飲食店、外食産業でよく言われる「付加価値」というものには、実は2種類があるというお話をしました。その2種類をもう少しはっきりさせましょう。
基礎付加価値は工業でいう工賃に当たるもの
飲食店の経営の中で付加価値と呼んでいるものの1つは、工業的なビジネスで工賃と呼んでいるものに当たります。
金属やプラスチックやゴムなどがそれぞれ塊としてあるだけでは、全体の価格はそれぞれの塊の価格の合計にしかなりません。ところが、それぞれにしかるべき加工を施して組み立てると、たとえば自動車というものになって、塊の価格の合計以上の価格で売ることができます。これが工業でいう付加価値です。
この付加価値の大半は人件費や設備費などを配分したものと考えられるでしょう。ですから、この種の付加価値はたいてい人工(にんく)や人時として見積もられます。「1人時○○○○円と設定しているところ、□□時間を要するので、作業料は△△△△円です」という具合に。設備が必要なものでしたら、その設備費の償却費が乗せられるでしょう。いずれも、金銭の価値として計算することが慣例となっているものです。
したがって、これは商品の単価に含めて考えることができます。つまり、直接的に値段の付く付加価値ということです。
これを「基礎付加価値」と呼ぶことにしましょう。
基礎付加価値に価値を与えるメタ付加価値
飲食店の経営の中で付加価値と呼んでいるもののもう1つは、直接的に値段の付けようがない価値です。これまで説明したように、それはたとえば笑顔であったり、優しい言葉であったり、親切な心遣いであったりします。
前回説明したように、これは単価に含めることが難しいものです。表情や立ち居振る舞いが生み出す価値は相手や場合によって一定ではなく、また、その価値を受け取る相手にも、金銭としてどれだけの価値があるかは計算できないものです。だから、普通こちらのタイプの付加価値は単価に含めず、受け取った相手は金銭ではなく「ごちそうさま」や「ありがとう」と言った言葉であがなうことになっているのです。
「いや、笑顔や言葉の内容や話し方や心配りというものはやはり人間によるのだから、やはり人時で計算できるのではないか」と思うかもしれません。たしかに、「そこに立っていて笑顔を見せる」「やって来て言葉を交わす」「気の利いたものを選ぶ」といった行動の物理的側面については、商品の単価に人件費が乗っているので計算可能です。しかし、その人件費以上の、もとい人件費では考えられない価値が生み出されていることに気づいてくださいということです。
ここに、2人のパート・アルバイトがいるとします。1人は笑顔と優しさが特徴のAさん。もう1人は、緊張するタイプで口べたのBさん。2人とも時給は900円です。ある瞬間、Aさんはお客にほんの1秒間笑顔を見せて、お客は「この店に来てよかったな」と思ったとします。この1秒間のAさんの時給は900÷3600秒=0.25円です。したがって、Aさんの一瞬の笑顔には0.25円のコストがかかっています。では、Aさんの笑顔という付加価値は0.25円と見積もることができるかというと、そうはいきません。なぜなら、その隣で終始仏頂面のBさんが働いていて、無愛想な彼女のどの1秒間も、Aさんと同じ0.25円なのですから。
この0.25円は基礎付加価値の部分です。しかし、「Aさんの笑顔」という付加価値は、所定の基礎付加価値の上にさらに加わっていることになります。しかも、それは付加価値でありながら、値段が付かない。このナゾの付加価値は、付加価値に付加価値を持たせるものですから、「メタ付加価値」とでも呼ぶことにしましょう。
繁盛店は2つの付加価値を使い分けている
繁盛店は、この基礎付加価値とメタ付加価値の違いをわきまえています。このような風変わりな名称は使わなくとも、付加価値には2種類があり、それをどのようにお客に渡し、お客から何を回収するべきかが考えられているものです。つまり、基礎付加価値は価格に乗せてよいものとして扱われ、メタ付加価値は価格には乗せず、コミュニケーションを強化し、それによって購買点数を増やしたり来店頻度を増したりするものとして扱われているものです。
そのことを、次回、あの有名ファストフードチェーンを例にお話しします。さらに、チェーンレストランよりも高い客単価の高級店やホテルではどう扱われているか、その価格政策と、それが引き起こす結果について説明します。