映画の中の塩「青い塩」

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セルフサービスの店でテグタン(タラ鍋)をつつくセビンとドゥホン(絵・筆者)
セルフサービスの店でテグタン(タラ鍋)をつつくセビンとドゥホン(絵・筆者)

塩が象徴的に使われている作品「青い塩」を取り上げる。韓国の田園風景、ストーリーの暗示、そして結末にも、塩が重要な役割を演じている。

 現在と過去の2年の時を隔てて海辺の家の郵便箱で文通する男女を描いたラブストーリー「イルマーレ」(2000。2006年のハリウッドリメイク版もあり)のイ・ヒョンスン監督の11年ぶりの新作が、「青い塩」(2011)である。そのタイトルの通り、塩が象徴的に使われた作品となっている。

韓国の塩田風景

 映画の冒頭、プサン郊外に広がる塩田の中で対峙する2人の男女が映し出される。拳銃の銃口を向ける若い女セビン(キム・ビョンソ)を見つめる中年男ドゥホン(ソン・ガンホ)。ブルー色調の塩田風景にオフで鳴り響く銃声。果たして男の運命は……。

 日本と同様、岩塩資源に恵まれない韓国では塩田による天日製塩が主流であり、南部の海岸沿いではこのような風景が見られる。イ・ヒョンスン監督は「イルマーレ」の海辺の家で見せた洗練された映像を、今回もこの塩田風景を手始めにソウルやプサンを舞台に随所で見せている。

料理教室に通い始めたヤクザ

 ドゥホンはソウルの暴力団ハンガン組の元組長で連合組織「チルガク会」結成の立役者として伝説のヤクザと呼ばれた男だが、足を洗って母の故郷であるプサンに帰り、レストランを開業する準備のために料理教室に通っていた。そこで出会ったのがセビンで、最初は無愛想な態度だったが、ドゥホンがセビンが誤って落とした包丁から彼女の足を守った事件をきっかけに言葉を交わすようになる。表向きは穏やかな性格に見えるドゥホンだが、包丁を素手で受け止めるあたりに命賭けの日常を過ごしてきたヤクザの本性が垣間見える。

 ドゥホンは料理の上手なセビンに鯛の鱗取りや鶏肉の捌き方を教わったりして次第に親交を深めていく。しかし、実はセビンはプサンの地元暴力団ヘウンデ組の命令でドゥホンを監視していた。かつては射撃のオリンピック候補だったセビンだが、コーチだったユク(オ・ダルス)の不祥事で選手生命を絶たれた上に借金を背負わされ、ヘウンデ組にその腕を買われスナイパーとして雇われていたのである。

 ヘウンデ組はドゥホンの義兄弟でハンガン組の新組長ギョンミン(イ・ジョンヒョク)と通じていて、密かにドゥホン殺害の依頼を受けていた。交通事故に見せかけて殺されたチルガク会の会長が死の間際にドゥホンを後継者に指名したため、会長暗殺の張本人で次期会長の座を狙うギョンミンにとってドゥホンは引退したとはいえ生かしてはおけない存在だった。

テグタンは薄味に

セルフサービスの店でテグタン(タラ鍋)をつつくセビンとドゥホン(絵・筆者)
セルフサービスの店でテグタン(タラ鍋)をつつくセビンとドゥホン(絵・筆者)

 ついに、ドゥホン殺害の指令がセビンに下るが、セビンは彼をどうしても殺すことができず、料理教室を辞めてドゥホンから離れようとする。ドゥホンは送別会と称してセビンをなじみの店に案内する。そこで空の鍋と食材をどさっと置いただけのセルフサービスで出されたのがテグタン(タラ鍋)だ。

 韓国の一般的なテグタンはコチュジャンをたっぷり入れた赤いスープが特徴だが、この地方のものは唐辛子抜きの淡泊なスープで日本のタラちりに近い。そのせいもあってか「辛いのが好き」と塩を加えようとするセビンをドゥホンはたしなめる。人間にとって塩は必要不可欠な要素だが、摂り過ぎは生命に係わる。セビンが塩を加えるのは死に向かう行動を、ドゥホンがそれを注意するのは彼女の危険を阻止するという意味にも取れ、この後のストーリー展開を暗示している。

塩の弾丸

 殺人請負のプロであるカン女史(ユン・ヨジョン)の放った殺し屋K(キム・ミンジュン)も参入し、チルガク会内部の抗争は激化の一途をたどる。ドゥホンにも身の危険が迫り、舎弟エック(チョン・ジョンミョン)の助けでソウルに戻り、高層マンションの隠れ家に潜伏する。だが、そこにもK一派の魔の手が迫り、その中にはカン女史の手下となったセビンの姿もあった。

 セビンは体内で溶けて証拠を残さない塩の弾丸を用意し、向かいのビルからドゥホンに照準を合わせるが、やはり引き金を引くことはできず、逆にドゥホンを守る行動に出てしまう。倒れたセビンをドゥホンはかばい、つかの間の共同生活をすることになる。それを非難するエックに、ドゥホンは彼女が作ったテグタンを指して「これを作った子が俺を撃てるか?」と言い、「愛にはいろんな色がある。お前が思う愛が赤なら、俺の愛は紫だ。黄色や白や黒もあるぞ」と彼女への複雑な思いを語る。

 ドゥホンはギョンミンと取引してセビンを見逃すことを条件に、彼の罪を肩代わりすることにするのだが……。

 かくして映画は冒頭のシーンに戻るのだが、その後の意表をついたラストシーンには賛否両論あると思われる。ここでその詳細を書くことはできないが、塩の弾丸が絡んでいることだけはヒントとして述べておく。

こぼれ話

 この映画では他にも、カフェラテ、スマートフォンアプリ、プリクラ等が40代の中年男と20代の娘のジェネレーションギャップを示す効果的な小道具として使われている。中でもスマートフォンアプリは相手の位置をGPSで探知できる「カレログ」のようなアプリや、スマートフォン同士をぶつけるだけで赤外線通信のように電話番号やアドレス帳を転送できるアプリ等に韓国のスマートフォン技術の先進性の一端がうかがえる。

※オフ 映写される映像の外から聞こえる音。オフサウンド。

作品基本データ

【青い塩】

原題:푸른소금
製作国:韓国
製作年:2011年
公開年月日:2012年3月17日
配給:CJEntertainmentJapan
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
上映時間:122分

◆スタッフ
監督、脚本:イ・ヒョンスン
撮影:キム・ビョンソ
照明:キム・ギョンマン
美術:イ・ハジュン
武術監督:チョン・ドゥホン

◆キャスト
ドゥホン:ソン・ガンホ
セビン:キム・ビョンソ
エック:チョン・ジョンミョン
ギョンミン:イ・ジョンヒョク
殺し屋K:キム・ミンジュン
カン女史:ユン・ヨジョン
ギチョル:キム・レハ
ユク:オ・ダルス
(参考文献:「青い塩」パンフレット)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。