「グランド・ブダペスト・ホテル」メンドルのコーティザン・オ・ショコラは恋の味

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「パティスリー・メンドル」の箱
ピンク色にブルーのリボンがお洒落な「パティスリー・メンドル」の箱

今回は先日公開された「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014)に登場した魅力的なお菓子、コーティザン・オ・ショコラをご紹介する。

 この映画は、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)や「ライフ・アクアティック」(2005)、「ダージリン急行」(2007)、「ムーンライズ・キングダム」(2012)等の作品で才気溢れる演出を見せたウェス・アンダーソン(以下、WA)が、20世紀前半に活躍したオーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクの著作にインスピレーションを得て書き下ろしたオリジナル脚本を映像化した8作目の長編監督作品である。山田洋次監督の「小さいおうち」(2014)の主演女優、黒木華が銀熊賞(女優賞)を受賞したことで話題となった今年の第64回ベルリン映画祭でオープニング上映され、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞したドラメディ(ドラマ+コメディの造語)である。

現在と過去、そのまた過去

 タイトルにあるホテルが舞台だが、このホテルはハンガリーの首都ではなく、壮麗な山脈を臨むヨーロッパ大陸東端にあった架空の国、ズブロフカ共和国の保養地、ネベルバートに建っている(実際のロケはとチェコ国境沿いにあるドイツ東端の町ゲルリッツの廃デパートで行われた)。1930年代にファシストの侵攻によって消滅したこの国の国民的大作家(トム・ウィルキンソン)の代表作が「グランド・ブダペスト・ホテル」という設定で、現代(1985年)、彼がこの小説の着想を得たホテルでの体験を回想する形で物語はスタートする。

 1968年、かつての繁栄は失せ、寂れて廃墟になりかけていたグランド・ブダペスト・ホテルに療養のために逗留していた若き日の作家(ジュード・ロウ)は、ズブロフカきっての富豪でこのホテルのオーナーでもある不思議な老人、ミスター・ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)と出会う。かつてこのホテルでロビーボーイ(ベルボーイ)をしていたというムスタファの1932年の思い出話が、この映画の本筋となる。

 つまり、作家の回想に登場する老人の回想という入れ子構造になっていて、すべてが架空である設定とあいまって、物語は伝説あるいは神話的な色彩を帯びることになる。WAは、1932年のシーンは1:1.37のスタンダードサイズ、1968年のシーンは1:2.35のシネマスコープサイズ、1985年のシーンは1:1.85のビスタサイズというその当時に流行した異なるアスペクト比(画面の縦横比)を採用することで、さらにその独特の世界観を強調している。

騒動に巻き込まれるスイーツ

「コーティザン・オ・ショコラ」
「コーティザン・オ・ショコラ」。色とりどりのアイシングが目にもおいしいシュークリームタワーである

 1932年、中東から戦争難民としてこの地にやって来た若き日のムスタファ=ゼロ(トニー・レヴォロリ)がホテルのロビーボーイとして働き始めた頃、伝説のコンシェルジェと呼ばれたムッシュ・グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)が彼の師匠であり保護者であった。グスタヴは究極のおもてなしを信条としており、そのためにはマダムたちの夜のお相手も厭わず、多くの上顧客は彼目当てにこのホテルを訪れていた。

 そんなある日、上顧客のひとりマダムD(ティルダ・スウィントン)が何者かに殺害される事件が起こり、グスタヴとゼロは彼女の眠るルッツ城へと向かう。折りしも城ではマダムDの息子ドミトリー(エイドリアン・ブロディ)ら親類が集まり遺産相続の話し合い中であったが、代理人コヴァックス(ジェフ・ゴールドブラム)の読み上げる遺言状には、最も価値のある遺産である絵画『少年と林檎』をグスタヴに送ると書かれていた。しかし、『少年と林檎』を得るためにグスタヴが彼女を殺害したのではという嫌疑がかかり、彼は刑務所に収監されてしまう。

 ゼロの手引きで脱獄に成功した彼は、一流ホテルのコンシェルジェが所属する秘密結社の力を借りて、ゼロと共に疑いを晴らすべく奔走するというのが、大まかなストーリーである。

「パティスリー・メンドル」の箱
ピンク色にブルーのリボンがお洒落な「パティスリー・メンドル」の箱

 さて肝心のコーティザン・オ・ショコラであるが、ホテル近くの「パティスリー・メンドル」で作られているという設定。チョコレート味のフィリングを包んだ大・中・小のシュー生地をそれぞれラベンダー、ミントグリーン、ピンクのアイシング(砂糖衣)でコーティングし、三段重ねにした“シュークリームタワー”で、ピンク色にブルーのリボンがかかったお洒落なメンドルの箱に納められ、ホテルの上顧客の手土産としても重宝されている。

 グスタヴはこの店がお気に入りで、ゼロがグスタヴに最初に言いつけられた仕事も「メンドルに行ってペストリーを買ってこい」だった。そしてゼロが最愛の人アガサ(シアーシャ・ローナン)と出会うのもこの店。彼女もまた難民出身でメンドルにケーキ職人として雇われ、コーティザン・オ・ショコラもパレットナイフ使いとクリーム盛りの達人である彼女が作っていた。

 しかし、彼女とゼロとの関係が深まるにつれ、彼女の作るスイーツも否応なくこの騒動に巻き込まれていく。刑務所のグスタヴへの差し入れのケーキに脱獄のための道具を忍ばせたり、ファシストの侵攻で兵舎となったホテルに配達員を装って潜入したりと、コーティザン・オ・ショコラは物語の重要な場面でさまざまに利用された末に、クライマックスのシーンではゼロとアガサの命を救ったりもするのだが、そこは実際に映画を観て確認していただきたい。

