渥美理論を検証し、これからのチェーンの形を明らかにしていく。まず第一に疑問と感じるのは、「チェーンストア」というもののあまりにも厳格な定義と、それからの逸脱を徹底して戒める基本的なアプローチである。
多年の活躍と緻密な理論には敬意を抱く
渥美俊一氏は2010年に亡くなるまで、約50年間にわたってコンサルタントとして活躍してきた方だ。指導した会社は700社に上るというから、教えを受けた方々の人数も膨大なものだ。
指導した内容を聞いたり読んだりしてみると、実際、その考えや主張には参考になること、本質を突いていると感じることも多い。また、考えを緻密に体系化された業績にも敬服する次第だ。
ただし、長年何かを売るというビジネスの現場にいた者からすると、疑問に感じる点、むしろ反論せねばならないと感じる点は多い。それらを順次挙げていきたい。
机上で考えた理想と市場の現実は違う
まず、最初に気になるのは、「チェーンストア」なるものの定義だ。
渥美氏は「チェーンストア」を厳格な定義のもとに規定、限定化している。すなわち、「ひとつの資本で11店舗以上を、直営する小売業あるいは飲食業の経営制度」という言葉に始まって、経営と戦略のみならず、財務、人事、運営などにいたるまで微に入り細を穿つように定めている。
それはもはや一般的な業態の定義を超えて、いわば渥美式「チェーンストア」とも言うべき固有名詞的な業態の理想像を表現したものと言える。
そして、話に聞けば、渥美氏門下の経営者たちは、終始「叱られていた」と言う。曰く、「まだわかっていない」「まだできていない」「これができもしないのに、別なものを考えようとする」と。
私は、それは致し方のないことだと考える。机上の理想と、市場で起こる実際の現象つまり生きたビジネスとは、やはり違うのだ。渥美理論が門下の経営者たちに理解されない、実現されないということは当然に起こっただろう。
もちろん、何につけ、基本なるものは大切にすべきではある。しかし、ビジネスは生きて変化し続ける社会を相手にするものであるだけに、いかに素晴らしい基本であっても、ときに従来の基本が今の現実に通用するものであるかを疑うこと、さらに新しい基本を模索することも大切だ。
これは渥美氏のことに限らないことだが、まず金科玉条があってそれに従うべきとし、現場での実体験からのクリエイティブな疑問や新しいことを考えて実践しようとする動きをあくまでも抑制、排除する考え方は、私は経営上推奨できない。
渥美式「チェーンストア」以外に成功事例はある
渥美式「チェーンストア」が限定的な業態である半面、現実の社会にはもっと自由で多様なチェーン・ビジネスは存在し、発展している。
たとえば、コンビニエンスストアは単一の資本によるチェーンではなく、渥美氏があくまでも手本とした米国で成功したフォーマットでなかったために、渥美氏はあまり認めようとしなかったと聞くが、これはまぎれもなくチェーン・ビジネスだ。また、これまでの稿で紹介してきたとおり、実はトヨタがやっている自動車の企画・生産・販売もチェーン・ビジネスだ。渥美氏がスノッブ、豪華な商品は扱わないとして埒外に置いた高価な紳士服、婦人服、宝飾にもチェーン・ビジネスはある。
そうした、渥美式「チェーンストア」以外のチェーン・ビジネスを“チェーン志向の企業が目指すべきものとは違うもの”として無視し、ベンチマークしてこなかったとすれば、日本の“チェーン志向の”小売業や外食産業にとって大きな損失だったと考えるのである。
いや、むしろ渥美式にこだわらなかったところに伸びたところがあるのである。コンビニエンスストアを日本で企画し直し、直営すなわち単一の資本ではなくフランチャイズ・チェーンとして展開に成功した「セブン-イレブン」しかり。「ユニクロ」は「ペガサスクラブの優等生」とささやかれることがあるようだが、ペガサスクラブで熱心に勉強してきたアパレルのチェーンや、アパレル部門を持つGMS(ゼネラルマーチャンダイジングストア)は他にもある。「ユニクロ」の強さは渥美式「チェーンストア」構築に熱心だったことではないところにあるはずと考えるのが順当だろう。
渥美式「チェーンストア」の定義と、それに感じる疑問については、次回以降さらに説明していく。