「値下げするとお客が減るのはなぜか?」と題して、前回までの9回にわたってお話してきました。その締めくくりとして、外食産業をはじめとする今日のBtoCビジネスで何が起こっているのか、少し変わったお話をしておきましょう。
繁盛店の経営者は知っていた
前回までのシリーズでお伝えしたかったことは、業態開発以外による値下げは百害あって一利なしということです。それは、元からの得意客の店・企業に対するロイヤリティを低め(第9回参照)、一方、セール時にしか来店せず従って通常営業時にリピートしないチェリー・ピッカー(第13回参照)や情報感度の鈍い「死神」(第11回参照)を集めることでした。しかも、それを行うために、自店・自社および仕入先に無理を強いて成長力を弱める(第14回参照)ことでもありました。
このようなことは、昔からの経営者や現在の繁盛店の経営者の間では、こうして縷々説明するまでもなく知られていたことでした。それなのに、現在の外食産業をはじめとする今日のBtoCビジネスではなぜI類やII類のような形の値下げ競争が盛んになっているのでしょうか。
私は一つの仮説として、財物と消費者が軽視されているためだと考えます。
物がないときに起こるのは「民衆による破壊」
日本にはかつて物価が高い時期が何度か(何度も)ありました。国際関係の中でそうなったことが多いわけですが、ずっと以前には「そもそも物がない」「あっても届かない」という時代がありました。戦後間もない頃は「そもそも物がない」のでしたし、その後1960年代~1970年代には古い時代の流通から新しい流通への変革の途上で、「あっても届かない」状態が残っていました。
そういう状況に挑戦したのが、たとえば「主婦の店」を標榜した「ダイエー」をはじめとするチェーンストアや、「すかいらーく」をはじめとするチェーンレストラン(飲食業のチェーンストア)だったわけです。前回までの連載を読まれた方にはおわかりの通り、これらは値下げIII類によって実現したビジネスです。
では、「物がない」「物が届かない」状況に対して、このような企業の挑戦がなかった時代には何が行われたでしょうか。それは、暴動や反乱です。江戸時代の飢饉のいくつかは、きっかけは天災であったとしても、実態はそれによる食糧価格の高騰を当て込んだ人々による流通の抑制・操作があったためだと言われています。それに対して起こったのが打ちこわしなどの暴動や大塩平八郎の乱のような反乱です。近代にも大正時代の米騒動ということがありました。
そう考えると、財物の流通が低迷し、価格が上昇する場合に起こり得ることは、「民衆による破壊」であるらしいことがわかります。そして、「ダイエー」はもちろん暴動を起こしたわけではありませんが、彼らの活動に贈られた称号が「価格破壊」であったことは、一つ象徴的なことであったと見ることができます。
ではその逆、財物の流通が過剰になり、価格が下降した場合に起こり得ることは何でしょうか? 私が考えるそれは戦争、すなわち民衆ではなく「リーダーによる破壊」です。変わったお話というのはここからです。
競争激化でリーダーは破壊へ走る
ネイティブ・アメリカン、とりわけインディアンと呼ばれてきた人々のいくつかの部族には、ポトラッチ(potlatch)と呼ばれる催しがありました。
さて、ビジネスと関係なさそうな話になってきたぞと思われるかもしれませんが、たまにはこんなお話にもお付き合いください。
ポトラッチというのは、贈り物やもてなしのことです。何か大切な儀式や祭りの際に、集団のリーダーが宴会を開いてお客をもてなし、プレゼントを贈るのです。お客は別の集団のリーダーであったり、自分の集団の民衆であったりします。そして、そのもてなしの豪華さによって、そのリーダーの評価が決まったのです。
そのため、主導権を狙う者同士では大盤振る舞い競争が行われることとなりました。より盛大に大盤振る舞いできる者がリーダーとなり、贈り物が少し足りなかったほうが相手に隷属する。
とは言え、その昔は贈り物は食品や燃料、豪華になってもカヌーぐらいのものだったと言います。
