「スタンリーのお弁当箱」にみるインドの弁当

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弁当の中身
左から、オレンジ色のカレー、パッタゴービーアールー(キャベツとジャガイモのサブジ)、チャパティ(パン)、ダール(豆のカレー)、マッシュルームの炒め物

暑中お見舞い申し上げます。今回は灼熱の国インドの弁当にまつわる映画を紹介したい。

異色のインド映画

ダッパー
ステンレス製の弁当箱(ダッパー)。五段重ねで手提げが付いている

 インド映画というと、日本でもヒットした「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995)に代表される絢爛豪華で歌と踊りが満載の“マサラムービー”を連想しがちだが、現在公開中の「スタンリーのお弁当箱」(2011)は、そうした撮影所システムとは無縁の低予算、オールロケの作品である。

 映画の最後に出るクレジットタイトルによると、勉強に支障をきたさないよう休日の土曜日に素人の子供たちを小学校に集め、4時間ずつ1年半にわたって撮影されたということだ。

 両親と死別し叔父の経営する飲食店で働かされ虐待も受けているスタンリー(パルソー)が、逆境に負けず健気に生きていく姿を通して、インドの貧困と児童労働問題を描いた。

 スタンリーはこうした境遇を級友や先生たちには隠して明るく振舞い、クラスの人気者になるが、子供たちに弁当をたかる意地汚い国語教師のヴァルマー(アモール・グプテ)に目の敵にされ、弁当を持って来れないなら学校に来るなと言われてしまう。

 ヴァルマーを自ら演じたグプテ監督はスタンリーを演じたパルソーの実父でもある。彼は子供たちに台本の代わりに教科書を与え、最後まで映画の撮影とは知らせなかったという。その甲斐あってか、クラス全員が彼を嫌いになった(※1)。画面にも子供たちのそうした感情が自然と表れ、ドキュメンタリー映画のようなリアリティを作品に与えている。

インドの弁当事情

弁当の中身
左から、オレンジ色のカレー、パッタゴービーアールー(キャベツとジャガイモのサブジ)、チャパティ(パン)、ダール(豆のカレー)、マッシュルームの炒め物

 映画を彩っているのが、子供たちが持ち寄る弁当の数々だ。タイトルにもなっている弁当箱は、「ダッバー」と呼ばれるものだ。香辛料をふんだんに用いるインド料理でも匂い移りや色移りのしにくいステンレス製で、一品ずつ入る段重ねになっている。弁当の中身で特徴的なのは、チャパティ (薄いクレープ状のパン)のような主食だけでなく、サブジ(野菜のカレーやおかず)などでもスプーンやフォークを使わずに手でそのまま食べられる品目が多いことだ。味覚だけでなく、清浄とされる右手の触覚でも料理を楽しむインド人の文化が見てとれる。ただ、ヴァルマーの弁当のつまみ食いは下品そのものだが……。

 映画では、母親たちが弁当の惣菜を一つずつ、手間をかけて丁寧に調理していく手元が映し出され、どこの国でも、弁当には作る人の食べる人に対する愛情がこもっているものだという当たり前のことを再認識されられる。そして、両親のいないスタンリーもある人に弁当を作ってもらうことでめでたく再登校を果たすのだが、それについては実際に映画を観て確認いただきたい。

映画王国ボリウッド

 ご存知の通り、インドは映画の製作本数が世界最多規模の映画大国だ。ちょっと古い統計だが、2009年の年間製作本数は1288本で日本の3倍近く、アメリカの2倍近くになる(※2)。最近、首位の座をナイジェリアに明け渡したが(※3)、この国の場合はデジタルカメラを使った低予算映画がほとんどとのことなので、映画産業の規模から言えば、今もインドがダントツだと思われる。

 インド映画の撮影拠点があるムンバイのかつての名はボンベイ。その名とハリウッドにかけて、同地の映画産業は「ボリウッド」と呼ばれ、前述のマサラムービーをはじめとするさまざまな映画が、ヒンディー語、タミル語、テルグ語、カンナダ語、ベンガル語、マラヤーラム語、ボージュプリー語、グジャラート語、オリヤー語、英語といったインド各地の言語に吹き替えられて製作されている。

 最近、「ムトゥ 踊るマハラジャ」にも出演したインド映画界のスーパースター、ラジニカーントが主演したSFアクション大作「ロボット」(2010)や、インド国内で歴代興行収入第一位を記録したコメディ「きっと、うまくいく」(2009)が日本でもヒットし、第2のインド映画ブームが到来している。インド映画ファンにとってうれしい限りだ。

●参考文献

※1 朝日新聞(夕刊)2013年6月28日「be evening」

※2 総務庁統計局ホームページ/世界の統計2013 第15章 教育・文化
http://www.stat.go.jp/data/sekai/0116.htm#c15

※3 日経スペシャル 未来世紀ジパング「アフリカ・ナイジェリア~世界一の映画都市”ノリウッド”~」
http://www.tv-tokyo.co.jp/zipangu/backnumber/20120220/

作品基本データ

【スタンリーのお弁当箱】

◆公式サイト
http://stanley-cinema.com/

原題 :STANLEY KA DABBA
製作国 :インド
製作年 :2011年
公開年月日 :2013年6月29日
上映時間 :96分
製作会社 :Fox STAR Studios
配給 :アンプラグド
カラー/サイズ :カラー/ビスタ

◆スタッフ
製作、監督、脚本、作詞:アモール・グプテ
撮影:アモル・ゴーレ
美術:シタール・バパールデカー
音楽:ヒテーシュ・ソニック
編集:ディーバ・バティア
衣裳デザイン:ナイラ・マスード

◆キャスト
スタンリー:パルソー
アマン・マヘラ:ヌマーン
アビシェーク:アビシェーク
モンティー:モンティー
サイ・シェティ:サイシャラン
レオ:レオ
ティージョー:ティージョー
ガネーシュ:ガネーシュ
英語教師ロージー:ディヴィヤ・ダッタ
歴史教師ズーチー:ラジェンドラナート・ズーチー
科学教師アイヤル:ディヴィヤ・ジャグダレ
校長:ラフール・シン
国語教師ヴァルマー:アモール・グプテ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。