以前「日経レストラン」に、パソコンを販促に生かす話題として、RFM分析を紹介したことがある。コンサルタントに書いてもらった記事だが、R(recency、最後の利用は何日前か)、F(frequency、ある期間内の利用回数は何回か)、M(monetary、ある期間内に利用した金額は合計いくらか)の3つのデータをもとに、お客一人ひとりに点数を付けるという話だ。
この点数は、店に対するお客のロイヤリティの大きさを知る手がかりになる。点数によってお客をグループに分け、それぞれのグループに合った販促物を作るとよいと考える。一般的には、ロイヤリティが高いと判断したお客は、より丁寧に、より手厚く遇する。
米国の通信販売業界で発達した手法だが、最近はさまざまな業態の企業のCRM(Customer Relationship Management)に応用されている。いろいろな人からRFMを使っている話を話を聞くのだが、生かせていないと思われるケースが多い。実際に送るDMなどの販促物を作っても、その作り方がうまくいっていない。せっかく分析、分類しても、それぞれの販促物が画一的で、面白みがない。
あるセミナーで、別なコンサルタントからRFMの説明を聞いた食品小売業の店主が笑って話してくれた。「コンサルタントは、ロイヤリティの高いお客さんには手書きの手紙を送りなさいと言う。でも、そんなことをしたら『あいつの店は暇なのか』と思われてしまう」。大切なのは、この感覚だ。数字が出たら、当事者ではない人が言った通りにすればいいのではない。個別には、自分で最適な接し方を考えるべきなのだ。
一方、こういうことをしていると、お客の方で店の手の内を読んで、RFMなどCRMでロイヤリティが高いと判断されるグループに入るように、しかもそれが低コストで実現するようにと考える人が出てくる。おそらく、自身の業務でRFMに携わっている人なのだが、どうも感覚的に店に合わないはずの人が高いロイヤリティのグループに入って来ることがある。
なぜこの欄でこんな話をするのかというと、数字や理論を示されると、それだけで動こうとする人が出てくるということを知ってほしいためだ。外食業界は、もともとは感覚を手がかりに状況を読み、感覚に訴える方法でお客に接する業界だった。しかし、感覚だけでは読み誤ることも多いため、たとえばRFMなど数字で考える道もあるということを示したつもりだ。ところが、数字を得てしまうと、数字だけを手がかりに動きはじめ、感覚で知り、感覚で訴えることをやめがちな傾向がある。
おそらくそれは、外食産業の人だけのことではなく、消費者にも言えることだろう。そのため、不可解な食行動にも現れているように感じる。「1日30品目を食べるようにしましょう」(そう言われる根拠を私は知らないが)という程度の話なら、まだ食事を楽しむ余地は残される。ところが、「○○成分を1日□□mg摂るようにしましょう」「それには△△を1日1個以上食べて」などと言われると、その食品が嫌いになっても食べ続けようとする。
納豆が店頭から姿を消したなどというばかげた事件も、テレビ局が悪いだけでなく、消費者にも「毎日納豆を食べるのは、私の食生活を楽しくする上で役に立つ話か?」と立ち止まって考える感覚が抜け落ちてしまっていることを示しているように思われる。理論と感覚の両方がそろって物や行動を選ぶ見識が育つと考える。それがうまくできない人が増えているのではないか(この疑問は、私自身も対象になっている)。
これは裏返せば、「何々は数字で安全が立証されているから食べろ」とも言えないに違いないという話でもある。「何々は数字で安全が立証されているから危険だと宣伝するな」と言うことは全く問題のない正義であるはずだが、それをおいしいと思ってもらうには、別な努力が必要だ。それには数字にできない、感覚なる不可解なものも必要になる。感覚のある側面を数値化できても、それをコントロールできたことにはならない。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。