ヒッチコック映画の食べ物

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アルフレッド・ヒッチコック監督の伝記映画「ヒッチコック」(2012)が本日公開された。今回はそれにちなみ、彼の映画の重要なシーンに登場する食べ物を取り上げる。

サスペンス映画の神様

 アルフレッド・ヒッチコック(1899~1980)はイギリス・ロンドンに生まれ、1925年に「快楽の園」で監督デビュー。「暗殺者の家」(1934)、「三十九夜」(1935)、「バルカン超特急」(1937)などで名声を得た彼はハリウッドに進出し、その第一作「レベッカ」(1940)はアカデミー最優秀作品賞を受賞した。その後も「ヒッチコック・タッチ」と呼ばれる演出テクニックで、遺作となった「ヒッチコックのファミリー・プロット」(1976)まで数多くのサスペンス・スリラーの傑作を生み出した。それらはいまだに色褪せることなく多くの映画ファンを楽しませ、後進の映画作家たちに影響を与え続けている。

「ロープ」のパーティー料理

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「ロープ」(1949)は1924年に実際に起きた「レオポルドとローブ事件」を元にしたパトリック・ハミルトンの舞台劇の映画化で、ヒッチコック初のカラー作品である(テクニカラー)。

 ニューヨークにあるアパートの一室。夕方、一流大学を卒業したフィリップ(ファーリー・グレンジャー)とブラントン(ジョン・ドール)は、自分たちが人より優れていることを証明するために、友人のデイヴィッドをロープで絞殺して完全犯罪とすることを企てる。彼らは被害者をチェストに隠すと、大胆にもその上にテーブルクロスをかけてパーティーの準備をし始める。招かれた客たちはシャンパンなどの酒類や料理の下に死体があるとは夢にも思わなかったが、彼らの恩師であるルパート(ジェームズ・スチュワート)は、2人の様子がおかしいことに気付いて……といったストーリーを、映画の中で進行する時間と上映時間が同じという実験的手法で描いている。

 この映画のもう一つの実験は、映画の冒頭からラストまでを疑似的なワンシーン・ワンカットで描いていることである。「疑似的」というのは、映画用の35mmフィルムで撮影できる時間は1巻につき10~15分が限度なので、時折カメラを人物の背中やチェストの蓋にクローズアップさせ、そのタイミングでカットをつなげているからである。窓の外に広がる摩天楼のホリゾント(背景)をカメラが回り込んでいる間に次第に暗い景色に入れ替えることで時間経過を表現すると共に、クレーン撮影によって部屋の中を自由自在に動き回るカメラが一ヶ所でドラマが展開する閉塞感を忘れさせ、緊張が持続する80分の映像体験を観客に提供している。

 死体の収められたチェストの上には肉を練り固めたパテやチキン、サラダといった料理が所狭しと並べられた。デザートのアイスクリームを置ききれなかった家政婦のウイルソン夫人がなぜ大きいテーブルを使わないのかと文句を言ったことが、ルパートが二人に疑念を抱くきっかけとなっている。

「サイコ」のサンドイッチ

サイコ
ノーマン(左)はマリオン(右)のためにサンドイッチの夜食を用意する

「サイコ」(1960)は実際の猟奇殺人事件に基づいたロバート・ブロックの推理小説の映画化で、「サイコ・スリラー」の元祖とされる映画史的にも重要な作品である。

 公開当時に途中入場を禁止したことからわかるように、最もネタバレが嫌われる種類の作品であるため細かいストーリーは割愛するが、開巻46分後に約3分間続くシャワールームでの殺人シーンの演出は、タイトルバックを担当したソウル・バスの細かくカットを割った絵コンテとバーナード・ハーマンの弦楽器の甲高い不協和音を使った音楽も相まって今でも語り草となる名シーンとなっている。

