新興国の強みを直視すれば、彼らと同じ土俵で闘っても無駄だということは容易に理解できる。したがって、日本が不況から脱出し、再び経済的強さを持とうとするならば、従来型の産業を改良改善しても無駄である。そうではなく、産業構造の変革が必要である。これを忘れるわけにはいかない。
チェーンストアを日本発の世界商品に
その産業構造の変革とは、新興国にはまだないものである。すなわち、持続性があり、独自性のある高付加価値産業への変革が、製造業・小売業・サービス業のいずれにおいても絶対に必要である。世界に通じる新たな能力を構築していくことが必須である。
そこで必要となるのは、ドライなモノの取り引きではなく、人間の心に迫るビジネスの開発だ。
この観点で見ると、日本でチェーン・ビジネスとして開発された各種のビジネスを新興諸国に移植し、社会のインフラとして機能させることは有効と言える。日本型のチェーンストアを世界的に通じる産業として能力を発させるのである。
だが、この分野こそが「価格破壊の実践者」であり、それが「価格破壊から脱出する旗手」として期待されるという矛盾を抱えることになる。それでも、これを契機に新しいチェーン・ビジネスとして再構築する運動が起これば、この分野での収益性の改善につながる可能性はある。むしろ、その道以外に価格競争からの脱却を実現することはできないかもしれない。
“お上”には頼らない価値創造
なお、ここで忘れてはならないのは、このような産業構造の変革や高付加価値産業への脱皮は、最終的に合計されて“日本の変革”となるが、あくまでも行政にリードされるようなものではないということだ。自由主義国である日本では、仮に実際的には政府の施策があったとしても、あくまでも各企業の各々が変革を実現し、新しい能力を構築することがなければ、その“総和”としての“日本の変革”もないということである。
つまりは、各企業が低価格戦略を捨て、高付加価値創りを目指す産業に転身することがなければ、日本全体の産業構造の変革も実現し得ない。この点を各企業が、自身の問題として考えることが必要である。
繰り返すが、日本の全企業が高付加価値産業への転身を目指し、価格競争からの脱却を真剣に考えなければ、日本は国際社会において一層凋落していく。
現実に、過去あるいは現在今なお、日本の主要な産業に属する企業においてさえも、長期の視点で見ると、低価格を志向した競争に巻き込まれた場合、結果として関連する市場そのものの規模が縮小している。
個人として、企業として、国家として、価格で売らずに価値で売っていくと言う固い決意がなければ、日本の未来は期待できない。
そのやり方・方法は産業の実態に合わせていろいろなやり方があるだろうが、ここでは著者自身が体験し実践した販売プロセスにおける付加価値創造の一つのあり方を提示したい。
競争の視点をモノからコトへ変える
価格というものは、誰の目にも見える差異である。最もはっきりと識別でき、商品を比較しやすい尺度である。とくに現在の社会では、同類の商品は同様の性能・仕様を持つと理解されがちであるため、勢い数値の大小、つまり「安いか高いか」によって「買うか買わないか」が判断される。結果、価格の安い物が購入されやすいということになる。
恐ろしいことだが、日本では製品開発に当たる当事者の技術者自身がそのように考えがちになっていると、筆者は見ている。
これでは、顧客に対して提供できるものは、即物的な、価格以上に意味はないものにならざるを得ない。顧客にとって他社製品には代えがたい意義のある商品を提供している企業として、独自の価値を提供する、顧客に夢を与え、愛される商品や企業にはなれない。当然、いつまでも価格競争から抜け出せない。
しかし、顧客は本当に価格さえ安ければいいと考えているであろうか?
答えは「ノー」であり「イエス」でもある。
顧客は実は価格について思案しながらも、一方で長期にわたる販売店との関係や、商品を購入した後の修理・メンテナンスについて考えているし、それを購入することで憧れてきた世界を自身のライフスタイルとして実現できるか、同じ商品を持つ仲間たちとの交流があるか、そのように期待できるかどうかを考えている。その商品で購入後の自身の生活全体に及ぶ楽しいであろう変化を期待し考えているのだ。