「コーヒー&シガレッツ」のコーヒーたち

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第1話「変な出会い」のテーブルの上
第1話「変な出会い」のテーブルの上。ロベルトが一人で注文したエスプレッソのデミタスカップがいくつも並んでいる

立春まであと十日ほどとは言え大寒のこと、まだまだ寒い日が続く。温かいコーヒーがうれしい季節である。そこで今回はコーヒーを主題にした映画、その名も「コーヒー&シガレッツ」(2003)をご紹介する。

テーブルに並んだコーヒーが物語るもの

 本作はインディーズ映画の雄、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984)や「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1991)等の作品で知られ、現在「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013)が公開中のジム・ジャームッシュが監督・脚本を手がけた。

 他の長編と並行して撮り貯めてきた11本の短編をまとめたオムニバス映画で、各話ともこれといったストーリーは存在せず、登場人物がコーヒーを飲み、タバコを吸いながらとりとめもない会話をするというだけの内容だ。しかし、俯瞰で撮影したテーブルに並ぶコーヒーやタバコの配置が、それぞれのエピソードを特徴付けている。

第1話「変な出会い」のエスプレッソ

第1話「変な出会い」のテーブルの上
第1話「変な出会い」のテーブルの上。ロベルトが一人で注文したエスプレッソのデミタスカップがいくつも並んでいる

 この連作の発端となった第1話「変な出会い」は、アメリカの人気テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」(米国NBC)の依頼を受けたジャームッシュが、直前に撮り終えた長編「ダウン・バイ・ロー」(1986)に出演したイタリア人コメディアン、ロベルト・ベニーニを使って即興的に撮り上げたものである。

 ベニーニがイタリア訛りのきつい英語でまくし立てるのを共演のスティーヴン・ライトがよく理解せずに相槌を打つというちぐはぐなやり取りがおかしみを生んでいる。

 テーブルにはエスプレッソのデミタスカップがいくつも並べられ、ベニーニの落ち着きのない仕草の表現に一役買っている。

第2話「双子」のアメリカンコーヒー

 第2話「双子」は、工藤由貴と永瀬正敏が出演したことでも話題となったオムニバス映画「ミステリー・トレイン」(1989)と同時期に撮られた短編で、同作品と同じくロックの神様エルビス・プレスリーが育った町メンフィスを舞台にしている。

「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1989)等を監督したスパイク・リーの弟と妹であるサンキ・リーとジョイ・リーが演じる黒人の双子が、メンフィスのカフェで他愛もないことで口論しているところにウェイターのスティーヴ・ブシェミが割って入り、ご当地の英雄“キング”プレスリーの自慢話を始める。すると二人は一転して共同戦線を張り、プレスリーは黒人音楽のパクリだと言ってウェイターをやり込めにかかる。

 広口のカップに注がれたアメリカンコーヒーをまずそうに飲む二人の仕草がいかにも双子らしい。

第3話「カリフォルニアのどこかで」のブレンドコーヒー

 1993年のカンヌ国際映画祭短編部門でパルム・ドールを受賞した第3話「カリフォルニアのどこかで」には、ジャームッシュ作品常連のトム・ウェイツとイギー・ポップが出演している。

 俳優でありミュージシャンでもある彼らが薄暗いカフェでコーヒーを飲みながら、音楽をはじめとするさまざまな話で盛り上がるが、ちょっとした言葉の綾で気まずい雰囲気になり、トムは帰っていく。

 一人残されたイギーがテーブルに置かれたコーヒーデカンタから自分でお代わりを注ぐ姿はどこか寂しげに映る。

第4話「それは命取り」の豆菓子

 ジョー・リガーノとヴィニー・ヴェラの老人二人が、コーヒーを飲みながらタバコの害について議論し合う。途中ヴェラの息子が入ってきて日本製の豆菓子をジョーに食わせるのだが、それすら毒だと言って受け付けない彼の健康オタクぶりがおかしい。

第5話「ルネ」のコーヒーのお代わり

 いわくありげな美女(ルネ・フレンチ)が一人で雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいるところにウェイター(E・J・ロドリゲス)がやって来てコーヒーのお代わりを勧めたり何かとお節介を焼くのだが、彼女が読んでいる記事を見て思わず黙ってしまう。迷惑を口に出さず無言の圧力で拒絶するルネのミステリアスな魅力が光る。

第6話「問題なし」のコーヒーの飲み方

 パリのカフェで一人コーヒーを飲みながらサイコロを振るアレックスが友人イザックと再会する。アレックスに電話で呼び出されたイザックはしきりに彼のことをを心配するが、彼は何も問題ないと答える。しかしそれが強がりであることはコーヒーの飲み方に表れている。

第7話「いとこ同士」のエスプレッソのタブル

「エリザベス」シリーズ(1998~)や「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ(2001~)で知られる大女優ケイト・ブランシェットが、彼女本人を地でいくハリウッドセレブと奔放な性格の従姉妹シェリーの二役を演じている。

