産地の土が歪んだ理由

雨は与え、奪う
雨は与え、奪う

雨は与え、奪う
雨は与え、奪う

前回は塩基飽和度というものについて説明をしました。土のコロイドを円卓の周りに椅子が並んでいるところに見立て、仮に椅子が全部で10脚の場合、そこにカルシウムが5個、マグネシウムが2個、カリが1個座っているとすると、それぞれカルシウム飽和度50%、マグネシウム飽和度20%、カリ飽和度10%ということになるということでした。この3種類を「交換性塩基」と言い、この3つのパーセントを足したものを「塩基飽和度」と言います。

塩基の空席には水素イオンが着席

 さて、このコロイドの円卓の“椅子”には鉄則があります。この椅子が空席という状態は絶対にないということです。いつも、何かが座っているのです。

 では今取り上げた、カルシウム飽和度50%、マグネシウム飽和度20%、カリ飽和度10%の場合はどうでしょう。50+20+10=80となりますから、100に対して20足りません。10脚の椅子のうち2脚は空席となってしまい、原則に反します。

 ところが、実はこの2脚は空席ではありません。ここには水素イオン(H+)が座っているのです。

 水素イオンは塩基ではありません。

 水素イオンは酸性の原因を示す物質です。たとえばすしに使う酢酸の水溶液には水素イオンが含まれています。コーラはpH=3.5程度ですが、どうしてこうした酸性になっているかというと、コーラは炭酸(H2CO3)が溶けた炭酸水の一種で、炭酸水の中では炭酸から水素イオンが解離していて、このために酸性を示すことになります。

 土のコロイドにおいても、水素イオンが多いと同様のことになります。つまり、水素イオンが座る割合が多くなっていくと、土は酸性になるということです。逆に、水素イオンが少なければ、アルカリ性に近づいていくということです。

 また、これは塩基飽和度が100%の場合は、水素イオンはなくなるということです。

日本の土を変えた石灰・苦土施用

 さて、日本の土はよく酸性であるといわれます。なぜそうなるのでしょうか。

 連載の始めのころに、日本は年間降雨量が1500mm以上もあるとお話しました。その雨水は、二酸化炭素を含む大気の中を通って降ってくるので、コーラほどではありませんが、炭酸を含んだ薄い炭酸水なのです。そのため、弱い酸性になっています。“酸性雨”というのはもっと強い酸性の場合を言いますが、そうでなくても雨は酸性に傾いているのです。

 それでその雨水が大量に土の中を通っていくと、土のカルシウムやマグネシウムは溶かされ、流されてしまうことになります。これはやはり、雨水に水素イオンが含まれていることが原因です。

 ですから、降雨量が多くて温度が高いと、土から有機物の分解も激しく進み、またカルシウムやマグネシウムが流れ去ることも激しく起こります。その結果、土は酸性になるわけです。

 こうしたことが起きている典型的な地帯が熱帯です。日本は熱帯気候下ではありませんが、温帯地方としては他に比べて降雨量はダントツに多いところで、気温も高めです。

 日本は温帯でありながら、多雨による特異な自然と気象条件が酸性の土を作り出したのです。

 熱帯土壌は、このように栄養成分が溶け出して流れ去った土の際立ったものとして「土の死骸」とさえ言われることがあります。しかし、日本の土も温帯地方における「土の死骸」と言えるような代物なのです。

 こうした日本の土の欠点を改良する仕事が、戦後各地で進められました。「酸性改良」と言われるもので、畑に石灰や苦土、つまりカルシウムやマグネシウムを施用することです。このことで、日本の土の欠点の一つが改善されました。

 石灰や苦土を施用すると、土のコロイドに吸着されている水素イオンを追い出して、代わりにカルシウムとマグネシウムを座らせることができます。つまり、土の塩基飽和度を上げることをしたのです。

よいことも習慣になると弊害につながる

 このことが、各地に大規模にして優秀な野菜産地をつくる原動力になり、戦後開拓のモデルになっていきました。それらの地域では、ある決まった規格の野菜が、決まった量、きちんと栽培生産されて、さながら工場のようになりました。そして肥料のやり方や土壌改良法も、地域ぐるみで一律のやり方で進められたのです。

 その結果、残念なことも起こってきます。生産者一人ひとりが考えることをしない生産現場になっていったのです。つまり、なぜ石灰や苦土を入れる必要があるのか、その理由を理解することは二の次になり、作業としてこなす姿勢が強くなっていったということです。品種選びやその他の作業についても同じことが言えます。

 ですから、現在の有名産地が抱えている問題は、かつて戦前の日本の土の欠点によるものとは異なるものです。

 ここに一つの例として、長野県の野辺山と川上村の土壌分析値をPDFファイルで示してみます。表のように、何と塩基飽和度が100%を超えてしまった土が出てきました。

 こうなったのにはいくつかの原因がありますが、一つ考えられるのは“全マル”と関連することです。

 全マルとは、圃場全面をビニール・マルチ(マルチは圃場表面を覆う資材)で覆うことです。全マルをした場合、雨水が通過するのは野菜を植える穴の部分だけといっていいでしょう。すると、雨水によって土から石灰や苦土などが抜けて失われることがほとんどなくなります。

 それなのに、従来裸地で行われてきた改良法が、その本来の狙いを忘れて続けられた場合にどうなるかというと、たとえば石灰過剰ということです。

 塩基飽和度が100%を超える例が出て来る理由として考えられることは、たとえばこのようないきさつです。

 では、このように過剰な塩基の蓄積が具体的にどのような困った野菜づくりになっているのか、次回考えていきます。

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About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。