ところが、人はわかりやすい一般的な解決策を求めたがるものだし、どこかに何にでも効く万能薬があると信じたがる傾向がある。それで、栽培の勉強会で最も多く質問されるのがこの質問である――「何かよい肥料/農薬はないですか?」
この質問の意味は、「効果が高く、安くて、副作用がない肥料/農薬はないか」ということだ。
筆者はこの質問が出たとき、必ず反対に質問することにしている――「石灰はいい資材だと思いますか?」
善悪二元論はわかりやすいが失うものが多い
石灰は、酸性土壌を改良するのに有効なアルカリ性の資材だ。土壌が酸性の場合には大きな土壌の改善効果がある。だから、多くの方は「土壌が酸性であれば、いい資材だと思う」と答える。
筆者はそこでもう一度、「では、石灰はいい資材だと思いますか?」と尋ねる。たいていの場合、相手の方は黙り込んでしまうのだが、それももっともなことだ。
多くの農産物は、弱酸性(pH7弱)の土壌を好む。だから、pHがそれより低い酸性土壌で石灰を用いれば、土壌のpHを矯正することができる。しかし、pH7を超えるようなアルカリ性の土壌に使用すれば、むしろ土壌の過剰なアルカリ化を来たし、悪い影響を与える。
だから、石灰はよい資材でも悪い資材でもない。石灰には、アルカリ性の土壌改良材という特徴があるだけで、いいか悪いかは使用条件によって変わる。酸性土壌で使用すればよい資材、アルカリ土壌で使用すれば悪い資材ということになる。いつでもどこに対しても変わらない、絶対的な善し悪しというものはない。
ここでもう一度、DDTを振り返っていただきたい。DDTは、終戦直後の日本ではシラミ対策に効果を発揮した。しかし、現在の日本では、使用しないほうがよい。一方、今日もマラリア禍のある国・地域では使用に理がある。時、場所、状況によって薬剤や手段の評価は変わるのである。
さらに、この視点を農薬、化学肥料、あるいは遺伝子組換え作物が、そもそもよい資材/種苗であるか、悪い資材/種苗であるかという問いに当てはめて考えていただきたい。これらもまた、時、場所、状況によって評価は変わるのである。何かの資材・方法が絶対的によいか悪いかの判断をつけようという態度は取るべきではないのだ。
利益と危険性の不等式の向きは一定ではない。そして、どの資材・方法も、対象ごとに最適な量や使用方法があり、それをよく吟味して副作用を最少化し、ベネフィットを最大化する努力の余地がある。
我々栽培現場にいるものは、その利点を最大にするための技術的な研鑽を怠ってはならない。
消費者、需用者の方々には、栽培現場にあるべきこの努力の方向性を理解し、最良の作物を得るための課題として共有していただきたい。
全世界で通用する善悪二元論を夢想し、それによって人類が勝ち取った技術と多年の研究努力の成果を切り捨てることは容易なようで、実は失うものが多い。また、時、場所、状況に合わせて考えるということは、安全を含めた自らの利益に主体的にかかわることでもある。
流通、小売、外食の方には、生産者といっしょに最善の方法を考える機会を持っていただきたい。
リスクとベネフィットを整理して考えること
農業生産の現場でどのようなことが行われているかを知り、安全性や品質をどのようにとらえるべきかを考えるには、まずリスクとベネフィットの関係を整理する必要がある。そのため、連載開始から今回まで説明してきた。まずここまで読んでいただければ、共通の視点を持てたと思う。
そこで次回から、農業生産の現場で行われていることを順次具体的に説明し、それぞれの事柄について安全性や品質の考え方を示していきたい。
まず最初に農薬、ついで化学肥料にまつわる話をしていき、さらに放射能に関する考え方を説明していく予定だ。