隠すのではなく、自慢することを考える

牛だけがスターなのではない(国産の乳牛。本文とは関係ありません)
牛だけがスターなのではない(国産の乳牛。本文とは関係ありません)

牛だけがスターなのではない(国産の乳牛。本文とは関係ありません)
牛だけがスターなのではない(国産の乳牛。本文とは関係ありません)

2005年11月、公正取引委員会がフォルクス(大阪府吹田市、山口伸昭社長)に対し、牛の成型肉を「生肉の切り身であるかのように表示していた」として排除命令を下した。このニュースを耳にして、最初から「当然だ」と受け止めた外食関係者は、どれほどいただろうか。「言われてみればその通り」「今後気を付けねば」という感想に至ったのはしばし考えてから、という関係者は一人や二人ではなかったのではないか。

 排除命令の対象となった商品は、「ビーフステーキ焼肉ソースランチ」など5品。これらは、オーストラリア産のシンスカート(米国で言うアウトサイドスカート、日本で言うハラミ)を結着させて成型したものだった。こうした成型肉は珍しいものではない。価格や供給が比較的安定しており、調理もしやすいことなどから、同様の商品はファミリーレストランや居酒屋でも好んで使われてきたし、スーパーでも売っている。

 今回は、これを「成型肉」と明示しないで売ったことが問題とされたわけだが、同様の例は過去何十年にもわたってゴマンとあり、外食関係者にとってはちょっとした衝撃だったはずだ。また、「ステーキ」という言葉を使うことが「あたかも生肉の切り身であるかのように表示」することになるという指摘も、虚を衝かれた思いで聞いた向きが少なくないだろう。確かに、英語の steak は「切り身」を意味するが、日本では肉の塊を焼いたもの、つまり、煮たり揚げたりではなく火であぶるなり鉄板で焼くなどの調理法と受け止められる場合が多いからだ。

 フォルクスの山口社長は、同社Webサイトで「今まで『ステーキとは何か』という定義をあいまいにしたまま、材料や製造法などを明確にせずに商品を提供してきた私どもの責任」と表明しているが、これこそは外食業界全体に投げかけられた問題提起だと言える。

 ステーキ店に限らず、外食にはブラックボックスが多い。小売店の店頭に並べる加工食品には義務付けられている表示が、外食では免除されているものが多い。飲食店ではお客がその場で店のスタッフに原材料や調理法を聞くことができるから、というわけだが、実際にはそうした質問をするお客はさほどいない。スタッフとのやりとりを億劫に思うお客、時間がないお客など、言わば「黙って食べるお客」が多いからだ。それで、極端な言い方をすれば、「どうやって作ったものか、何であるかは分からないものだが、食べるとうまいもの」が皿に載って出て来ることになる。

 だが昨今は、「黙って食べるお客」だった人々が「黙って来なくなるお客」にシフトしつつある。さらに、「来なくなった上、マイナス面については黙っていないお客」も、インターネットの普及を背景に力を付けつつある。そうした社会情勢を考えれば、公的機関に指摘されるまでもなく、メニュー表やPOPでの情報開示はさらに強化していくべきだろう。

 ただし、「気が重い」ことではある。チェーンレストランの舞台裏には「へー」が多いのだ。

 肉について言えば、例えば結着した成型肉だけが加工肉ではない。硬い部位ならば、針状のごく細いナイフを無数に並べた剣山のお化けのような器具で筋繊維を断ち切り、軟らかくする方法がある。さらに、酵素に漬けて適度に軟化しうま味を出す方法と、その用途に適した酵素が実用化されてから久しい。

 安価な赤身肉に、和牛などの牛脂を注入して人工的に“霜降り”状にする技術も発達している。BSEによる米国産牛禁輸などによるステーキ用ビーフの品薄、高騰を受けて、オーストラリア産などのこうしたメルティークビーフ(インジェクションビーフ)の引き合いは増えている。

 また、結着成型はハラミなど内臓肉を使ったもの以外にも、ほかの部位のトリミングを特殊な方法で結着、サーロイン型やテンダーロイン型に成型したものなどもあり、プロの間での評価は高い。

 これらを使っている場合、消費者にはどれをどのように説明したらいいだろうか。いずれも、「より安く」「よりおいしく」と、さまざまな人々が知恵を絞り、技術の粋を集めた傑作なのだが、伝え方を誤れば、これらも「あたかも」の類にされ兼ねない。

 恐らくは、商品の訴求ポイントを食材そのものの特徴から、加工や調理の特徴へシフトすべき段階に来ているのだろう。自分の調理技術の高さに罪悪感を感じてこそこそするフレンチのシェフはいない。彼らと同じく、「どれだけ良い材料を使っているか」にも増して、「どれだけ優れた調理をしているか」を訴えていいはずだ。材料だけをスターにしておくのではなく、加工者、調理者が自身をもって「私もほめてください」と胸を張ってお客の前に登場することを考えるのだ。

 何しろ、それだけの努力をしているのだから。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →