「六月燈の三姉妹」の「かるキャン」と鹿児島の風物

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かるキャン
外観はアイスキャンディーのような「かるキャン」。抹茶味とチョコ味がある。

現在公開中の「六月燈の三姉妹」(2013)に登場する創作和菓子をはじめとする鹿児島の食べ物の数々をご紹介する。

六月燈(ろくがつどう)とは

 六月燈(六月灯)は、旧暦6月(現在は7月頃)に鹿児島県全域と宮崎県の一部 (都城市など)を含む旧薩摩藩領の地域で行われるお祭りで、薩摩藩第二代藩主島津光久が上山寺新照院に観音堂を建立し、供養のために燈籠を灯したのを領民たちが見習ったことが始まりとされている。地元では「ロクガッドー」の呼び名で親しまれ、7~8月上旬の期間中には神社仏閣に和紙などで作った燈籠が奉納され、各地で日にちを違えて毎日のように縁日が開かれている(※1)。

 本作は、大型ショッピングセンターの進出でシャッター通りと化した鹿児島の小さな商店街にある家族経営の老舗和菓子店「とら屋」の人々の人間模様を、離婚を決意して東京から実家に戻ってきた次女の奈美江(吹石一恵)を中心に、六月燈前後の3日間に凝縮して描いたコメディタッチのドラマである。

「とら屋」でなく「バツ屋」

「とら屋」を経営する中薗家の家族構成は少々複雑で(人物相関図参照)、先代の娘で経営者の惠子(市毛良枝)には二度の離婚歴があり、最初の夫との間に長女の静江(吉田羊)と奈美江、二人目の夫で離婚後も店で菓子職人として働く有馬眞平(西田聖志郎)との間に三女の栄(徳永えり)をもうけている。

「六月燈の三姉妹」人物相関図
「六月燈の三姉妹」人物相関図

 奈美江は3歳の時に両親が離婚し、父について東京に行ったため鹿児島弁を解さず、“種違い”の妹の栄とはもちろん、姉の静江とも微妙な距離感がある。静江もまた菓子職人の夫と離婚、奈美江は都城出身で東京で税理士事務所を経営する平川徹(津田寛治)と嫁姑関係が原因で離婚調停中、栄は婚約破棄と、母娘そろって男運に恵まれず、惠子は自嘲気味に屋号を「とら屋」でなく「バツ屋」に変えようかと娘たちに言う始末である。

「東京ばな奈」と「かるキャン」

かるキャン
外観はアイスキャンディーのような「かるキャン」。抹茶味とチョコ味がある。

 物語は徹が奈美江を連れ戻すため、東京から「とら屋」を訪ねて来る場面から始まる。急いで飛行機に乗ったと言うが、お菓子屋さんへの手土産が「東京ばな奈」というところが彼の狼狽ぶりを示している。

 折りしも「とら屋」では客足の減少を少しでも食い止めようと新商品の開発に力を注いでおり、夫婦の深刻な話し合いの最中にも奈美江は試食に駆り出される。その新商品とは、鹿児島特産の和菓子「軽羹」(かるかん)にチョコや抹茶のクリームをコーティングしてアイスキャンディー状にしたもので、一般的な軽羹が米粉と砂糖、山芋を原料としているのに対し、眞平が鹿児島中の畑を探し回って探し当てた「こなみずき」という新品種のサツマイモのでん粉を山芋の代わりに使っているとことがミソである。

「こなみずき」のでん粉は、でん粉粒の中央に亀裂をもつ特殊な形態で、従来のでん粉用品種よりも低い温度で糊化する特徴を持っている。このため糊化後に冷蔵保存しても、形状や滑らかさを長期間保持できるのである(※2)。

「とら屋」は店の命運を賭けて翌日から始まる近所の神社の六月燈の縁日でこの新商品を試験販売しようとしていた。店の大事に離婚話も一時休戦となり、徹も準備を手伝う。そこで彼が思いついたネーミングが「かるキャン」である。

「かるかんをクリームで包み込んでキャンディーみたいにするやろ。かるかんキャンディー、縮めて『かるキャン』」

 もはや中薗家とは他人になろうとしている彼の空気の読めない発言に一瞬白けた空気が漂うが、一同思い直してそれはいいかもということになり、三姉妹も「かるキャン」にちなんで往年のアイドル、キャンディーズの「暑中お見舞い申し上げます」を縁日の舞台で披露するなど一大キャンペーンに発展し、奈美江と徹のその後の関係にも影響していく。

「薩摩揚げ」と「ポテおごじょ」

 大型店舗に存在を脅かされている「とら屋」であるが、菓子職人になる夢を抱いていた三女の栄は実父の眞平からお前は手先が不器用だと言われて傷付き、九州新幹線の終点である鹿児島中央駅近くのデパ地下にある薩摩揚げ店で売り子として働いていた。

 薩摩揚げは鹿児島では「つけあげ」とも呼ばれ、その発祥については諸説あるが、魚肉のすり身をでん粉と混ぜて油で揚げた琉球伝来の「チキアーギ」という食べ物が訛って「つけあげ」になったという説が有力である(※3)。

 そのデパートの案内係の妻子ある男性と不倫関係にあった栄だが、姉たちの協力もあってすったもんだの末に関係を清算し、長年の夢であった菓子職人として再出発することを決意する。

 眞平に隠れて夜中にこっそり創作和菓子の開発に努力し、晴れてお披露目したのが「ポテおごじょ」。スイートポテトと鹿児島の女性の方言である「薩摩おごじょ」をかけたネーミングの菓子を試食した父が、そのおいしさに今まで前夫の娘たちに気兼ねして実娘に厳しく当たっていたことも忘れ涙を流す場面は、この映画の「泣かせどころ」の一つである。

「ちゃわんむしの歌」

 冒頭、奈美江が「かるキャン」の串を買い出しに行った鹿児島港で、六月燈に奉納する燈籠を作っていた幼い三姉妹が口ずさんでいたのが、鹿児島のわらべ歌「ちゃわんむしの歌」である。

♪うんだもこら(あらまあ)
いけなもんな(どうしたことでしょう)
あたいげどん(わたしのところの)
ちゃわんなんだ(ちゃわんなどは)
ひにひにさんども あるもんせば(毎日三度も洗いますので)
きれいなもんごわんさ(きれいなもんですよ)
ちゃわんについた むしじゃろかい(ちゃわんについた虫ですか)
めごなどけあるく むしじゃろかい(かごなどをはねあるく虫ですか)
まこて げんねこっじゃ(ほんとうに はずかしい)

 この歌は、ある料理店主が茶碗蒸しの「蒸し」を、自分の店の茶碗に「虫」が付いていたと勘違いした笑い話がもとになっているが(※4)、物語の中で衝突と和解を経た三姉妹が夜道を歩きながら誰からともなく口ずさむ場面で再び使われている。鹿児島弁を忘れてしまった奈美江も、幼少時に刷り込まれた歌の記憶までは消えていなかったという、家族の絆を示すシーンとなっている。

「とら屋」の名の由来

 映画では、鹿児島市鴨池地区の真砂商店街に実在する店をロケ地に使っているが、この地区にはかつて1916年に開園した鴨池動物園があった(1972年に平川町に移転)。そのトラの檻が目の前にあったのが店の名の由来だと劇中では述べている。

 ちなみに「とら屋」と聞いて映画好きなら真っ先に思い出すのが「男はつらいよ」(第30回参照)に登場する葛飾柴又にある寅さんのおいちゃんおばちゃんの団子屋「とらや」であるが、第40作「寅次郎サラダ記念日」(1988)からは屋号が「くるまや」に変わっている。その辺の事情についてはまた別の機会に取り上げたい。

参考文献

※1 「六月燈の三姉妹」パンフレット
※2 農研機構「こなみずき」
https://www.naro.affrc.go.jp/project/results/research_digest/digest_kind/digest_poteto/027255.html
※3 鹿児島 いちき串木野 総合観光ガイド
http://ichiki-kushikino.com/about.html#tsukiage
※4 NHK「にほんごであそぼ」
http://www.nhk.or.jp/kids/nihongo/song/index_47.html

【六月燈の三姉妹】

公式サイト
http://6gatsudo.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2013年
公開年月日:2014年5月31日
上映時間:104分
製作会社:「六月燈の三姉妹」製作委員会(パディハウス=薩摩酒造=鹿児島テレビ放送)(制作協力 シネムーブ)
配給:ビーズインターナショナル
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:佐々部清
脚本:水谷龍二
企画:西田聖志郎
キャスト
平川奈美江:吹石一恵
中薗静江:吉田羊
中薗 栄:徳永えり
平川 徹:津田寛治
中薗惠子:市毛良枝
有馬眞平:西田聖志郎
阿久根紀夫:井上順
中村京子:重田千穂子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。