実際に作ってみよう

 コーティザン・オ・ショコラは、映画が公開された6月に東京の中目黒にある野菜スイーツ専門店「パティスリー・ポタジエ」(http://www.potager.co.jp/)でタイアップ企画として期間限定で販売されていたが、現在は終了しているため食べたいと思ったら自分で作るしかない。

 前々回「ぼくを探しに」(本連載第81回参照)のシューケットより難易度は高いものの、映画のオフィシャルサイト(http://www.foxmovies.jp/gbh/site/)でアガサが手順を追ってコーティザン・オ・ショコラを作る特別映像が説明字幕付きで公開されているので、下記のレシピと合わせて是非挑戦していただきたい。

【材料】
シュー皮
小麦粉 1カップ
水 1カップ
バター 1/4ポンド(約114g)
卵 4個
塩 ひとつまみ
砂糖 ひとつまみ(気持ち多め)
フィリング
牛乳 1と1/2カップ
セミスイートチョコレート 適量
卵黄 3個
砂糖 1/4カップ
ココアパウダー 小さじ2
小麦粉 大さじ1
コーンスターチ 大さじ数杯(とろみ用)
デコレーション
アイシング(粉砂糖、バニラエッセンス、牛乳)
着色料(ピンク、ミントグリーン、ラベンダー、ブルー)
ホワイトチョコレート
ココアビーンズ など適宜
【作り方】
(1)鍋に水、バター、塩、砂糖を入れて沸騰させる。
(2)鍋を火から下ろし、ふるいにかけた小麦粉を手早く混ぜる
(3)再び数分火にかけ、生地がひと塊になるまでかき混ぜる。
(4)生地が冷めたところで溶き卵を少しずつ入れ、木べらでゆるく混ぜる。
(5)(4)の生地を絞り袋に入れて、クッキングシートを敷いた天板に大・中・小の大きさで絞り出す。第は軽量スプーンの大さじサイズ、中は小さじサイズ、小はヘーゼルナッツくらいの大きさに。
(6)180℃のオーブンで25~35分焼く。
(7)焼けたらオーブンから取り出し、裏からフィリングを入れる小さな穴を開けて蒸気を逃がす。シュー皮の完成。
(8)フィリングを作る。牛乳を弱火にかけ、チョコレートを投入。チョコが溶けるまでよく混ぜる。
(9)ボウルに卵黄、小麦粉、砂糖、ココアパウダー、コーンスターチを入れてなめらかになるまで混ぜる。
(10)⑨のボウルに⑧のチョコレートミルクを半分入れ、絶えず混ぜる。
(11)よく混ざったボウルの中身を⑧の鍋に戻す。再び加熱し、とろみがつくまでよく混ぜる。
(12)火から下ろし、冷めたら絞り袋に入れ、シュー皮にたっぷり入れる。
(13)最後にデコレーション。粉砂糖にバニラエッセンス、牛乳を混ぜ、3つのボウルに分ける。着色料を混ぜてアイシングを作る。
(14)大はラベンダー、中はグリーン、小はピンクのアイシングにつける。
(15)乾いたら、ホワイトチョコで飾り付ける。
(16)大のシューのトップに少量のアイシングを乗せ(淡いブルーが望ましい)、中のシューをその上にやさしく乗せる。繰り返して、小を重ねる。
(17)口金で星形に絞り出したアイシングの上に、飾りのココアビーンズを乗せたら、できあがり!

(「グランド・ブダペスト・ホテル」パンフレットより)


【グランド・ブダペスト・ホテル】

公式サイト
http://www.foxmovies.jp/gbh/site/
作品基本データ
原題:The Grand Budapest Hotel
製作国:イギリス=ドイツ
製作年:2014年
公開年月日:2014年6月6日
上映時間:100分
製作会社:Scott Rudin Productions, Indian Paintbrush, Studio Babelsberg, American Empirical Pictures
配給:20世紀フォックス映画
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)、アメリカンビスタ(1:1.85)、シネマスコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ウェス・アンダーソン
発案:ウェス・アンダーソン、ヒューゴ・ギネス
脚本:ウェス・アンダーソン
製作総指揮:モーリー・クーパー
製作:ウェス・アンダーソン、スコット・ルーディン、スティーヴン・レイルズ、ジェレミー・ドーソン
撮影監督:ロバート・イェーマン
プロダクション・デザイン:アダム・ストックハウゼン
音楽:アレクサンドル・デスプラ
編集:バーニー・ピリング
衣裳デザイン:ミレーナ・カノネロ
音楽スーパーバイザー:ランドール・ポスター
キャスト
ムッシュ・グスタヴ・H:レイフ・ファインズ
ゼロ:トニー・レヴォロリ
ミスター・ムスタファ:F・マーレイ・エイブラハム
セルジュ・X:マチュー・アマルリック
ドミトリー:エイドリアン・ブロディ
ジョブリング:ウィレム・デフォー
代理人コヴァックス:ジェフ・ゴールドブラム
ルートヴィヒ:ハーヴェイ・カイテル
若き日の作家:ジュード・ロウ
ムッシュ・アイヴァン:ビル・マーレイ
ヘンクルス:エドワード・ノートン
アガサ:シアーシャ・ローナン
ムッシュ・ジャン:ジェイソン・シュワルツマン
クロチルド:レア・セドゥ
マダムD:ティルダ・スウィントン
作家:トム・ウィルキンソン
ムッシュ・チャック:オーウェン・ウィルソン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。