 高級ホテルの喫茶室で二人が注文したのが大きめのカップに注がれたエスプレッソのダブル。コーヒーを運んできたウェイトレスにまで営業スマイルを振りまくケイトと、大量に入れた角砂糖を指でかき混ぜるシェリーの行儀の悪さが好対照をなしている。

第8話「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」のコーヒースプーン

 テスラコイルとはニコラ・テスラが発明した共振変圧器で、低電圧・高電流を高周波・高電圧・低電流に変える装置であるが、エセ科学の小道具として片付けられることが多い。ジャックはメグにその素晴らしさを説きコロナ放電の実験を見せるが、機械は途中で止まってしまう。

 原因を調べるためにジャックが帰った後、メグはスプーンでコーヒーカップを叩いて共振に思いを馳せる……。放電の見た目の派手さは「フランケンシュタイン」(1931)等大昔のSF映画を連想させる。

第9話「いとこ同士?」の紅茶

 アメリカ人俳優アルフレッドが家系図を調べて親戚だとわかったイギリス人俳優スティーブと会う話で、テーブルにはコーヒーではなく紅茶とビスケットが並べられている。突然の申し出にスティーブはアルフレッドがゲイではないかと疑い電話番号を教えるのも断るが、彼が「マルコビッチの穴」(2009)等で有名なハリウッド監督スパイク・ジョーンズと親しいとわかると手の平を返したような態度に出る。しかし時すでに遅しで後悔先に立たずという教訓話めいたエピソードである。

第10話「幻覚」のコーヒーデカンタ

 GZA、RZAというヒップホップ・アーティストのコンビが紅茶を飲みながらコーヒーは幻覚作用があるという話をしていたところにコーヒーのお代わりを運んできたのは何と「ゴースト・バスターズ」(1984)で有名な映画俳優のビル・マーレー。なぜこんなところでウェイターをしているのかは謎のまま二人の会話に参入し、コーヒーデカンタで乾杯してラッパ飲み。コーヒーの幻覚作用をインディーカーの車載カメラにたとえたラッパーたちの話に首を激しく振り回して反応する姿は爆笑ものである。

第11話「シャンパン」の紙コップのコーヒー

 二人の老人が静かな武器庫の中で耳を澄ますと聞こえてくるのはマーラーの歌曲「私はこの世に忘れられて」の一節。二人はまずい紙コップのコーヒーをシャンパンに見立てて乾杯する。作品を締めくくるエピローグ的な内容である。

 こうして見ていくと、各話に共通するのはすれ違うが破綻することのない会話である。その微妙な間を取り持ち、コミュニケーションを辛うじて支えている一つが、コーヒーとシガレットと言えるのかも知れない。

作品基本データ

【コーヒー&シガレッツ】

「コーヒー&シガレッツ」(2003)

◆公式サイト
http://coffee-c.com/

原題:Coffee and Cigarettes
製作国:アメリカ
製作年:2003年
公開年月日:2005年4月2日
上映時間:97分
配給:アスミック・エース
カラー/サイズ:モノクロ/シネマスコープ(2.35:1)

◆スタッフ
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
製作:ジョアナ・ヴィセンテ、ジェイスン・クリオット
撮影:フレデリック・エルムス、エレン・クルス、ロビー・ミュラー、トム・ディチロ
美術:マーク・フリードバーグ、トム・ジャームッシュ、ダン・ビショップ
編集:ジム・ジャームッシュ、ジェイ・ラビノウィッツ、メロディ・ロンドン、テリー・カッツ

◆各話とキャスト

「変な出会い」(STRANGE TO MEET YOU):ロベルト・ベニーニ、スティーヴン・ライト

「双子」(TWINS):ジョイ・リー、サンキ・リー、スティーヴ・ブシェミ

「カリフォルニアのどこかで」(SOMEWHERE IN CALIFORNIA):イギー・ポップ、 トム・ウェイツ

「それは命取り」(THOSE THINGS’LL KILL YA):ジョー・リガーノ、ヴィニー・ヴェラ、ヴィニー・ヴェラ・Jr

「ルネ」(RENEE):ルネ・フレンチ、E・J・ロドリゲス

「問題なし」(NO PROBLEM):アレックス・デスカス、イザック・ド・バンコレ

「いとこ同士」(COUSINS):ケイト・ブランシェット

「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」(JACK SHOWS MEG HIS TESLA COIL):メグ・ホワイト、ジャック・ホワイト

「いとこ同士?」(COUSINS ?):アルフレッド・モリーナ、スティーヴ・クーガン

「幻覚」(DELIRIUM):GZA、RZA、ビル・マーレイ

「シャンパン」(CHAMPAGNE):ビル・ライス、テイラー・ミード

(参考文献KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。