次に化学肥料について、農産物に与える影響について書いてみよう。
化学肥料を使っても植物が吸収するものは同じ
まず、第一に押さえておきたいのは、化学肥料を使用したからといって、農産物が人体に危険を及ぼすようになるような心配は全くないということだ。土壌中にある栄養分が天然由来や堆肥等であろうと、化学肥料であろうと、植物がある成分を吸収した場合、植物の体に入る成分は同じものであるということだ。
先に書いたように(第6回参照)、化学肥料の問題点は過度の依存にある。有機物が不足することによって土壌が劣化し、また土壌に塩類などの副産物が集積しやすくなるのが問題であって、化学肥料が農産物の健康に直接悪影響を与えるようなことはない。
しかし、最近は誤解によるものか故意によるものか、誤りを書いているWebサイトや書物が多いので、ここで正しておきたい。
× | 「化学肥料を使用するから農薬の使用が増える」 |
× | 上記に関連して「化学肥料を使用すると虫がつきやすい」 |
× | 「化学肥料の使用により硝酸態窒素が増える」 |
× | 「化学肥料を使用すると栄養価が低く、まずいものが出来る」 |
× | 「化学肥料を使用した野菜は腐りやすい」 |
○ | 「化学肥料を使用しなくても農産物は育つ」 |
上記は化学肥料に関して一般に流布されている事柄のうち、筆者がとくに目立つと感じるものだが、巷間よく言われていることには間違いが多い。
農産物の味や栄養価の問題については、追って説明していくので、今回は化学肥料を使用することで農産物が食べると危険なものになるのかどうかだけを述べるが、一つだけ指摘しておきたい。
イギリスでは、有機農産物が安全であるとか、有機農産物は栄養価が高いなどという表示は禁止されている。なぜかと言えば、いわゆる化学合成された農薬を使用しなかったり、化学肥料を使用しない有機農産物と、そうではない一般の栽培方法での品質の違いがほとんどないことが実際の調査の結果明らかになっているからだ。これについて詳しい話も追って説明することにする。
硝酸態窒素が問題となる点
今回説明するのは、表中の上の3点、「化学肥料を使用するから農薬の使用が増える」「化学肥料を使用すると虫がつきやすい」「化学肥料の使用により硝酸態窒素が増える」についてだ。
もう一度はっきり書いておく。これらは間違いである。
まず、硝酸態窒素の問題について。農産物、とくに葉菜に含まれる硝酸態窒素については、この十数年週刊誌などでクローズアップされることが多い。ご存じない方のために触れておくと、野菜には硝酸態窒素という窒素化合物が含まれており、「これが高濃度であると危険である」とされる問題である。
硝酸態窒素は、植物の生育に必須の窒素で、お茶、水稲などを除けば、ほとんどの作物は窒素成分をこの硝酸態窒素の形で吸収する。逆に言えば、ほとんどの作物は硝酸態窒素を吸収しなければ生育しない。
さて、硝酸態窒素が「問題である」としてよく話題に上るのがブルーベビー症候群と言われるものだ。乳児が硝酸態窒素濃度の高い葉菜を食べたことにより、血液による酸素の供給が絶たれ、酸欠で死亡してしまうという恐ろしい症状のことである。名称はこの症状を呈する乳児の顔が青くなってしまうことによる。
症状のメカニズムを簡単に書くと、乳児が硝酸態窒素を含む野菜や飲料水を大量に体に取り込むと、体内でそれが亜硝酸に還元され、この亜硝酸が血液中のヘモグロビンと結びついてしまい、ヘモグロビンが酸素を運べなくなって酸欠を起こす、というものである。これが大人であれば胃のpHが低く、硝酸態窒素を還元する菌が繁殖できないために、こういった症状は起こらないが、乳児の胃のpHは中性に近いために起こるということである。
また、ブルーベビー症候群のほかによく問題にされるのが、亜硝酸が発がん性を持つニトロソアミンになることだ。
したがって、硝酸態窒素そのものが問題なのではなく、硝酸態窒素から出来る亜硝酸やニトロソアミンなどの物質が問題だということになる。
ただし、これで硝酸態窒素の問題がわかったと考えるのは早い。最近の研究では、硝酸態窒素の危険性については反論があり、亜硝酸の出来方にも異論が示されている。次回、その部分を説明する。