ホテル、百貨店のメニュー虚偽表示が相次いで発覚し問題となっていることを機に、食ビジネスにまつわる“ウソ”について考える続きです。突飛に感じられると思いますが、かぐや姫のお話から偽物について考えてみます。
かぐや姫の5つの無理難題
スタジオジブリの新作「かぐや姫の物語」(高畑勲監督)が11月23日に公開されるということで、例によって盛んに宣伝がされています。ここで思い出すのが、「竹取物語」の中で、かぐや姫が言い寄る貴公子たちにふっかけた難題の数々です。
彼女は、石作皇子には「仏の御石の鉢」、車持皇子には「蓬莱の玉の枝」、右大臣阿倍御主人には「火鼠の皮衣」、大納言大伴御行には「龍の頸の五色の玉」、中納言石上麻呂には「燕の子安貝」を、それぞれ持って来いというリクエストを出しました。いずれも、求愛を断るために実現不可能な要求を出したまでですが、男たちは涙ぐましい努力でそれに応えようとします。
このうち、「龍の頸の五色の玉」と「燕の子安貝」は入手に失敗し、大納言は病気になった上に嘲笑され、中納言は大けがをして遂には落命するということになります。
実際に何らかのものが届けられたのは、「仏の御石の鉢」「蓬莱の玉の枝」「火鼠の皮衣」の3つです。ただし、「仏の御石の鉢」は国内の山寺でもらってきた古い鉢、「蓬莱の玉の枝」は職人に作らせた人工物、「火鼠の皮衣」は唐の商人から買ったものでした。かぐや姫はこのいずれも偽物であると判定しました。
「仏の御石の鉢」については、本来神々しい光を放っているはずのものがそうではなく、ただの煤けた鉢でした。また「火鼠の皮衣」については、本来燃えないはずのものが火を点けると燃えてしまったのでした。したがって、これら2点は本物ではないとなったわけです。
では、「蓬莱の玉の枝」についてはどうだったでしょうか。かぐや姫が要求したそれは東海にあるという蓬莱山に産する植物で、根は白銀、幹は黄金、果実は真珠で出来ているというものです。
地球上の生物の多くの体は炭素を中心に構成されています。SFでは炭素の代わりにケイ素を中心に構成する体を持つ生物というのが出てきますが、さて、金属の体を持ち真珠の実をつける植物など、この宇宙にあるものかどうか。たぶんそんなものはないと思いますが、よしんばあり得るものとしても、よほどの高温の環境でなければ循環や新陳代謝は無理でしょう。そんなあるかないかわからないものをこの宇宙の中で見つけてくるなり、特殊なバイオ技術で育成するなりには、何百年も何千年もかかるでしょう。
車持皇子はそのような宇宙旅行なり特殊な技術開発の手間とコストをはしょる代わりに、当代一流の職人を集めて、実際に白銀、黄金、真珠を使って豪華で美しい工芸品を作らせたのでした。
してやったり、さすがの悪女かぐや姫も、この宝物を見て顔色を失います。竹取の翁も「こりゃ決まりだわい」とばかりに、奥へ行って床入りの支度を始める始末。
ところが、そこへ職人たちが乱入し、仕事の代金をくれと騒ぎ出したため、「蓬莱から持ち帰ったのではなく、国内で人が作ったのではないか」ということになり、車持皇子の工夫も却下されるということになったのです。
要求仕様は満たしていた「蓬莱の玉の枝」
つまり、これら3点の宝物には、今日で言う偽装ないしは虚偽があったわけですが、それぞれに異なる事情がある点が、食ビジネスにまつわるウソについて考える私たちにとって面白いところです。
まず、「仏の御石の鉢」は、石作皇子自身が偽物とわかって差し出しているので、明らかな詐欺行為です。
一方、「火鼠の皮衣」は、右大臣が中国商人にだまされて偽物をつかまされたわけで、本人に悪意があったわけではないでしょう。落ち度があるとすれば、かぐや姫への引き渡し前の検品ミス、あるいは生産履歴・流通履歴の確認(トレースバック)のミスです。
今年、卸売業者が中国産米を国産米に混ぜた米を国産米として販売していた事件が発覚して問題になりました。この事件になぞらえれば、「仏の御石の鉢」の石作皇子は、さしずめ実際に中国産米を混ぜて売った卸売業者、「火鼠の皮衣」の右大臣は、それと知らずに仕入れて加工・販売していたメーカーや小売店ということになるでしょう。
さて、以上2点は、要求された仕様を満たしていなかったわけで、これらは入手法の問題を云々する以前に明らかな偽物だったということです。しかしながら、「蓬莱の玉の枝」については、偽物だと言い切ることができるかどうか、そこは微妙なところです。
なにしろ、発注者かぐや姫に差し出されたものは、実際に白銀の根、黄金の幹、真珠の実という仕様を満たしていたのです。問題があるとすれば、それが幻の島・蓬莱山産ではなかったこと、植物であるはずが無生物であったこと、この2点となるでしょう。
かぐや姫の車持皇子への発注内容を「金属の体を持つ生物(の死骸)」と解釈すれば、これは確かに偽物ということになります。しかし、発注内容を「所定の素材で出来た所定の形のもの」と解釈すれば、それはあながち偽物とは言えないはずです。
消費者が求めているものは性能か製法か
先日、NHKの番組「ニュース深読み」の担当の方から、ホテル等のメニュー虚偽表示問題について11月9日放送分で扱うということで、その下取材への協力を求められ、外食やホテルの事情について一般的なお話をしました。実際の放送で、そのお話のすべてが採用されたわけではありませんが、放送を見て私がよかったと思ったことが一つあります――安価な赤身肉に、和牛などの牛脂を注入して人工的に“霜降り”状にした肉(インジェクションビーフ、メルティークビーフ)について、“本来は安くおいしい肉を提供するため”というコメントがあったことです。
インジェクションビーフは加工食品です。それは「おいしい牛肉」という要求をかなり満たすはずのものですが、「牛肉の手を加えていない切り身」という要求は満たしません。車持皇子が持って来た「蓬莱の玉の枝」と同様の二面を持った品だと思いませんか? スペックや性能は申し分ないはずなのに、製法や生産・流通履歴に問題ありとされたわけです。
あるいはシバエビの名で提供されたバナメイエビはどうでしょうか。これは「あの大きさのおいしい味がするエビ」という要求については満たしているでしょう。しかし「生物学的にシバエビに分類されるエビ」という要求は満たしません。
また、今日養殖ものの水産物には、天然ものを凌駕するような高品質のものが増えていますが、「おいしい魚介」ではなく「天然の魚介」という要求であった場合には、これらは不適格ということになります。
メニューの偽装/誤表記について考える場合、善悪や道徳を問題にするのとは別に、このように発注者/消費者の要求が何であるのか、受注者/食の提供者がどのような要求に応えようとしているのか、そこを明らかにしておく必要があります。
さらに、発注者/消費者の要求ありきで考えるのではなく、発注者/消費者が、彼ら自身の利益になるような要求を持つように、提供者側から適切に働きかける必要もあるはずです。
そうした働きかけについて、次回考えます。