渥美俊一氏は店の指標として客数を重視し、それを伸ばすために低価格実現を強調していた。しかし、現実の商業では低価格だけで商品や店の魅力を打ち出すことは難しい。デフレ社会の今こそ、その考え方から脱却すべきだ。
低価格によって客数を得る限界
渥美俊一氏は著作の中で、チェーンストア経営における重要な経営指標として客数を強調しています。そして、その客数獲得の方策となると、詰まるところ価格戦略であるということになっているように読み取れるのです。価格戦略によって集客力が付いた後は店数の増加によって販売量を増やす。そのように、実にシンプルな考え方をされていたように受け取れます。
こうした考え方は、とくに若い方にはわかりやすく爽快な納得感を与えるかもしれません。しかし、私が現実に販売に携わってきた中で描いた商業にあるべき姿からすると異質なものを感じざるを得ないのです。
とくに、客数が多いことを、行動の適切さを示すバロメーターとして強調しすぎるのは危険ですし、集客力拡大を実現する経営手法を物理的、機械的に考え過ぎると、現実の集客には成功できないものです。
誰にでもできることでは消耗戦に
しかも、今日の激烈な価格競争、人口減、縮小する市場の中で、価格戦略によって客数を増やすということは、最早現実的な話ではなくなっています。いわば、今日の世界で起こっている低価格競争に、渥美氏流の“生一本の正面戦略”であるコストカット論が、逆に追いついていないとも言えるでしょう。
確かに、物資がない、少ない時代には、そうした考え方が必要な時期もあったでしょう。しかし、市場の有様や経営環境は変わるのです。
にもかかわらず、主流となった小売業群が低価格実現至上主義でいった場合にどうなるでしょうか。低価格によって価値創造であるとする。低価格実現によって、高い収益性を実現するとする。これは、自らがデフレを誘因する存在となるということです。
そのように社会全体への影響を考える以前に、低価格志向で安定的に、持続可能な形で、売上げを伸ばし、利益率を上げるということは、容易なことではありません。それは、仕入先をも巻き込んだ消耗戦になっていきます。さらに、価格以外に魅力がないということは、消費者の精神的豊かさにも資するものとは言えません。お客は自分が買ったものを価値あるものと感じる機会を減らし、買い物自体をつまらなく感じもするでしょう。
SPAの魅力は価格だけで説明できない
一方、たとえば「GAP」「ユニクロ」などのSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)をチェーンストアの見本のように説明する向きもありますが、彼らのビジネスが価格戦略だけで説明できないことに注意したいと思います。お客は安いというだけでこれらの店を利用しているのではありません。自分に合うものを見付けたり、組み合わせたりする楽しみや、それに対応する店の印象の総体つまりブランドも含めて考えなければ、その成功を分析することはできないはずです。
ともかく、低価格至上の考え方からは脱却しなければなりません。それはとにかくモノの値段を上げよということではありません。「安くなければいけない」というところから商品やサービスを発想するのではなく、お客に獲得してもらいたい価値の中身から発想する考え方に切り替えるということです。
これは、機械的に、シンプルにできることではありません。物理的価値から心理的価値へ視点を移すことですから、理屈で説明できて誰にでもできるということではなくなっていくでしょう。しかし、だからこそ、他では提供できない価値を生み出すということになるのです。
近年は、そうした考え方を「ブランド」として説明することが多くなりました。しかし、これさえも価格とのリンクで説明する向きも多いですし、「ブランド構築」と言って判断停止し、その中身は深く考えないという場合も少なからずありますから、あまり「ブランド」という言葉にはこだわりすぎないほうがいいでしょう。
私はそれよりも、「コト売り」という形で考えるようにしています。モノを売るのではなく、出来事、現象、体験、思い出などのコトに価値の重点を置き、それに対応したモノやサービスを揃えるということです。