 モノクロで撮影されたため、排水口に血が流れるカットで使われたのは赤い血のりではなくチョコレート・シロップだったことのことである。

 この映画にはサンドイッチが登場するシーンが二つある。一つ目は冒頭、マリオン(ジャネット・リー)がサム(ジョン・ギャヴィン)とアリゾナ州フェニックスのモーテルで密会する場面でベッドサイドに置かれる。午後の休憩時間という限られた時間でしか逢えない二人が手早く食事を済まそうとルームサービスで取り寄せたものと想像されるが、結局は食べられることなく終わり、思い通りにことが運ばないマリオンの欲求不満の表現の一つとして、この後の彼女が起こした事件にもつながっている。二つ目は雨の降る夜中に郊外のベイツ・モーテルにチェックインしたマリオンが、宿の経営者ノーマン(アンソニー・パーキンス)に頼んだもの。母親が息子を叱責する声を聞いた彼女の元に彼がトレイを持って現れ、ここでは何だからと応接室に招き入れ、食事をとりながら束の間の会話のシーンとなる。

 マリオンの食べる様子をノーマンは部屋に飾られた剥製になぞらえて「鳥みたいだね」と言う。彼曰く、鳥が少食というのは嘘で実はたくさん食べるとのこと。しかし話題が彼の心を病んだ母親のことになると彼の態度が一変して険悪な雰囲気となり、彼女の手も止まって食事どころではなくなってしまう。このような食事を通したちょっとした心理描写もこの作品の見どころの一つである。

ヒッチコックのカメオ

 作品のどこかに必ず顔を出すカメオ出演で有名なヒッチコック監督。上記2作では以下の役で出演しているので、ご覧になる方は探してみてはいかがだろうか。

「ロープ」:アパートの表通りを新聞を手に歩く男、アパートの窓から見えるネオンサインの似顔絵

「サイコ」:マリオンの不動産会社の表に立っている帽子の男

作品基本データ

【ロープ】

「ロープ」(1948)

原題:Rope
製作国:アメリカ
製作年:1948年
公開年月日:1962年10月12日
上映時間:80分
製作会社:トランスアトランチック・ピクチャーズ・プロ映画
配給:MGM
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)

◆スタッフ
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作:パトリック・ハミルトン
脚本:アーサー・ローレンツ
脚色:ヒューム・クローニン
製作:シドニー・L・バーンステイン
撮影:ジョゼフ・ヴァレンタイン、ウィリアム・V・スコール
美術:ペリー・ファーガソン
音楽:レオ・F・フォーブステイン

◆キャスト
ルパート・カデル:ジェームズ・スチュアート
ブランドン・ショー:ジョン・ドール
フィリップ・モーガン:ファーリー・グレンジャー
ケントレイ氏:サー・セドリック・ハードウィック
アットウォーター夫人:コンスタンス・コリアー
ケネス:ダグラス・ディック
ウィルソン夫人:エディス・エヴァンソン
デイヴィッド・ケントレイ:ディック・ホーガン
ジャネット:ジョアン・チャンドラー

【サイコ】

「サイコ」(1960)

原題:Psycho
製作国:アメリカ
製作年:1960年
公開年月日:1960年9月17日
上映時間:109分
製作会社:パラマウント映画(アルフレッド・ヒッチコック・プロ)
配給:パラマウント
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダ-ド(1:1.37)

◆スタッフ
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作:ロバート・ブロック
脚本:ジョゼフ・ステファノ
撮影:ジョン・L・ラッセル
美術:ジョセフ・ハーレー、ロバート・クラットワージー、ジョージ・ミロ、ソウル・バス
音楽:バーナード・ハーマン
編集:ジョージ・トマシーニ
助監督:ヒルトン・A・グリーン
タイトルバック・絵コンテ:ソウル・バス

◆キャスト
ノーマン・ベイツ:アンソニー・パーキンス
マリオン・クレイン:ジャネット・リー
ライラ・クレイン:ヴェラ・マイルズ
サム・ルーミス:ジョン・ギャヴィン
ミルトン・アーボガスト:マーティン・バルサム
チェンバース保安官:ジョン・マッキンタイア
キャロライン:パトリシア・ヒッチコック

(参考文献KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。