ところが、ヨーロッパから白人が入ってきて近代文明を持ち込んだあたりから様子が変わってきます。白人との取り引きで桁違いに裕福になるリーダーが現れ、それにつれてポトラッチが激化するのです。贈り物の量が増え、毛皮や家畜や奴隷など、内容も高価になってきます。
そして、あまりに量が増えると、民衆が何人いても受け取りきれなくなります。それでも主導権を勝ち取るための贈り物競争を止めるわけにはいきません。それでどうなったかというと、まず行われたのは無用のものを作ることです。
トーテムポールというものの写真を見たことがあるでしょう。大木の彫刻です。これは大昔からあったものではないのです。チェーンソーがもたらされ、簡単に大木を伐って彫刻し、彩色できるようになってから競って作られるようになったものです。昔のネイティブ・アメリカンは、こうした像がなくてもちゃんと祭りはできたので、つまり作らなくてもいいものを作るようになったということです。
ポトラッチはさらに先鋭化しました。与えようとしても受け取る側で受け取り切れなくなるほどに、贈り物が用意されます。大量の食品、しかもかつてのような干物だけでなく、穀物や砂糖などの高級品が用意され、衣類、寝具、毛皮、金属製品、カヌー、家畜、奴隷、さらには現金などなど。これを山ほど用意しておいて、どうしたかというとそれらを破壊したり燃やして見せたというのです。
一方が大量の財宝を燃やして見せると、相手も負けじともっと大量の財宝を燃やして見せる。詳しく知りたい方は記録が残っていますので、図書館や博物館で問い合わせてみてください。
消費者不在の競争は何も残さない
ポトラッチの話が出るとき、その本質を突いたものとして必ず紹介されるのが、SF作家かんべむさしによる「ポトラッチ戦史」という小説です。
これには何が書いてあるかというと、世界大戦をポトラッチとして描いているのです。高価な兵器、兵隊、大都市などなど、これらを破壊し、殺し、焼き払うことで戦争が行われるという架空の話なのですが、それを読めば、たとえば現実にあった第二次世界大戦も悲劇的な“無駄遣い競争”であったということを悟らずにはいられません。本来はもてなしと贈り物であったはずのものが、財物があふれることで無駄遣い競争すなわち戦争となるわけです。
そして、過激なポトラッチとは、ネイティブ・アメリカンに固有の風変わりな習俗なのではなく、人類が共通に持つ病理であろうということです。
幸か不幸か、今日の我々の社会は、物を大量に集めたり作ったりすることができる仕組みを持った社会です。食べ物を大量に集め、破格の廉価で提供することを競うこと、競いすぎることは、先鋭化したポトラッチを戦うことに似ているように見えます。
安売りで提供した食品の多くは、確かに消費者の口に入るかもしれません。しかし、その商品ならではの価値やそれを食べる経験の価値が、食べる人に確かに認められているでしょうか。その内容よりも、廉価で大量提供できたこと自体が評価されていることはないでしょうか。また、それらを集め、作るために働いた人は、その仕事によって確かに幸せになっているでしょうか、もしかしてポトラッチの奴隷のようにかき集められたことはないでしょうか。
あるいは、豪華な自社ビルを建てるケースは、農業でも小売業でも外食業でもよく見られますが、ひょっとして、総資本回転率を悪化させてまで造ったそれはトーテムポールなのではないでしょうか。
それらの活動は、消費者を幸せにするための活動になっているでしょうか。むしろ、リーダー同士の闘いに勝つため、主導権を握って他を従える(たとえばM&Aのように)のほうに興味が強いがために行われていることはないでしょうか。
いかに穏便なビジネス上の競争でも、そこにポトラッチ性が潜んでいることは避けられないかもしれません。それでも、民衆に富を分け与えて感謝される本来のポトラッチであればいいでしょう。問題となるのは、受け手不在・消費者不在の激化した競争としての、先鋭化したポトラッチです。
ネイティブ・アメリカンの究極のポトラッチでも、「第二次世界大ポトラッチ」でも、後に残ったのは炭と灰だけです。
「お客が来ない」と言うのは、そこを見抜かれているからということはないでしょうか。誰のための、何のための、どのような手段による競争なのか、そこは繰り返し自問していたいものです。
「食は文化だ」と考えるのなら、なおのことです。