食を広くとらえながら、バイオテクノロジーとリスクコミュニケーションに関する話題を振り返ってみました。
- 一般農家での遺伝子組換えカイコ飼育への環境整備進む
- 遺伝子組換え技術で青いキク誕生
- 花きにおけるゲノム編集の応用
- ゲノム編集技術を用いた改良ジャガイモの圃場試験行われる
- ゲノム編集技術を使った多収イネ圃場試験栽培行われる
- コメ型経口ワクチンの共同研究始まる
- シンプロットの遺伝子組換えジャガイモ
- 原料・原産地表示制度発表と問題点の指摘
- 日本における遺伝子組換え食品表示の見直し検討
- 遺伝子組換え微生物の第二種利用における包括確認制度
1. 一般農家での遺伝子組換えカイコ飼育への環境整備進む
9月、農研機構が作出した緑色蛍光タンパク質含有絹糸生産カイコに対し、カルタヘナ法の第一種使用等(遺伝子組換え生物等の環境中への拡散を完全には防止しないで行う行為)に該当する飼育をしても、生物多様性に影響を与える可能性はないという大臣承認が下りた。10月には群馬県前橋市の農家で初めて遺伝子組換えカイコが飼育された。今回の承認で、二度目の脱皮以降の3齢幼虫からさなぎになるまでの間だけの飼育が可能になり、一般農家で機能性の高い繊維が生産できるようになる。
2. 遺伝子組換え技術で青いキク誕生
8月、農研機構野菜花き研究部門はサントリーグローバルイノベーションセンターとの共同研究で「青いキク」の開発に成功したと発表した。
農研機構は2001年から遺伝子組換え技術を用いた青いキクの開発をはじめ、2013年にはサントリーと共同で青紫色のカンパニュラの遺伝子を利用した紫色のキクを作出した。今回はチョウマメの遺伝子を併せて発現させることにより鮮やかな青色のキクが開花した。
キクは日本の切り花類の出荷量の約40%(約16億本、2015年度)を占め、海外での需要も高い。
3. 花きにおけるゲノム編集の応用
3月、農研機構野菜花き研究部門はキクを用いてゲノム編集技術を使って、その性質を変える実験に成功した。キクに予め蛍光タンパク質をつくる遺伝子を複数導入し、そこにゲノム編集を施して、蛍光の低下に成功した。蛍光タンパク質遺伝子の働きを観察したが、これをキクの内在性遺伝子(その生体の内部で生産された遺伝子)とみなすと、ゲノム編集技術でキクの内在性遺伝子に変異を与えることができることになる。
また、8月30日、筑波大学生命環境系小野道之准教授らのグループは、ゲノム編集技術を用いて、アサガオのアントシアニンを合成する酵素をつくる遺伝子(DFR-B)を不活化させることにより、紫色の花を咲かせるアサガオから白い花を咲かせるアサガオの作出に成功した。
4. ゲノム編集技術を用いた改良ジャガイモの圃場試験行われる
弘前大学農学生命科学部の研究グループは、「接ぎ木を利用した新育種技術」(エピゲノム編集体獲得法)を用いて改良ジャガイモを作出し、農研機構で野外試験栽培を開始した。
台木であるジャガイモにジャガイモまたはタバコ(穂木)を接ぎ木し、穂木から台木に、台木の中の特定の遺伝子の機能を抑制する働きを持つ遺伝情報(小干渉RNA)を運び込み、高アミロースデンプンが生成されにくくなる遺伝子と、アクリルアミドを生成する遺伝子とを抑制する。これにより、揚げた場合に焦げにくく、発がん性が疑われているアクリルアミドの生成も抑えることが期待される。
この技術は、トマト、果樹で応用され、品種改良を促進する技術になると期待されている。
5. ゲノム編集技術を使った多収イネ圃場試験栽培行われる
CRISPR-Cas9というゲノム編集技術でイネの持つ遺伝子のうち二つを不活化することで、イネの穂につく籾数や米粒のサイズ(シンク容量)を増加させることを目指したイネ系統(シンク能改変イネ)の野外試験栽培が隔離圃場(つくば市)で行われた。
収量が最終的に1.2倍程度増すことが目標である。実際にどのくらいのシンク容量が野外栽培環境下で増え、最終的にどの程度の増収に繋げられるかも、3年ほどの野外試験の結果で明らかにしていき、次の課題に向けたステップに進むことが期待される。
6. コメ型経口ワクチンの共同研究始まる
5月、東京大学 医科学研究所とアステラス製薬は、コメ型経口ワクチン「ムコライス」を活用した共同研究の対象範囲をノロウイルスなどのウイルス性腸管下痢症に拡大する契約を締結した。
ムコライスはGMP対応型閉鎖系栽培施設で栽培される遺伝子組換え米で、粉末の水溶液を摂取する。このために冷蔵保存と注射器・針両方が必要なく、腸管に存在する粘膜免疫システムを利用している次世代型経口ワクチンとして期待される。
7. シンプロットの遺伝子組換えジャガイモ
7月、厚生労働省は米シンプロット社が開発した遺伝子組換えジャガイモの食品としての安全性審査をクリアした旨を公表した。このジャガイモは遺伝子組換え技術を用いた結果、高温で揚げてもアクリルアミドがあまり生成されず、ぶつかったことによって出来る黒斑(打撲黒変)が出来にくい性質になっている。
しかし、シンプロット社の大口顧客であり、大量のジャガイモをフライドポテトとして利用している米マクドナルド社は、このジャガイモを使用しない方針を明らかにしている。約20年前に開発された、
害虫抵抗性遺伝子組換えジャガイモ(ニューリーフ)は未だにほとんど耕作されていないが、それは種苗コストの高さに加え、マクドナルド社の不使用宣言の影響もあると見る向きもある。害虫抵抗性は生産者にメリットのある形質で「第一世代の遺伝子組換え作物」と言われた一方、今回のアクリルアミド生成抑制はまさに消費者にメリットがある「第二世代の遺伝子組換え作物」なのだが、マクドナルドの不使用宣言による影響はどのようになるのだろうか。
8. 原料・原産地表示制度発表と問題点の指摘
9月、消費者庁は加工食品の原料・原産地表示制度を発表した。
日本は世界各国から原料を調達し、安定供給を実現しているため、時期や生産・流通の事情に合わせて原産地が変化したり、複数国から輸入したりして食品の安定供給を実現している。そのような事情がある中で、今回、全加工食品への表示を目指したことから、出来た制度は「可能性表示」「大くくり表示」など複雑なルールが設けられることになった。
同庁は事業者向け説明会を全国で実施し、消費者向けパンフを作るなど制度の説明を行っている。一方、本制度の公開直前、日本生活協同組合連合会、日本スーパーマーケット協会ら9団体は要望書を提出し、本制度の問題点を指摘した。
9. 日本における遺伝子組換え食品表示の見直し検討
4月、消費者庁は遺伝子組換え食品表示検討委員会(委員長=湯川剛一郎東京海洋大学教授)を発足させた。
食品表示法が2014年に出来てから、栄養成分表示、原料原産地表示と順に見直しが行われてきた。遺伝子組換え食品については、義務表示対象食品の拡大、意図しない遺伝子組換え原料の混入率、任意表示である「不使用」表示などが論点となっている。「消費者の求める情報」がわかりやすく伝わり、事業者への負荷に直結する実現可能性に十分配慮した検討を望む。
10. 遺伝子組換え微生物の第二種利用における包括確認制度
経済産業省は従来、遺伝子組換え微生物の第二種利用(施設内での利用)において、個別に大臣確認を行ってきた。同省はこれまでの審査知見の蓄積を踏まえ、3年以内に大臣確認を3件以上受け、適切に第二種使用等をした実績を有する者は「包括申請」ができる制度を開始する予定だ。事業所内に安全委員会を設置し、遺伝子組換え微生物の取り扱い業務に3年以上従事した経験者を2名以上配置し、毎年度末に使用などの実績の報告を行うこととしている。必要に応じて現場確認を実施することもある。
酵素を産生する遺伝子組換え微生物などがこれまで数百件申請され、広く安全に利用されてきた実績を踏まえた上での、画期的な効率化への取り組みであると言えよう。