「マダム・イン・ニューヨーク」のラドゥ

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ラドゥ
インドの伝統的菓子、ラドゥ。地域によってさまざまなバリエーションがある

現在公開中の「マダム・イン・ニューヨーク」(2012)は、ボリウッド(第53回参照)の新人女性監督ガウリ・シンディのデビュー作で、邦題の通りニューヨークを舞台にインド人の主婦が苦手な英語を克服すべく奮闘するドラマである(原題は英語をもじった「ENGLISH VINGLISH」)。

ラドゥとインド女性のプライド

ラドゥ
インドの伝統的菓子、ラドゥ。地域によってさまざまなバリエーションがある

 シャシ(シュリデヴィ)は、ムンバイの中流家庭で外資系企業に勤めるビジネスマンの夫サティシュ(アディル・フセイン)と姑、ミッションスクールに通う長女サプナと弟サガルの二人の子供と暮らすごく普通の主婦である。

 彼女は、家事の傍ら得意の料理の腕を生かし、贈答用の菓子ラドゥのケータリングサービスを営んでいた。ラドゥは、インドで結婚式やヒンドゥー教の行事といったお祝いの席に出される菓子で、ベサン(ヒヨコ豆の粉)に砂糖やギー(澄ましバター)等を練り込み団子状にして揚げたものである。

 インドの伝統的な衣装であるサリーをまとった彼女は、一見古風な専業主婦に見えるが、内心では一人の人間として認められたいと強く願っていて、ラドゥの副業もその表れと思わせる。しかし、家庭内での彼女は英語が話せないことを夫や娘にからかわれ、コンプレックスを抱いていた。夫も悪気はないのだが、「学校に行きたくなければ家でラドゥでも作ってろ!」と息子を叱る他愛ない言葉が、繊細な彼女を傷付けていたのである。

ラドゥのアントレプレナー

 そんなある日、シャシはニューヨークで暮らす姉マヌ(スジャーター・クマール)から姪の結婚式の準備の手伝いを頼まれ、式に出席する家族より一カ月前に単身渡米することになる。

 飛行機で隣の席になった男(アミターブ・バッチャン)から一度しかない初めての体験を楽しむよう励まされる彼女だったが、初めて入ったコーヒーショップではまともな注文ができず、大失態をやらかしてしまう。やはりフランスから来たばかりで英語が苦手なロラン(メーディ・ネブー)が彼女を慰めるが、そんなシャシの目に飛び込んできたのが「4週間で英語が話せるようになります」という英会話学校のバス広告だった。

 彼女は姉たちには内緒で学校に通うことを決意する。最初の授業の自己紹介でラドゥを作って売っていることを話すと、担任のデヴィッド先生は「この教室にはアントレプレナー(起業家)がいます」と単語の紹介がてら彼女をほめる。そのおかげで彼女は自信を取り戻すと同時に、結婚式までに英語を必ずマスターしようというモチベーションが湧いてくるのであった。

ラドゥが阻む最終試験

 もう一つ、彼女に女性としての自信を取り戻させたのが、英会話学校で再会したロランの求愛であった。ホテルでコックをしている彼は、「フランスのラドゥです」と言って手作りのクレープを彼女に差し出す。シャシは戸惑うが、遅れてニューヨークに到着した夫と子供がいる家庭がいちばん大事であることに揺るぎはなかった。

 やがて英会話学校も終わりが近付き、総仕上げの最終試験の日程が発表されるが、その日は結婚式の当日であった。彼女にはお祝いのラドゥを作るという大仕事が残されていたが、式は午後からなので朝早く支度を済ませば何とか午前中の試験には出られそうだった。しかし、息子のサガルのちょっとしたいたずらでせっかく作ったラドゥは台無しになってしまう。作り直すことを決めた彼女は最終試験に出席できるのか。また、結婚式で彼女の努力は報われるのか……。

ラドゥはここで食べられます

 東京都内に11店舗を構えるインドレストラン「ムンバイ」(http://www.mumbai.co.jp/)では、映画のタイアップ企画として期間限定でラドゥを提供している。映画観賞券の半券持参でサービスもあるとのことなので、映画を観てラドゥを食べてみたいと思われた方は試してみてはいかがだろうか。


【マダム・イン・ニューヨーク】

公式サイト
http://madame.ayapro.ne.jp/
作品基本データ
原題:ENGLISH VINGLISH
製作国:インド
製作年:2012年
公開年月日:2014年6月28日
上映時間:134分
製作会社:Hope Productions
配給:彩プロ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:ガウリ・シンディ
製作:スニル・ルッラー、R・バルキ、ケシュ・ジュンジュンワラ、R・K・ダマニ
撮影:ラックスマン・ウテカー
音楽:アミト・トリヴェーディー、ムスタファ・ステーションワラ
編集:ヘマンティ・サーカー
キャスト
シャシ:シィリデヴィ
サティシュ:アディル・フセイン
ローラン:メーディ・ネブー
飛行機でシャシの隣の席になる乗客:アミターブ・バッチャン
ラーダ:プリヤ・アーナンド
マヌ:スジャーター・クマール

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。