追憶の「館」。師走のある日に

「館」の店内
「館」の店内

小樽にて
小樽にて

今年も押し詰まって参りました。ノロが流行っています。ノロウイルス対策、インフルエンザ対策のために、うがい、手洗い励行、お忘れなく!

暮れの多忙によみがえる記憶

 はやクリスマスも過ぎ、今年もあと残りわずか。都心の道路は、普段よりもぐっと交通量が減って、否が応でも年の瀬を意識させる。

 自分は、今年は大晦日の最後のイベント「コミケ」(コミックマーケット)というものに会社が出展し、その責任者にさせられているので、普段の年とは違ってこの時期になってもバタバタしている。まぁ、このご時世、仕事があるだけでもありがたいと思って、自分のできる限りがんばっているけれど。

 よって、今年は、帰省をしない。実家に一人いる母親に対しては、ちょっと胸の奥がチリリと痛むけれど、仕方ないことではあるので、心の中で頭を下げて、今は仕事に邁進している。

 そして、連絡や、書類作りに没頭して、ふと頭を上げ、冬の澄んだ青空を見るたびに、思い出す風景がある。

 それは、遠い遠い記憶。

 自分がまだ何者でもないどころか、ヨチヨチ歩きに近かった時代。

 こんな師走の澄んだ青空の下、家族や親戚たちと、ある店を目指して郷里の繁華街を歩いていた。

シャンデリアの下に一族が集まる

「館」の客席
「館」の客席

 郷里である北海道の小樽市は港町として昔栄えていたからか、自分が小さい頃も人口に比べていろいろなお店が多く、昔からあるハイカラなお店も点在していた。

 画廊、洋食屋、料亭、そして喫茶店。

 中でも繁華街の花園銀座街の中心にある洋菓子と純喫茶のお店「館」は市内きっての名店。市民の憩いの場であり、華やかな思いを感じさせる、一種の社交場でもあった。

 重厚な作りの店内、ふかふかのソファ、ビロードの手触り、シャンデリア。そして、そこで供される甘く上品な洋菓子。

 小さな自分にとっては、いってみれば竜宮城のような、ハレの場所であった。

 このお店には、自分の親戚、とくに父方の兄弟・姉妹たちが、頻繁に通っていた。

 一族を司る市役所勤務の伯父、東京帰りの伯父、東京から帰省しているモデルをやってたという従姉妹、父も叔父も、心から愛していたお店だった。

 その証拠に、お盆や正月に親戚が集まると「じゃあ、『館』に行くか」となった。

「館」の「プリンパフェ」
「館」の「プリンパフェ」

 みな酒が飲めない体質だった一族の男たちにとって、こちらは、とても晴れがましい、心浮き立ち、安らぎもする場所だったに違いない。

 そんな親戚たちは、兄弟の子供たちの中で初めての男の子だった自分を、ずいぶん可愛がってくれ、「館」に行くにも頻繁に誘ってくれた。

 叔父たちに手を引かれながら、華やかな店の中に足を踏み入れる瞬間、店内のシャンデリアの光が優しく自分を包んでくれるようで。まさしく、小さな自分にとっての“大人の世界”だった。

 そして、親戚たちの会話を聞きながら、パフェやプリンを食べる。それがどれだけ誇らしく、晴れやかな気分だったか! ちょっと大人の仲間入りをした気がして、みんなから大事にされている気がして、心から、心からうれしかった。

直視した街の今に息を呑む

 やがて大きくなり、中学、高校と進むにつれて、喫茶店が「館」だけじゃないことがわかってくる。世の中にはいろんなお店があることもわかってくる。

 それでも、あそこは、自分にとって特別なお店だった。

「館」のケーキセット
「館」のケーキセット

 とくに、「館」を愛していた、東京帰りのM伯父。自分に東京の話や文化について、山登りや世界について、繰り返し話をしてくれた彼は、自分が長じた後も、「館」に通っていた。

 高校や大学の帰省時に、自分がふらりとあの店に行って、ゆっくりコーヒーを飲みながら過ごしている伯父と出くわしたのも一度や二度ではない。会うとうれしそうに話をしてくれるM伯父の笑顔を、つい昨日のように思い出す。

 やがて。

 自分が社会人になり、郷里からも不況の便りを聞かされるようになり、あの賑やかで華やかだった「花園銀座街」からも、ゆっくりと時代の波が引いていくようになる。

 そして、昔の華やかな思いを汚したくないからとずいぶん長い間、足を向けなかった。

 けれども。昨年の師走の帰省時、ちゃんと自分の郷里の姿を直視したくて、あの花園銀座街に行ってみた。

 アーケード街の入り口から一歩、足を踏み入れた自分は、声を失ってしまった。

 人が歩いていない、開いている店は数えるくらいしかない……。そこは、シャッター通りになっていた。

 しばらく歩き、寒々とした思いを抱えながら、意を決して、「館」に行った。

移り変わる世に店は

「館」の店内
「館」の店内

 そこは、幸いにしてあの光や華やかさは保ったまま、まだ、昔からの場所にあった。

 ただ、喫茶部門が昔からの記憶と違い、狭く感じてしまった。それだけ自分が大きくなった、大人になってしまったのだろう。

 そして、一番大きな変化は。そこでコーヒーを飲んでいたはずの父親をはじめとして、たくさんの親戚がいなくなってしまった。

 M伯父も体がすっかり弱って、もうあの店に行くことはできない。

 その喪失を実感して、しばらく、言葉が出てこなくなってしまった。

 注文したコーヒーもパフェも昔通りの味だった。

 それでも、何かが決定的に変わってしまった。

 それはお店、というより、その環境であり、自分自身の思いであり、自分の年齢でもあるのだろう。

 もう戻ってこない記憶。

 戻ってこない人たちへの想い。

 そういうものをすべて抱えながら、我々は生きていくしかない。

 そこにまだ「館」があるように。

 願わくば。

 あの店が、今も、美しい光に包まれながら、おいしいお菓子やコーヒーで少しでも多くの人々を幸せにしていますように。

 その幸せがずっと続きますように。


●「館」小樽本店

※閉店しました。

北海道小樽市花園1-3-2
Tel.0134-23-2211
営業時間:10:00~19:00(喫茶ラストオーダー18:30)
定休日:水曜、1月1日
Webサイト:http://www.c-yakata.co.jp/

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About 上荻吾朗 40 Articles
編集者 かみおぎ・ごろう 1964年生まれ。北海道出身。週刊誌記者、漫画編集者を経て、WEB製作会社で勤務。震災後、通勤困難を経験して、メタボ対策のためにも、自転車通勤をするようになる。おいしいものを食べることが何より好きな健康チューネン。いかにも飲めそうなヒゲ面のくせに下戸。