真夏の賑やかな鎌倉の海は、真冬になると海の浅瀬一面にヒビ(ノリ養殖のために浅瀬に立てた木の枝や竹)が広がる。40年以上前、小学5年生から中学2年生までを材木座で過ごした筆者にとっては、おなじみの冬景色だった。真冬の鎌倉の海は、海苔(のり)漁師の天下だった。今でも同じだろうか。確かめたことはない。
太古から続くのりの利用
一口に「のり」といっても2種類に分かれる。われわれが食べ物としている「のり」というのは、紅藻類のアマノリ属に入る海藻。のりは黒いと認識しがちだが、生きているノリは本来暗い赤色だ。
日本人とノリのつきあいは長い。おそらく縄文時代からだろう。原日本人は食物を採集して暮らしていた。そうした人々にとって、ノリなどの海藻は簡単に採れる食べ物だったろう。今日でも、神社で神前の祭壇に供えられる神饌(自然からの恵みであるさまざまな食べ物)の1つに、のりは欠かせないキャラクターだ。
それにしても「のり」とはいかにもピッタリな名前だ。なんでも元々は「ヌラ」と呼ばれていたらしい。滑る(ぬめる)「ヌラヌラ」の「ヌラ」である。これがいつの間にか「ノリ」に変化し、「海苔」の文字が当てられた。
江戸時代中期に自然養殖法が開発されるまで、ノリは専ら縄文時代から連綿と続く自然採集に限られていた。そうしたことから、のりは貴重品として、平安時代には貴族だけが口にできる食べ物だった。
江戸時代中期の享保年間(1716~35)、江戸前の浅い海(東京湾。主に品川や大森の沖)でヒビを立てて、ノリの“タネ”が自然に着いて育ったものを採集する自然養殖法が始まった。
それまでは、生のりをそのまま調理していたが、享保年間になると、現在の干しのりと同じように、細かく砕いて紙状に漉いて干す形態が主流となった。
しかし、相変わらずのりは高価な食べ物だった。大量生産が可能になり庶民の口にも入るようになったのは、ずっと時代が下った昭和30年代(1955~)。人工採苗法が確立するのを待たなければならなかった。
タンパク質を豊富に含むのり
栄養源としてののりを一言で言えば、非常に栄養バランスが取れている食品ということになる。タンパク質、ビタミン類、ミネラル類、食物繊維といった栄養素を含んでいる。
まずタンパク質。干しのりの場合、その重量の約4割を占めている。同じくタンパク質を多く含む肉や卵、大豆などに比べても高い割合であるらしい。
タンパク質はアミノ酸の集合体だ。のりのタンパク質は主にアラニン、グルタミン酸、アスパラギン酸などの遊離型アミノ酸と呼ばれるもので、これらがのり独特のうま味を作り出し、同時に栄養成分でもある。
また、のりのタンパク質の場合、体内に入ると独特の成分に変化するという特徴がある。胃や腸で消化酵素のペプシンやトリプシンによって「海苔ペプチド」に変化する。ペプチドとはタンパク質のようにアミノ酸が複数結合したもののうち、アミノ酸の個数が少ないもの。海苔ペプチドはさらにアミノ酸へと分解されて、腸から体内に吸収される。
アミノ酸に分解された海苔ペプチドには血圧降下作用があるとされている。したがって、高血圧に悩む人にとってはのりは血圧を改善する食べ物かもしれない。また、肝機能保護作用があることから、酒を飲んでいる最中にのりを食べることによって、悪酔いや二日酔い予防になるという。
ビタミン・ミネラルも豊富なのり
次にビタミン類。のりが含有する主なビタミン類はビタミンA、B2、B12、C、Kなどだが、とくに多いのがビタミンB12だ。これは赤血球の生成を促進して貧血を予防し、タンパク質の代謝を促進する栄養素だが、具体的に言えば、食欲や体力の増強、ストレスや疲労からの回復などの効果が期待できる。
ミネラル類に関しては、のりの場合、そのほとんどの種類を含有しているが、とくに多いのが体の成長にかかわるマンガンと、味覚を正常に保ち生殖能力を高める亜鉛だ。
これに加えて、整腸作用や便秘予防に効果がある食物繊維を多く含んでいるのがのりという食品だ。
食物繊維に関しては、のりのランクによって含有量の差はほとんどないが、その他の栄養素に関しては、より上級品の方が含有量は多い。タンパク質の量の場合、それは味で確認できる。上級品ののりの場合、とくにうま味が強いが、これはタンパク質の量が多いということを示していると考えられる。