渥美俊一氏はチェーンストア作りについて教育を重視した。約50年間の間に延べ膨大な数の人々がセミナーを受講している。教材も豊富に用意している。しかし、その教育内容を見ると、かつてメーカーで試されたZD運動を彷彿とさせ、そこに無理を感じる。
震災時の優れた緊急対応
改めて、東日本大震災で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りします。けが、病気をされた方々、不自由な生活を強いられている方々にお見舞いを申し上げます。
昨年の震災に際して、チェーンストアの緊急事態対応はたいへん立派なものでした。震災直後の対応、続く被災地支援の行動、それを支えたロジスティクス等には感銘を受けました。そして、これはよく準備され、教育され、過去の経験も生かされているから可能だったのに違いないと感じました。チェーンストアの教育重視の姿勢がよく表れていたと思います。
教育を重視する渥美式チェーンストア
この非常時の対応はよい面の表れですが、ただ、渥美式チェーンストアの教育方針には、いくつか疑問に思う点があります。
渥美氏らによるチェーン教育は、企業の階層・職能ごとに多彩なメニューを持っています。定期的なものではトップマネジメントや重役向けの政策セミナー、経営システム、組織管理、戦略等の内容のセミナー、中堅向けセミナー、専門実務セミナー、海外視察セミナーなどなどがあります。ペガサスクラブ主催のセミナーだけで、1962年から2000年までで延べおよそ17万人が受講しているそうです。
この他に、団体やマスコミ主催のセミナーがあり、また各社向けのコンサルティングでの指導もありますから、その指導の量はたいへんなものです。教材も非常に多い。
さらに、渥美氏は著書でも教育の重要性を強調しています。そしてペガサスクラブ会員社はどこも教育に力を入れているようです。震災後の対応は、まさにそうした活動が生きた場面であったでしょう。
もちろん、教育は大切です。
ではその内容はどのようかと言えば、これまでに述べたように範囲を絞ったある固有名詞的な“チェーンストア”の厳格な定義と、それに基づく考え方と行動の規定ということになります。
しかも、渥美氏の著書を読んでいくと、それらは働く人と働き方を“渥美式チェーンストアを経営・運営していく上で完璧なもの”にしていくことを志向したものであったことがわかります。
ZD運動が廃止された理由
私は、渥美氏の教育に関する記述を読んだりセミナーの様子を聞いているなかで、かつてトヨタでも試みられたある運動を思い出しました。
1960年代半ば以降のことですが、かつて製造業にはZD運動というものがあったのです。ZDとはゼロ・ディフェクト(Zero Defects)のことで、“無欠点”を追求する活動を言います。
具体的には現場のグループで欠点、欠陥品が出た原因を洗い出し、それをなくす行動を決めるといったことをします。QC(Quarity Control)活動に似ていますが、「ディフェクトをゼロ」にすることを目標にしているZD運動は、「クオリティをコントロール」しようとするQC活動とは異なる趣きを持っています。
今、ZD運動を積極的に行っているメーカーは少ないはずです。「ウチはやっている」という場合でも、実際にはQC活動の別名となっているのではないでしょうか。
なぜ行われなくなったのかと言えば、これには無理があるからです。というのは、ZD運動は究極的には欠点・欠陥が発生する原因をヒューマン・エラーに求めることとなり、そのヒューマン・エラーをゼロにしようという形になるからです。
不可能な話です。
人間でも機械でもエラーは必ず起こり得るもので、エラーを減らすことはできてもゼロにすることはできません。しかも、人間は機械よりも高い確率でエラーを発生させるのです。にもかかわらず、ZD運動を推進した人たちは、教育訓練を強化し、注意力を高めることでヒューマン・エラーをなくそうとしました。
するとどうなるでしょうか。莫大な教育訓練コストをかけることになります。しかも、コストをかければかけるほど、費用対効果は逓減していきます。
ですから、ZD運動は目標設定が誤りであり、不可能なことであり、経営的にも効率のよくないものなのです。