「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」

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「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」より(絵・筆者)
「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」より(絵・筆者)

「アンダルシアの犬」より(絵・筆者)
「アンダルシアの犬」より(絵・筆者)

映画の中の食を鑑賞するコラム。今回はシュルレアリスム作家ルイス・ブニュエルの食べられない夢の話を取り上げる。

 今回取り上げる「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(1972)は、「銀河」(1968)、「自由の幻想」(1974)とともに「夢と現実の三部作」と監督のルイス・ブニュエル自身が名付けた連作のうちの二本目である。三作ともジャン・クロード・カリエールとの共同脚本で、その名の通り夢と現実が錯綜する、ブラックユーモアにあふれた作品となっている。

国境を越えた自由人

 ルイス・ブニュエル(1900~1983)は、スペイン出身のシュルレアリスム作家で、親交があった同郷・同世代の文化人に画家のサルバドール・ダリ、詩人のガルシア・ロルカがいる。

 ダリと共同監督した「アンダルシアの犬」(1928)でデビュー。若い女性の眼球を剃刀で切り裂く冒頭の場面で当時の観客の度肝を抜いた。第二作「黄金時代」(1930)では、反キリスト教的な描写が問題となり、右翼がスクリーンに爆弾を投げつける騒ぎが発生。スペイン国内での公開が50年にわたり禁止された。

 スペイン内戦の影響もあり、ブニュエルはメキシコに渡って低予算の商業映画に携わるようになるが、その枠の中で「忘れられた人々」(1950)、「昇天峠」(1951)、「エル」(1952)、「ナサリン」(1958)といった問題作を発表し続けた。1961年にフランコ政権下のスペインに帰国し、「ビリディアナ」を監督。カンヌ映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞するも、キリストの最後の晩餐を茶化したシーンが問題となり、またしても上映禁止に。あくまでも懲りないオヤジである。

豊かさの裏で

「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(1972)

「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」の面白さは、金と地位に恵まれ、満たされているはずのブルジョワたちが、思い通りにならない不条理な状況に追い込まれた時の狼狽ぶりにある。メキシコ時代の傑作「皆殺しの天使」(1962)で、何の障害もないのに邸から出られなくなったように、本作では行く先々で信じられない事件に遭遇して食事ができなくなるのである。

 例を挙げれば、入ったレストランで食事が運ばれる横で急逝した店の主人の葬儀が執り行われていたり、いざ食べようとした時に後ろの幕が開いて、満員の劇場の観客席が出現したりといったことだ。それが一人のブルジョワの夢で、その夢がまた別の者の夢だったりと物語は迷宮の様相を呈してゆくのだが、実はこのブルジョワ連中は裏では外交特権を利用して麻薬の密輸に手を染めたり、内輪で浮気ゲームに興じたりと悪徳の限りを尽くしているのである。豊かさに飽き足らず何かを求めずにはいられない欠乏感と、その罪の意識の裏返しからくる不安が、彼らにこのような夢を見させるのかも知れない。

 ラストでブルジョワ一行はようやく豪華なディナーにありつけるのだが、テロリスト集団の襲撃を受けて全員が銃殺される運命に。しかしこれもミランダ国大使(フェルナンド・レイ)の夢で、目覚めた彼が冷蔵庫を漁ってバゲットサンドに貪りつく場面は、ブルジョワというよりも「ビリディアナ」の最後の晩餐の場面に出てきた乞食のようであった。

悪戯小僧にご用心

「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」より(絵・筆者)
「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」より(絵・筆者)

 と、ここまで書いたところで、不覚にもブニュエルの仕掛けた罠にはまっている自分に気がついた。おそらく夢に意味づけしたりする見方は最低で、スクリーンで起きる状況を単純に喜劇として楽しめばよいのだ。ブニュエルは毎作品こうした仕掛けを施して、観客が穴に落ちるのを影でほくそ笑んで見ている永遠の悪戯小僧である。

 この作品はアカデミー外国語映画賞を受賞しているが、インタビューでオスカー獲得の自信のほどを聞かれたブニュエルは「心配ない。約束の金は払ったからね」とブラックジョークで返し、真に受けたメディアによって買収スキャンダルに発展した。いかにも悪戯好きなブニュエルらしいエピソードである。

作品基本データ

【ブルジョワジーの秘かな愉しみ】

原題:LE CHARME DISCRET DE LA BOURGEOISIE
製作国:フランス
製作年月日:1972年
カラー/サイズ:カラー/ヨーロピアンビスタ(1:1.66)
上映時間:102分
◆スタッフ
監督:ルイス・ブニュエル
製作:セルジュ・シルベルマン
脚本:ルイス・ブニュエル、ジャン・クロード・カリエール
撮影:エドモン・リシャール
編集:エレーヌ・プレミアニコフ
◆キャスト
フェルナンド・レイ(ミランダ国大使)
デルフィーヌ・セイリグ(テブノ夫人)
ジャン・ピエール・カッセル(セネシャル)
ステファーヌ・オードラン(セネシャル夫人)
ポール・フランクール(テブノ)
ビュル・オジエ(フロランス)

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。