はまぐりは前回ののりと同じ、食物を採集して暮らしていたころの原日本人にとってはなじみのある食べ物である。浜にある栗に似た貝だから「浜栗」。なんのひねりもないネーミングだ。辞書にある漢字で書けば「蛤」。学名はマルスダレガレイ科ハマグリ。
はまぐりのうま味は汁で味わう
ハマグリは北海道の南部から九州南部の太平洋岸、北陸以南の日本海沿岸の、河口付近の内湾に生息している。主な産地は東京湾や伊勢湾、瀬戸内海、有明海、八代湾などだ。
とはいえ国産は割高だからなかなか口に入らない。それに代わっておなじみなのが、中国、韓国、北朝鮮産などだ。
「その手は桑名の焼きはまぐり」という文句は有名だが、焼きはまぐりはうまい。その他、潮汁(はまぐりの澄まし汁)やグラタン、スープ、チャウダーなどが有名だが、よく考えてみると、はまぐり料理は“汁物”が多い。ということは、はまぐりの魅力は身より汁ということなのだろうか。実は一説によれば、はまぐりは身より“体液”の方にうま味が詰まっているとも。
そのうま味の正体とは、グルタミン酸、タウリン、アラニン、グリシンなどのアミノ酸系うま味物質だ。グルタミン酸といえば、うま味調味料で用いられるL-グルタミン酸ナトリウムが有名だから、ここでは説明は省く。
タウリンの多さはカキに次ぐ
タウリンについては以前、「カキ」の回で説明した。今回はもう少し詳しく説明しよう。
タウリンは魚介類の中でも貝類や軟体動物に多く含まれている。最も多く含んでいるのがカキで、100g中1130mg含有している。その次に多いのがハマグリで、100g中1080mg含有している。以下、多く含んでいる順に、タコ(830mg)、アサリ(380mg)、シジミ(110mg)などだ。
タウリンは人間などの哺乳動物の成長には欠かせない栄養素で、脂質の消化・吸収に直接関与し、また、目の網膜機能障害にはタウリンの欠乏が関連しているという臨床報告もあるそうだ。
このような科学的視点がなかった昔にも、はまぐりが体にいいということはよく知られていた。たとえば、潮汁やはまぐりの味噌汁には利尿作用をはじめ、口の渇きや二日酔い、胃腸の不調の改善、強壮効果などがあるとされ、民間療法としてはまぐりは利用されてきた歴史がある。
現在知られているタウリンの健康的効果を列挙すると――
(1)胆汁酸の分泌を促進する作用があるので、血中コレステロールを減少させる。これにより高脂血症や動脈硬化、不整脈、高血圧などの予防につながる。
(2)肝臓の機能を活性化する働きに優れていることから、肝臓におけるアルコールの代謝作用や解毒作用を促進する。前述の「二日酔い改善」の根拠はここにあるらしい。
(3)膵臓からのインスリンの分泌を促進するために、血糖値を下げる働きがあることから、糖尿病の予防や改善につながる。
肝グリコーゲンを増すアラニン
はまぐりに多く含まれるアミノ酸のうち、アラニンについて一言で説明すれば、過度の飲酒などを原因とする肝障害の予防につながるということだ。
まず、飲酒がなぜ肝臓に悪影響を及ぼすかについて説明する。飲酒によってアルコールが体内に入る。肝臓でアルコールはさまざまな物質に分解されて、有毒物質のアセトアルデヒドを生じるが、これもやがて酢酸に代謝されて無害となり、最終的には水と二酸化炭素に分解される。
ところが、大量飲酒でアセトアルデヒドが酸化されずに肝臓に残ってしまう。これが二日酔いの原因だ。二日酔いなら、安静と時間の経過で回復できるが、習慣的な飲酒を長期間続けると、常時、アセトアルデヒドの分解が追いつかず、これが脂肪肝を引き起こし、ひいてはアルコール性肝障害に発展する。
もちろん、大量・長期間飲酒を控えることがアルコール性肝障害の最大の予防策だが、それは横に置いておく。ようするにアセトアルデヒドの分解を促すことができれば、アルコール性肝障害の予防にはつながる。
肝臓の中でアセトアルデヒドの分解を行うのは肝グリコーゲン(肝臓に蓄えられたグリコーゲン)という物質だ。したがって、肝グリコーゲンの生成と分泌を促すことが重要となる。その役割を担うのがアラニンなのである。はまぐりが二日酔い改善効果があるというのは、ここにも理由があったわけだ。
しじみの二日酔い改善効果はよく知られているところだが、もしかしたら、はまぐりの方が効果は高いかもしれない。ただし、コストパフォーマンスを考えたら、やはりしじみだろう。