨大な需要がバブルともいえる状況を作り出している。

 テロワールの条件が揃った作柄の良い年のワインは「ヴィンテージ」と呼ばれ高値で取引されるが、最近では2009年と2010年が滅多にない2年続きのヴィンテージ・イヤーとなった。当然価格は高騰し、2005年には1本7万円前後だったプリムール販売価格が2010年には倍以上の15万円まではね上がったが、一転オフ・ヴィンテージ(外れ年)となった翌2011年には価格は暴落し、シャトーは大きな危機に直面した。

 この映画の原題「レッド オブセッション」のオブセッションとは取り憑かれるという意味だが、レッドはワインの赤と中国を象徴する色をかけたものである。

 しかし、この中国の台頭も時の権力者に左右されてきたボルドーの歴史の1ページに過ぎず、造り手たちの畑とワインにかける情熱がこれからもボルドーの伝統を支えていくことだろう。

「ぶどうのなみだ」とは

ピノ・ノワール
ピノ・ノワール。「黒いダイヤ」と呼ばれる赤ワイン用ブドウ品種である

「ぶどうのなみだ」とは厳しい冬を乗り越えて春を迎えたブドウの木が雪解け水を吸い上げ小さな枝から落とすひとしずくのことである。

 主人公のアオ(大泉洋)は指揮者を夢見て、空知で農場を経営する父(大杉漣)と弟ロク(染谷将太)の反対を押し切って上京するが、成功を目前にして突発性の難聴を患い、音楽の道は閉ざされてしまう。

 傷心のうちに帰郷した彼は、かつて「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭を産出した空知の地で今は亡き父が植えたブドウの古木の側に「黒いダイヤ」と呼ばれる赤ワイン用ブドウ品種、ピノ・ノワールの畑を作り、醸造に没頭することで過去を忘れようとするが、どうしても土臭さが抜けず理想のワインができないでいた。

 そんな彼を父の小麦畑を受け継いだロクや周囲の人々は心配しながらも静かに見守っていた。

 ある日、1台のキャンピングカーがアオのブドウ畑のそばに停車した。降り立った女性エリカ(安藤裕子)は、ダウジングのようなL字型の棒を使ってこの地を探し当てたらしく、ブドウの生育に影響すると迷惑がるアオをよそにスコップで大きな穴を掘り始める。

 彼女は1億年の大昔、空知が海だった頃の地層から採れるアンモナイトの化石を探していた。その理由は後に明らかになるのだが、石炭の元となった木の化石が眠る5000年前の地層を経て現在のブドウ畑の表土まで、土は生き物の生きた証である死骸が積み重なってできていると彼女は言う。アオもまた、一度死んだブドウをワインとして再生させるのを無意識のうちに自らの境遇に準えていたのであった。

 秋が深まり、新しいワインの樽を開ける日がやってくるが、ワインの味はアオの理想にはほど遠く、彼は自分の殻に閉じこもってしまう。そんな中、エリカが置手紙を残して姿を消し、それを呼んだアオはある決意を固める……。

 北海道は明治時代に開拓使によって葡萄酒醸造所が作られた日本のワイン発祥地の一つであり、現在でも全国有数のワイン用ブドウの生産地である(表)。棚式の栽培法が主流の府県に対し、広い耕地面積を生かした欧米と同様の垣根式の栽培が主流で、冷涼な気候を生かしたドイツ系の白ワインが代表的だが、赤ワインへの取り組みも目覚しいものがある。

 中でも空知は、447haという日本最大級の広大なブドウ畑をもつ鶴沼ワイナリーや、本作のモデルとなった5人家族経営で小量ながら質の高いワインをすべて自社畑のブドウで造っている山崎ワイナリーなど、新たなワインの産地として注目を集めているエリアである。

 また、本作では、エリカがキャンピングカーの前でワインと共に皆に振舞う「八列とうきび」「まさかりかぼちゃ」といった地場野菜を使った料理も見所の一つである。これらの料理は「しあわせのパン」(2011)に続いて三島有紀子監督作品のフードコーディネートを担当した石森スタジオによるものである。

●都道府県別の醸造用ブドウ収穫量

順位都道府県名醸造用収穫量(単位:t)
1長野3645.0
2山梨2754.7
3北海道1379.5
4山形737.1
5岩手411.9
「平成22年産特産果樹生産動態等調査」ぶどう用途別仕向実績調査より


【世界一美しいボルドーの秘密】

公式サイト
http://www.winenohimitsu.com/
作品基本データ
原題:RED OBSESSION
製作国:オーストリア 中国 フランス イギリス 香港
製作年:2013年
公開年月日:2014年9月27日
上映時間:78分
製作会社:Lion Rock Films
配給:アットエンタテインメント
カラー/アスペクト比:カラー/16:9
メディアタイプ:ビデオ 他
スタッフ
監督:デヴィッド・ローチ、ワーウィック・ロス
製作総指揮:ロバート・コー
製作:ワーウィック・ロス
製作補:アンドリュー・カイアード
撮影:スティーヴ・アーノルド、リー・プルブロック
音楽:ブルクハルト・フォン・ダルウィッツ
編集:ポール・マーフィー
キャスト
出演:ロバート・パーカー
ナレーション:ラッセル・クロウ

(参考文献:KINENOTE)

【ぶどうのなみだ】

公式サイト
http://budo-namida.asmik-ace.co.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2014年
公開年月日:2014年10月11日
上映時間:117分
製作会社:『ぶどうのなみだ』製作委員会
配給:アスミック・エース
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:三島有紀子
企画:鈴木亜由美
プロデュース:森谷雄
プロデューサー:岩浪泰幸
撮影:月永雄太
照明:木村匡博
録音:浦田和治
美術:黒瀧きみえ
編集:加藤ひとみ
音楽:安川午朗
フードスタイリスト:石森いづみ
キャスト
アオ:大泉洋
エリカ:安藤裕子
ロク:染谷将太
警官のアサヒさん:田口トモロヲ
郵便屋の月折さん:前野朋哉
リリさん:りりィ
バーバーミウラ:きたろう
アオとロクの父親:大杉漣
エリカの母親:江波杏子

(参考文献:KINENOTE、「ぶどうのなみだ」パンフレット)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。