「コメのブレンドの神様」と呼ばれる人がいる。藤井米穀店(大阪市淀川区)の藤井博章社長だ。藤井社長は、各地から仕入れたコメの状態と味を吟味してブレンドし、産地名や品種名ではなく、各種のブレンドに付けた商品名を前面に打ち出して販売している。
「味に値段をつける」がモットーで、安くはない。主力ブランド「愛米味」(あいまいみい)の通信販売価格は3980円/5kg、それに次ぐ「ぜいたくざん米」(ぜいたくざんまい)は3650円/5kgで、魚沼産コシヒカリの小売価格と同等かそれ以上だ。しかし、これが飛ぶように売れている。また、地域の飲食店の間では、ライバル店が同社のコメを使っていると聞くと「え! 藤井のコメを使っとるのか」と、羨望の眼差しを向けるという。
“神様”と呼ばれるからには、よほど特別な才能に恵まれた人かとも思われるが、その“味”は日々の努力の賜物だ。ここまでブレンドにこだわるきっかけとなったのは、家業に入った頃、父に教わった通りのブレンドをして納品した先から「まずい」と言われたことだった。それ以来、これまでの約40年間、毎日さまざまなブレンドを試み、研究を続けている。
1日に試すブレンドの数は9種類。それぞれツヤ、香り、食感などをポイントに注意深く試食し、その結果を大学ノートに欠かさず記録する。
9種類というのはこういうことだ。藤井社長は炊飯器の釜の中を3区画に仕切る金属の仕切り板を考案した。これを使って、1回の炊飯で同時に3種類のブレンドを同じ水、同じ条件で炊き分ける。そして、朝・昼・晩の食事ごとに3種類ずつ食べ比べる。3×3=9回というわけだ。「一度に1種類食べても、特徴はつかめない。最低3種類食べることで、違いが分かる」(藤井社長)。
売上げの75%は業務用で、この顧客からの情報収集にも余念がない。新規客には、用途や調理の狙い、炊飯のための機材などを尋ね、また納品のたびに顧客の話に耳を傾けて、必要に応じてブレンドの方法を変えもする。
また、例えば同じ「愛米味」という商品でも、中身はいつも同じではない。ブレンドに使用する銘柄は主に5種類だが、この配合の比率を刻々と変える。状態が良く、ブレンドするとむしろ味が落ちると判断すれば、その銘柄100%の“ブレンド”を「愛米味」として出荷することもある。
それというのも、産地から店に届くコメの味がいつも同じではないからだ。産地から寄せられた食味値も、参考にはしても、頭から信じることはない。「産地が出してくるのは、その地域でいちばん上手な農家の、いちばん良い田んぼのチャンピオンデータです。ところが、コメは同じ産地の同じ銘柄でも、農家によって品質は違う。さらに、同じ農家のコメでも、その人のAの田んぼとBのたんぼではやはり品質は違うし、Aの田んぼの中でも場所によって品質は違う」(同)。
それを、同じ産地から来たからと言ってそのまま出すわけにはいかない。だから、常に試食を繰り返して適正な配合を決め、いつも同じ味を届けようとする。顧客に品質を保証するのは、産地の名でもなく、品種の銘柄でもなく、店なのだと考える。メーカーとしての責任感だ。
ここまで努力している藤井社長なら怖いものなしかと言うと、そうではないと打ち明ける。「コメ農家の直販、直売はやはり手ごわい。『産地直送』の言葉にはなかなかかなわない」。これを聞いた農家は、ホッと胸をなでおろすか、一段と胸を張るかだろう。ただし、ブレンドをしない限りは、取れた田んぼによって、季節によって、品質は変わり得るということは、顧客に説明した方がいいのではないか。
というのは、こういうことがある。外食企業で、「試食した結果、うちの商品には、○○県産のコシヒカリがいちばん会うことが分かった」という言い方をする商品担当者が少なくないのだ。この決定の仕方の乱暴さは、藤井社長と言わず、むしろ農家の方がよほどピンと来るはずだ。
同じブランドを付けて売る商品である限りは、顧客は同じ品質だと信じている。だから、同じ品質にしようと努力するか、もしそれがかなわなければ、あるいはそういうものではないと考えるならば、説明責任は果たすのがプロであるはずだ。
ところで、「愛米味」はどれほどうまいのか? 購入して食べたものの、私は一度に1種類しか炊いて食べなかった。その食べ方でベタボメしては藤井社長に笑われるので、書かないことにする。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。