ディズニーの野菜工場と「寿司虎」の養殖サバ

超繁盛回転ずし店「寿司虎」新別府店
超繁盛回転ずし店「寿司虎」新別府店
超繁盛回転ずし店「寿司虎」新別府店
超繁盛回転ずし店「寿司虎」新別府店

東京ディズニーリゾート(TDR)を運営するオリエンタルランドが、“野菜工場”に取り組む。毎日新聞が報じたところによれば、同社子会社が発光ダイオード(LED)による水耕栽培施設を千葉県袖ケ浦市に作り、葉もの野菜を生産。来春からTDRに出荷する。栽培するのはレタスのほか、ホウレンソウ、ハーブ、水菜など。

 LEDによる作物栽培と言えば、昨年、人材派遣のパソナが本社のあるビルの地下に作った施設「PASONA O2」が話題になった。こちらは生産よりも農業に関わる情報発信基地として作られたものだが、農家の見学も多く、「こんな農業がやりたかった」という声も聞かれるという。

「こんな農業」という言葉の意味は一つではないだろう。少なくとも、二つの意味が考えられる。一つは、都心のど真ん中で行う農業。もう一つは、天候に左右されず、100%計画通りに進められる農業という意味だ。

 首都圏での農業というのは、多くの地方の農家にとって垂涎の的だ。理由は簡単。首都圏は世界有数の超巨大消費地なのだから、作っただけ売り切ることも夢ではない。しかも、北海道のように運賃がかかる分安い値が付けられるということもない。その上、「地産地消」という流行語も胸を張って使える。

 事実、千葉、埼玉、神奈川、茨城といった首都近県は、全国的に見ても元気な農家の多いエリアだ。また、“野菜工場”でなくとも、東京都内の農業というのは実はまだまだ盛んで、野菜は都民の消費量の1割をまかなうとも言われている。

 天候に左右されない農業というのは、かつては全くの夢物語だった。しかし、水耕栽培の技術が進み、さらにLEDの技術革新で日照もエネルギーコストを相当抑えながら完全に人為の中に組み込むことができるようになり、“野菜工場”が実験ではなくビジネスの話題となってきた。

 天候に左右されないメリットは計り知れない。第一に、ヒト・モノ・カネのリソースが、製造業なみに管理できるようになる。また、降雨や日照不足がなければ、農薬の使用量も減らせるか、全廃もできるだろう。しかも、土に由来する病原菌や寄生虫を心配しないで済む野菜となれば、外食などの需要者にとってはありがたい話だ。

 終戦後、首都圏には進駐軍向けの西洋野菜の栽培に取り組む農家も現れたが、ほとんど採用されなかったらしい。下肥の使用が普通だった当時、作物にはカイチュウ卵が付くのが当たり前で、生食する西洋野菜など作れなかったのだ。その後、東京オリンピックを機に西洋野菜が普及したとき、下肥フリーの意味で清浄野菜という言葉も普及した。この当時は、化学肥料は文明の勝利として、消費者からも歓迎されていたはずだ。

 その後、有機栽培という言葉がもてはやされるに従って、清浄野菜という言葉はすたれ、ほとんど死語となっている。昨今の消費者は、作物の清潔さをありがたがるよりは、むしろ“泥付き”に飛びつきさえする。

 だが、例えばEurepGAPでは、農業版のHACCPと映るほど、病原菌や寄生虫対策を重視している。その流れから見れば、“野菜工場”は、今後も可能性のあるものとして期待されそうだ。

 逆風として考えられるものは、2つある。従来太陽光でまかなってきたエネルギー源を化石燃料由来の電力に置き換えることの道義的問題と、例によって生命活動への人為の介入、“反自然”を感じさせるものに対する心理的な拒絶反応だ。

 前者は、他産業と同じく今後の環境技術の進歩をどのように取り入れるかが問題となるだろう。また、トータルなフードシステムの中での環境コストの説明で、消費者の納得を得る道もあるかも知れない。つまり、作物のエネルギー源として化石燃料の使用量が増える一方、栽培管理や流通の段階で化石燃料使用量がどのように減るのか、そこを明らかにするのだ。

 後者には時間がかかるかも知れない。ただ、面白い例があるので紹介したい。宮崎県に、「寿司虎」という回転ずしの超繁盛店がある。この店が2004年秋に養殖もののサバを大量に買い付けてキャンペーンを打った。昨今は「養殖」はとかく劣るもの、味や安全性に疑問があるものと考えられがちだが、結果は大ヒットだった。

 ヒットには、同店が打ったチラシが大きく貢献したという。コピーが振るっている。――「牛は育てていいのに、魚は育てていけないの?」。「寿司虎」は地域にファンが多く、地元からの信頼が厚い。その店が、養殖ものを隠すどころかチラシの中で主役として扱い、同店が信頼を置いた生産者についても説明した。

 このチラシが伝えたものは、3つあると考えたい。一つは、隠しごとを持たない店の誠実さ。一つは、味と安全性について店と生産者が責任を持つという明確な意思表示。そしていま一つは、うまいものに賭けるロマンを、店と生産者と、チラシを見た消費者とで共有しようという誘いだ。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →