「マクドナルド」のメニュー表に「スマイル ¥0」と表示されているのを見たことがあるでしょう。昨年この表示の廃止が伝えられましたが、最近はまた「スマイル ¥0」の表示を復活させているようです。
「スマイル」は独立した商品でしかも対価の支払いは不可能である
「スマイル ¥0」――これは非常に示唆に富む表示です。私は「マクドナルド」の「スマイル ¥0」という表示に、ある面では賛同しますが、ある面では誤りであると考えています。
「スマイル ¥0」の表示に賛同するというのは、「マクドナルド」が「スマイル」を基礎付加価値(前回参照)として認めていない、その表明であるとわかるからです。
これは2つのことから説明できます。
まず第一に、彼らは「スマイル」を独立した商品として扱っているからこそ、わざわざメニュー表に「スマイル」の項を立てるのです。
ハンバーガーやフライドポテトなどの価格には、店舗スタッフの工賃すなわち基礎付加価値が含まれています。接客スタッフが受注して調理スタッフに伝え、調理スタッフが調理し、接客スタッフがそれをお客の指定どおりトレーに集めて検品して提供する。この一連の作業に要する人件費は、ハンバーガーやフライドポテトなどの価格に含めてあり、メニュー表に「調理代 ¥0」「サービス料 ¥0」と別立てで表示することはしていません。それは、「ハンバーガー」という商品の項目を立てて価格を表示することはしても、「パティ」「バンズ」「オニオン」などの項目は立てていないのと同じことです。
しかし、「スマイル」はメニュー表に「スマイル」という独立した商品としての表示を行っています。つまり、他の商品の1点1点に「スマイル」が含まれているのではなく、これは別途提供するものであるということです。
「マクドナルド」が「スマイル」を基礎付加価値と考えていないとわかる第二は、そうして別立てで表示した「スマイル」の価格を「¥0」としており、支払いが不可能なものとしているところです。
基礎付加価値はこれまでにも説明してきたように、工業でいう工賃のように、リアルなコストです。リアルなコストであれば、それが「0円」ということはあり得ません。自動車を修理するときの見積書に、「工賃 ¥0」と書かれることはまずないでしょう(あるとすれば、それは本来「工賃 ¥3000」などとした上で、「値引き -¥3000」と記すべきです)。
「マクドナルド」が考える「スマイル」は、他の商品から独立した価値であり、しかもお客がそれの対価を現金で支払うことは不可能である――「スマイル ¥0」からは、彼らのそうしたメッセージが読み取れるわけです。
「スマイル」の価値は測定可能な量か?
では、「スマイル ¥0」という表示について、私が誤りであると考えるのはどういうことでしょうか。
“誤り”と言っても、批難するとかということではありません。そこは私とは考え方が違うなということです。今風の言葉でもう少し言い直すとすれば、「惜しい」ということです。
「マクドナルド」でお客が「スマイル」の対価を支払うことは不可能です。ただそれは、実は「¥10」「¥100」かもしれないところ、たまたま「¥0」という設定だからに過ぎません。この表示はつまり、「『スマイル』の価格はある」「『スマイル』の金銭価値は量として測定可能である」ということを表明していることになるのです。
温度は測定可能な量です。摂氏なら「16.3℃」とか「100.0℃」とか「1538.0℃」とか「-273.15℃」とかと、いろいろな温度として測定されます。そして、「0℃」という温度もあります。距離、面積、時間、質量、これらも測定可能な量です。そして、いずれにも「0」という値である場合があります。
水の質量を量ってみましょう。秤にコップを載せて風袋(容器の重さ)を量っておきます。風袋は「100.0g」だったとしましょう。次に、そのコップに水を注いで秤に載せたら、「250.0g」だった。風袋分を引けば、その液体の質量は「150.0g」だとわかります。この水を少し捨ててもう一度量るということを繰り返してみます。表示が「200.0g」なら液体の質量は「100.0g」、「150.0g」なら同「50.0g」、「125.0g」なら同「25.0g」とわかります。
では、「100.0g」だったらどうですか? 液体の質量は「0.0g」となります。それはどういうことですか? 液体の質量は「0.0g」だったということは、「コップの中に水がない」ということです。
価格も測定可能な量です。レジを打ってみましょう。「サンドイッチ500円とコーヒー200円」であれば、「500」と「200」を打ち込んで「合計」を打てば「700円」と表示されます。さて、打ち込む前の表示を覚えていますか? もちろん、そこには「0円」と表示されていたでしょう。その「0円」とは、何を意味しているのでしょう――それは、「お買い上げがない」ということを表しているのです。
これから考えると、「スマイル ¥0」という表示は、まず「スマイル」には価格という測定可能な値があることを示しています。その上で、その値が「¥0」というのは、「スマイルがない」ということになってしまうわけです。ここが、「惜しい」のです。
メタ付加価値は「金であがなえない」=priceless
今回説明したことは“言葉遊び”だと思いますか? しかし、これはみなさんに考えていただきたい大切なお話です。これは、これは価格政策、商品の値決めをする上で、たいへん重要なポイントになるのです。
「マクドナルド」が提供している「スマイル」を含め、私が前回説明した「メタ付加価値」とは、量の測定が不可能なものです。それは当然、価格という量の測定もできません。
メタ付加価値は「金であがなえない」(priceless)のであり、「サンドイッチ1皿500円」「ポテトサラダ120g118円」のように個数を数えたり重さを「測定できる」(measurable)ものかつ「有価の」(valuable)ものではないのです。
「マクドナルド」の「スマイル ¥0」の意味は、「その対価の支払いは不可能です」つまりpricelessであるという部分だけ受け止めておきましょう。その上で、それが実はmeasurableでvaluableであると誤解しないようにしてください(おそらく、この表示をしている「マクドナルド」の人たちも、実際にはそのことを知った上で、ユーモアとしてメニュー表に「スマイル ¥0」と記しているはずです)。
今回は、高級店やホテルではメタ付加価値がどう扱われているかのお話まで及びませんでした。次回そこを説明しながら、価格政策と値決めについて考えましょう。